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【一般会社員の自己プロデュース】


今日、近くの公園に行ったんですけど。てくてくと。

『罪な紅茶』って缶コーチャーを飲みながら。
自販機で買えるすごい甘くてお得感あるやつ。ぜひ。
 
公園の先着様に、子供とお父さんがおりました。
息子、レン君(7歳)は、真ん中で緑と黄の半分こ色になってるパーカーに白い半ズボン。
お父さんは、30代、ハイブランド(ってなに?)の灰色セーターにぴちっとジーンズ。

息子さんは、お父さんの右足にローキックを決めていて、お父さんはスマホで電話をしています。
声のトーン高く「あ、おつかれさまですぅー、○○ですぅー」。
息子はロー、父はハイ。

で、思ったんです。
お父さんの、服装・動き・会話のトーン。
全部が「自分という作品」になってんな。
やってはんなー。いい意味で。

会社の名刺。
スーツ。
SNS(魚を右手にグラサンかけて写真撮ってるっぽいお父さん。なんならそのインスタ、僕見ました。)。
プレゼンは独白で、ミーティングはインプロ。
上司への機嫌取りは、鍛え上げられ空気を読んだ、間違いのないキラーワード。
 
現代社会は、会社員こそが最大の俳優であり、プロデューサーであるのかもしれません。

そして面白いのは——彼らの多くが、その“演技”を自覚していないということ。
無自覚の自己演出ほど怖いものはないです。
なぜなら、演技を演技と認めない芝居ほど、真実味を帯びて見えるから。
(今これを読んでいるあなた。
 あなたは気づいてる方の人ですよね。うぅぅ、ドーーーン!!!)

演劇人は「役を演じている自分」を常に監視する職業です。
社会の多くは“素の自分”という虚構を演じ続けているけど、そこをきちんと自覚して、なお自然に見えるようにするのが仕事なんで、面白いですね。
素晴らしい仕事です。 

お父さんが、明後日かしらん、仕事を終えて、駅の階段を降りるとき。
ふと、息子のローキックの痛みを思い出す。
その瞬間、ほんの少しだけ“役”がはがれる。
それが、人間らしさの美しい時間なのかもしれません。

で、僕ら演劇人はそういう一瞬をとらえて、芸術に昇華すべきなのだろうと思いました。

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