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【短編小説】ペットボトル

 ※この話はフィクションです。

 ペットボトル

 1990年代前半
 地方の私立高校。
 その三年生の教室は、二学期が始まったばかり。
 中央の列の最後尾に座るN。
 彼は、クラスでは目立たない存在。
 と、言うのも、彼のこれまでの人生は必ずしもこの世代特有の、キラキラしたものではありませんでした。

 小学生時代、体は大きいが、気が小さく、それでいて背伸びをして空回る。
 そんな彼は、思春期を迎える四年生から、いじめのターゲットになります。
 特に女子生徒からはバイ菌扱い。
 肩が触れただけで、鬼ごっこが始まり掃除当番で机を移動させたら

「汚いから触るな」

 と、泣かれたり。
 男子が、とある女子に対するその子が一番ダメージを受けるであろう嫌がらせとして、彼女のハサミを、Nのランドセルにしのばせたこともありました。

 Nは、そんな環境から抜け出す為、私立の一貫校に進学します。

 しかし、そこでも、小学時代の噂はつきまとい。

 さらに、語彙力も増した中学生。
 不細工、能無し、汚い、臭い。
 見下しと嘲笑の的になります。

 Nの自己肯定感は、著しく低く、むしろそんなもの自体が、存在するのかも怪しいくらいです。

 高校に進学すると、それまでの周りの対応が変わります。
 無関心になりました。
 それならそれで、居心地は良い。

 陰日向、目立たぬように、空気のように過ごしました。

 しかし、Nに転機が訪れます。
 高校から門を叩いた部活で、彼はメキメキ頭角を現していきます。

 先輩や仲間たちに信頼され、2年生の県総体では、レギュラーで準優勝。
 しかし、三年生が引退直後。
 彼は極度の大スランプに見舞われます。
 せっかく取り戻した自己肯定感を、また失いつつありました。

 しかし、仲間たちの励ましと監督の指導のおかげで、スランプ脱出の糸口が見えてきます。

 新人戦では、レギュラー落ちしたN、補欠として、個人戦に挑みます。

 入賞に至らない平凡よりやや上の成績でしたが、Nにはわかりました。

 完全復活の手応え。

 精神的な疲弊は消え自信を取り戻したのです。

 そして、その大会の翌週の文化祭。
 目立たないNには、クラスの主要メンバーから特に持ち場などの指示はありません。
 統一のハッピもありません。
 しかし、クラスの出店である、おでんと焼き鳥のテントで、黙々とおでん販売を続けました。
 すると、クラスの陽キャのツートップの、MとYは思ったのでしょう。

 こいつ、いいやつかも?

 やがて、二人とNはクラスでは三人でつるむようになりました。
 二人のボケを、クールに流したり、突っ込むN。
 良いトリオになります。

 部活も絶好調。
 各校のエースが試合前に談笑する。
 その姿を、後輩たちが憧れの目で見る。
 その輪の中に、Nはいました。

 三年生になると、チームの要、チームの顔です。
 春季大会、団体優勝
 県総体、個人戦三位
 団体は優勝して
 インターハイに出場

 その後、地方大会は団体準優勝。
 インターハイでは二回戦敗退。

 そして、夏休み、関東のとある大学のセレクションを受験し、面接のみのA推薦枠を勝ち取りました。

 高校三年生のNは、他校の女子生徒たちから何度も写真をせがまれる。
 そんな存在になっていました。

 しかし、自校では、話す女性は部活の同級生か、後輩くらい。

 年頃です。

 やっぱり彼女がほしい

 Nには、密かに気になる存在がいました。
 同じクラスのKさん。
 中学一年の時、悪い同級生が、

「Kから」

 と言う、ニセのラブレターを渡されて舞い上がっていた記憶。
 それが意識の始まりです。

 Kさんは小柄で明るく、まさに太陽のような人でした。

 Nにとっては、プリンセスで女神様な高嶺の花。

 さらに、Nは小学、中学の経験から、自分からは女性に話しかけることができない、受身体質でした。

 そして、二学期のクラスマッチ。
 メインイベントは、三年生男子によるクラス対抗綱引きマッチ。

 ビーバップな修羅の国の学校
 天辺取ったるわ!
 てなわけで。

 その日を迎えるまで、クラスの野郎どもは固く結束、他クラスとはピリピリ。
 目が合ったら

 やんのか?こらぁ、あぁん?

