【ちび創作大賞】 人生の選択について考える 【あの日の選択】
52年の人生を送って来まして、特にnoteに記事を書く時には、過去の自分を振り返ることばかり。
理由は、単純明快!
未来のことを考えると、終活になってしまうから!
なんと言う極論だろう……
そんなことはありません、実り豊かな老後の未来に夢を馳せることはできます。
子供達を送り出して、夫婦二人で旅したり……とか。
ただ……良くも悪くも。
私の仕事、定年退職という概念がない。
だから、事業を継いでくれる方が現れない限り生涯現役です。
非常にありがたいことですね。
それもこれも、数限りない取捨選択の結果たどり着いた、私の人生の現在地。
これも、こうして書き記す場所がなければ、前に前に進むだけで、周りが見えないままでした。
進学、就職、結婚……人生には大きな転機が訪れます。
もちろんそれだけじゃない、学校生活の中で、社会人としての毎日、出会いに恋愛。
その都度、選択を繰り返して来ました。
しかし、最近になってふと思います。
自分で選んだつもりだったけど、実は選ばれる立場だったんじゃないか?
と、事実進学も学校は自分で選んだかもしれないけれど、合否を選ぶのは学校の方。
就職も、会社は自分で選んだかもしれないが、採用するかを選ぶのは会社の方。
恋愛に関しては……
そもそも選ぶ側ではない。
(※個人の感想です)
度重なる拒絶に自己肯定感を削り続けられ、相手の選んだ相手に妄執と嫉妬に髪の毛を掻きむしる、孤独な日々。
貯金は使い果たして、仕事にも身が入らず、消耗するだけの毎日を送る時期もありました。
だけど、選ばなかった相手が悪いわけではない。
すべては選ばれるに足る人間でなかった自分自身の自業自得なのです!
だから、選んでくれた妻には感謝を忘れないように日々、心がけていきたいです。
こうやって振り返ってみると、なるべくしてなったんだな、今の日々。
かつて勤務していた会社は、業績不振でボーナスが出ないなんて事態になり、さらに退職金20%上乗せする、なんて状況に。
そうこうしているうちに、叔父の体調が悪化したことも重なり、12年暮らした東京から帰郷して継承。
現在に至ります。
これが自分が能動的に行った、人生の選択かな?
これもまあ、他にやる人がいなかったからだし、与えられたものであって、己の才覚で築き上げたものではない。
こうやって見てみると……
なんて幸運に甘えた人生を送って来たんだろう?
つくづく情けなくなってしまいます。
ただ、今まで通って来た道で暮らした場所、出会った仲間、思いを寄せた人たち、身についた経験。
それはこの道でしか、出会えなかったことばかり。
子供達なんて、妻と結ばれなければ存在自体しなかったわけだから。
そりゃあ、唇を噛み締めて身悶えするような経験もしてきましたよ。
だけど、健康を害したことはないし、経済的に困窮したことはない。
本物の苦労も知らなければ、無数の後悔も次への糧に変えて来たつもりです。
なんだか……
選ばなかった人生の話するつもりだったのに
本題の趣旨からどんどん離れていっております。
確かに考えることはあります。
帰郷せずに東京に残り、やりたいことを追求していたらどうなっていただろう?
絶対に良い人生ではなかったと思います。
でっかいことは考えながら、自信なく卑屈で向上心に欠けて、怠け者の典型みたいな人間でしたからね。
今の記憶を持って戻れたら、もっと受け身な選ばれる側ではなく、能動的に自分のやりたいことの為の努力を重ねて、自分で選び続ける人生を送れたかも知れませんね。
逆に……
私を選ばなかった人たちの人生がちょっぴり気になるところではあります。
そして、この歳になると昔の記憶も曖昧になって来ます。
今の私にとっての選ばなかった人生の後悔。
ランチ、コメダじゃなくて、やっぱココスだったかな?
程度のことだったりしちゃったりしてます。
ではでは
