見出し画像

その蓋を外したら

可愛い石が好きです。

磨かれてる宝石類よりも採掘されてそのまんま
運ばれて来たような、ゴロンとした原石が好きです。

水晶は代表的な鉱石ですが
    1センチ成長するのに千年
かかると言われています。


ヒマラヤからはるばる日本へやって来たという
ヒマラヤ水晶を私は愛を込めて
”ヒマラヤちゃん”などと呼んでいるのですが、
ちゃん付けでは申し訳ないのではと時々思います。

ヒマラヤさん
推定8000歳



クローライトファントムさん
推定1万歳

一万年。。ちょっと想像が追いつかない



さらに年上になると

ディアブロ隕石さん
推定45億歳!!!

45億とは。。😱もはやただの数字でしかない


さて、これらの石達。
生物か無生物かで言ったら当然無生物に分類
されています。

そりゃそうだ
見てても動かないし、
何も食べないし
子供とか産まないし!

ん?でもさ、これ定点カメラでもし

ものすっごい早送りで見てみたらどうなる?

多分動くよ?
私達がご飯を食べておっきくなるように
二酸化ケイ素を元におっきくなるよ?
クラスターとか見てたら
たぶん分裂して増えてくみたいに映ると思うよ?


ヒナを3羽乗っけてる親鳥に見えるクラスター
(…に見えなくもない)


全てにおいて疑い深い私は

本当のところなんて誰にも分からなくない?

といった具合に主に常識と呼ばれるものとよく葛藤しております。


よくよく見てみると曖昧で不確かなことって
たくさんありますね🙂

むしろ世の中確かなことより
不確かなものの方がずっとずっと多い気がします。

オカルト脳である私はその中でも
無い』とされているものによく目がいきます。

私自身『無い』ことが当たり前の様に刷り込まれ、
それを知らず知らずのうちに受け入れているからなのでしょうか。

あったら面白い』と感じるのは。


例えば

魔法
超能力
妖精
宇宙人の存在

どれも内側をくすぐるような厨二の香りがただよいます。

しかし目に見えないものは『無い』といいつつ
これらはどうでしょう。


善と悪

日本の文化的背景もあるとは思いますが
これらの言葉は普通の会話に普通に登場すると思います。


オカルトとそうでないものの違い。
それは目に見えない、証明されてないこと以上に

• あったら怖い。そもそも怪しい。
• あったら誰かに都合が悪い(←書いていてゾッとしてしまいました💦)

とタブーとなり得る要素の有無で分けられているのかなとふと思いました。


タブーでなくとも
魔法や超能力なんかはなぜか『ある訳ない』
で片付けられがちです。
こう言う類のものは『ない』と言い切ってしまった時点で本当になくなってしまうものなのではないでしょうか。


       〝火事場の馬鹿力

ゴウゴウと燃え盛る火の中、ヨボヨボのおばあちゃんが
タンスをかついで逃げる。


命の危機を感じる場面では脳の安全装置が外れ
潜在的な力が発揮される、の例えです。
これ単にアドレナリンが出るから体力が上昇するってだけの話ではない、と私は思っています。

  常識(親や周りに言われ続けたこと)は時に
  能力に対し制限をかけることがある


「女の子なんだからそんな重いもの持てる訳ないだろう」
「危ないからやめておきなさい」
「普通おばあちゃんはそんなに早く走れない」


これらの言葉はまだ理性が完成されていない
こどもたちには疑う余地がなく、
すっと入り込んでしまいます。

そして人からの言葉でならまだしも、
成長と共に

「私の力はこの程度」
「あの子ですら出来ないんだから私に出来る訳がない」
などと自ら自分の限界を決めつけ
可能性に蓋をしてしまう事が多いのです。

ところが。

火事場のおばあちゃんは違います。

これは命の危機という修羅場に身を置かれ、
焦り、混乱、恐怖、からパニックになり、
常識の蓋が一時的に外れることにあります。

それはかかっていた制限(呪いのようでもありますね🥲)から解放されるということ。


私達は普段この蓋を自分の意思で開ける事が
なかなか出来ません。
(ある意味この蓋は心を守っていたりもするので、仕方がないのかもしれません💦)


でも火事場のおばあちゃんは見事に条件が揃い、
意図せずともポーンと蓋を開けてしまったのですね😆
アドレナリンの上昇も手伝い、
潜在能力を遺憾なく発揮してしまったわけです。

もし私達の常識や理性、
出来る訳ない!
と思う気持ちが蓋になっているとすれば、、

それが元々持っている能力に知らず知らず
制限をかけているとするならば、、

それはとても勿体ないことの様に思えるのです。

何が言いたいかというと
既に出来上がってしまっている
『出来る訳がない』や、『ある訳がない』は
   
   本当にあなたにとって必要なのか?

と言うことです。

まずは自分の作られた常識には
どんなものが入っているのかじっくりみつめてみましょう😚

要らないものに気付き、切り捨てる事が出来たら
知らなかった新しい自分に出会えるかもしれません。


しかし潜在的な力ねぇ。。。

それならまだしも

お化けや
妖怪や宇宙人??

ましてやテレパシー?
パラレルワールド!?
タイムトラベルなんか
ぜーんぜんある訳ないって!!



だけどそこからの、もしかしたら、ひょっとしたら。。。🫣?



もし確率が0でないのなら

可能性を否定せず、
常識に囚われず、


ないのかもしれない。
だからこそ『あったら面白い!』
のスタンスでなるべく柔軟に物事を楽しんでいこうと思っています😊

なので前世療法もやるけど、基本的には前世はある寄りのない派。
こっ、これはぁ!!もしやあるのかも!?
と内心ドギマギしているくらいでちょうどいいのです。


人によってのスタンスはもちろん違いますが、
何でも盲信し過ぎず、
押し付けたり迷惑さえかけなければ
何でもアリだと私は思います🥳



。。。ちなみに石に関しては何かがあると私は思っていますよ、ふふふ
ロマンや美しさはもちろんあります。

だけど、そうではなく。
口に出してしまうと崩れてしまいそうな危うい何か。

私の場合、 “自分の石” に限ったお話になりますけれども💦

次回は〝石の不思議な話“ について
語らせていただきます🙇




        オカルト
ラテン語より
”目に見えないもの”、”隠されたもの”
が語源


いいなと思ったら応援しよう!