 な空気。

 そして、野郎どものモチベーションを上げる為、女性陣も結束します。

 マンツーマンお世話係決定ドラフト会議

 ようするに、誰が誰君を綱引きの間、お世話するかを決める会議。

 男女で別れる体育の授業に実施されます。
 先生もノリノリです。
 カップルが同クラスのペアは
 自動的に決定します。
 発表は当日。

 その日の体育の授業。

 野郎ども、身が入るわけがありません。

 何故か綱引きの練習をする男子たち。
 そして、Nのフォーメーションは、最後尾で、体に綱を巻き付けて踏ん張る役目。
 当時180cm80kgのそこそこ、ぷにょマッチョだったN、いじめの耐性強化の為に、体を鍛えた中学時代の影響です。

 運命のクラスマッチ。
 遂にその日がやって来ました。
 そして、綱の横に並ぶ女性陣。
 みんな手にポンポン、足元にはクラスナンバーが入ったうちわ。
 給水用のペットボトル。

 そして、最後尾にいるNのお世話係は

 なんとKさん

 天使の微笑みで、首を傾けて。

「頑張ってね♡Nくん」

 N、完全に舞い上がります。
 一瞬振り返り、握り拳。

 そして、

「…あ…ありがとう」
「け…Kさん…」
「よ…よよよ、」

「……楊枝食うね」

 「よろしくね」の言い間違いにKさん大爆笑、そう、そうなんですこの人

 箸が転がっても笑うの例えそのまま

 そんな人なんです。

「Nくんて、面白い人だったんだ」

 ポンポンで顔をフサフサされるN

(これはやばい、そんなことされたら)
(この、フサフサの、ワサワサした感触……)

 思わず前屈みになってしまいます

(落ちつけ、おさまれ、今膨張はまずいぞ)

 首を傾げるKさん、キョトンとしてます。

 前傾姿勢を誤魔化すため、両頬を張って気合いを入れる、

 フリ

 をするN。

(よしよし、おさまった)

 出番、一回戦。
 vs四組

 顔を起こし、Kさんに目を合わすN。
 気取りまくりの声で

「じゃ、行ってくる」

 心の中は、江口洋介です。
 体に綱を巻きつけるN

(大丈夫、俺には)
(部活で鍛えた足腰と)
(丹田呼吸がある)

 皆んなは横向き。
 Nは真正面、全体がよく見えます。

(何よりここで負けたら)
(あの人のアシストは)
(終わってしまう)

 旗が振り下ろされました。

 おんどりゃー!

 圧勝です。
 相手、何人かが引きずられていました。
 このお世話係作戦

 男子たちに、予想以上のモチベーションをもたらしています。

 控えに戻るとスマイル全開のKさん、声をあげて一生懸命応援してくれたKさんの、ほのかに頬が紅潮した微笑み。

 まさに100万ドル

 そして、また前屈みで

「こ…腰が」

 とか誤魔化しながら、タオルを受け取りすかさず座るN。
 18歳。
 直ぐに反応する漲る若さ。
 さらに、綱引きで高揚する精神。
 脳内物質がダダ漏れなのでしょう。

 Kさんは汗を拭くNに優しいリズムで、うちわで風を送ります。

 しかし、ヘタレなNは
 ありがとう
 と
 サンキュー
 しか
 言葉をだせません。

 他のメンバーはなかなか楽しそう。
 まるで合コン会場さながら。

 そして、Nによこしまな考えが浮かびます。
 これ
 どさくさ紛れに

 膝枕とかしてもらえるんじゃね?

 ちらっとKさんを見る。
 相変わらずビーナスの微笑み。

 そこで我に返ってまた頬を張ります。

「しゃあ!」

 とか言いながら

「そんなに顔叩いて痛くない?」

「いや、優勝ねらうなら、気合いは入れないと」

 ただただ熱苦しいN
 しかしKさん

「Nくんて、熱い人なんだね」
「カッコいい……」

 なんですとーーー!?

(やばい、やばいぞ)

(今の俺)

 野茂英雄からホームランが打てるかも。

 Kさんの

 カッコいい

 その言葉は、Nの精神を研ぎ澄まし、右脳の眠っていたものを、活性化させるようでした。

 二回戦 VS一組

 なんぼのもんじゃーい!

 これまた圧勝、決勝に駒を進めます。

 そして、控えに戻り
 Kさんとの時間を楽しむN。
 渡されたタオルで汗を拭きながら

「はい、ポカリ」

 と差し出されたボトルを受け取ろうと手を伸ばしたN。
 ろくに手元を見てません。
 奇跡が起きました。

 Kさんの手の上に、Nの手が重なったのです。

 はっとKさんを見ると
 また頬をぽっとピンク色にそめ
 伏せた目をチラっとNに

 今で言うところの
 あざとかわいい、あれです。

 Nは確信しました。今の俺は

 スタン•ハンセンにも勝てる!

 決勝戦

 VS 六組

 なめたらいかんぜよ!

 しかし、粘る六組、Nに巻きつけた綱が、彼の体を締め付けます。

 ちらっとKさんを見ると必死にポンポンを振りながら声をはりあげています。

 そうだ、今の俺には……

 あの人が、いるだろうがー!

 優勝です。

 しかし、本当の勝負はここから
 優勝者に与えられる
 真の王者に挑む権利
 その相手とは

 教員連合チーム

 ビーバップな修羅の国でありながら、県下トップの(スポーツ)進学校の同校。
 教員はみな腕に覚えあり。
 学生チームは三戦して腕パンパン。

 そうなんです、この綱引き。
 卒業する三年生が、一致団結して思い出を作る。
 それが目的。
 しかし、それだけではなく。
 今後の人生における、社会の荒波、様々な不条理、理不尽、要するに……

 世の中そんなに甘くない

 と、言うことを教員が身をもって教える。
 そんな目的もありました。

 多分……

 しかも、

 そのまま連戦、血も涙もないセンコー共

 少し、不安になりKさんを見るN.。
 するとKさん、胸の前でガッツポーズ。
 口の動きは

「がんばって♡」

 そして……

 ウインク

 N、右手をKさんに伸ばし、親指を立てて頷きます。
 すると、Kさんもキリッと
 敬礼をして頷き返す。
 なんだろう、この

 通じ合ってます感

 まあ、結果は汚い大人たちの理不尽な仕打ち。
 親愛なる恩師たちの、愛の鞭をその身に刻む結果となりました。

 Nをねぎらい、ポンポンでNの顔から上半身をフサフサするKさん。
 これは、どさくさに紛れて、「チクショー」とか言いながら。

 抱きしめても怒られないんじゃないか?

 しかし、フサフサ攻撃に、またしても。
 生理現象です。
 N前屈み。
 そのまま両手をつく、床をダンダンと叩いて悔しがる

 フリ

 で、誤魔化すN。
 すると、Kさん、Nに寄り添い、詰まらせた声で

「惜しかったね、頑張ったね、悔しいね」

 と、背中すりすり

 嬉しい、嬉しいんだけど
 やめてくれ。

 生理現象がますます加速するじゃないか

 MとYが、Nの両脇に手を添えて、彼を立たせようとするが。

「すまん、そっとしといてくれ」

 と小声で囁くN

「まあ、そう落ち込むなよ」

「じゃなくて、ナニが」

「ナニ?」

 なかなか元気になっております。

 爆笑の二人は、そっとしておいてくれました。

 Kさんはキョトン。
 Nはひたすら素数を数え続けました。

 まあ、そんなこんなで終わったクラスマッチ。
 ただ、二人の間が深まるわけではなく、挨拶をするくらいの仲にはなりました。

 しかし、ある日、よそ見を注意されたN。
 その場に立たされて、志望校を発表させられる見せしめ。

 しかし、N勝ち誇って、

「セレクションで決まってます。」

 ふふん。

 と、なかなか嫌なやつ。
 すると、Kさん界隈がなかなか騒がしい。
 なんだろ?
 しかし、特には気にせず、日々を過ごしていきました。

 とある日、Kさんが欠席。
 その日の受験日は、Nの行く大学の一般推薦の日。
 Nは、スポーツ推薦なので、前の週に受験済み。

 これは、もしや……?

 と言うのがおかしくなったN。

「まさかな……」

 ちょっとスカして、鼻で笑ってみました。
 しかし、その翌月のある日。
 MとY、そしてN。
 さらに、何故かKさん。
 そしてNに声をかけます。

「Nくん、大学、受かったんだよね」 

「うん…まあ、スポーツ推薦だから」 

 相変わらず、ぎこちなく返すヘタレなN。

「私も、同じ、短大の方受けたんだ」

 ……R- e - a - l - l - y?

 Nのまだ少し、少年期の思い出がもたらす心の暗雲に、一筋の光が差し込みます。
 その雲の隙間がどんどん広がって行きます。

 (これはやばい)
 (きたこれ!) 
 (知らない土地で一人)
 (不安も全部吹き飛んだ)

 中学の時の、偽手紙から始まった、少し気になる存在。
 それもまたご縁のひとつ。
 これはもしや?

 赤い糸!?

 確信したNは、心の中で、デストラーデのようなガッツポーズ!
 ジャンボ鶴田のように、「オー!」を連呼。
 胸を膨らませて、次の言葉を待ちます。

「それでそれで?結果は?」 

「……ダメだった」

 自嘲気味に苦笑いのKさん。
 Nの雲間の光はシュルッと戻り、隙間はピシャっと閉じられました。

 あとで、MとYが言うには、Kさんより、Nの落胆の方が酷かったらしいです。

 何かが始まるかと思ったのに……
 
 とか、心の声がダダ漏れだったとか。
 まあ、そんなこんなでみんな卒業。
 結局、挨拶しあう同士の仲は変わりませんでした。

 あの理不尽で傲慢なセンコー共
 高潔な真理を説いていただいた、諸先生方の教えは正しかった。

 世の中そんなに甘くない。

 以上です!
 おしまい。

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