【本要約】本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見
書籍情報
著者:先崎彰容
出版社:新潮社(新潮選書)
発行年:2024年5月22日
価格:2,090円
ジャンル:日本思想史/国学/倫理学・文学研究/ノンフィクション
著者プロフィール
先崎彰容は1975年生まれ、東京都出身の倫理学者・思想史研究者であり、日本大学危機管理学部の教授も頑張っている。東京大学文学部倫理学科を卒業後、東北大学大学院で博士課程を修了し、パリの社会科学高等研究院学んだ。 、倫理学、ナショナリズム論であり、「ナショナリズムの復権」「違和感の正体」「未完の西郷隆盛」などの著作権を発表している。
本書の特徴
本書は、江戸中期の学者・本居宣長の生涯を丁寧にたどりながら、「西側」からの影響を受け続ける日本社会における日本独自の精神的土壌や倫理観を再発見しようとする論考である。その方法は、日記や書簡など一次資料を丁寧に読み込んで、生き方に焦点を当てているのが大きな特徴である。
以下内奥要約
本居宣長が見つけた「もののあはれ」―感情をありのままに肯定する力
パックス・アメリカーナが終焉を迎えつつある今、古い話だが18世紀の国学者・本居宣長(1730-1801)の思想が改めて問い直されている。先崎彰容著『本居宣長:「もののあはれ」と「日本」の発見』が示すのは、宣長が発見した「もののあはれ」という感受性が、実は現代を生きる私たちにも切実な問題を投げかけているということだ。
「もののあはれ」という言葉を聞くと、物悲しい情緒とか、季節の移ろいへの深い感傷といったイメージを持つ人が多いだろう。しかし先崎が強調するのは、それを超えた、もっと奥行きのある意味だ。花の美しさに心が揺さぶられる瞬間、愛する人を失った時の悲しみ、子どもやペットへの愛おしさ、誰かの喜びに共感する気持ち。こうした人間が人間であるがゆえに避けられない感情の動きを、道徳的な善悪で裁かず、ありのままに肯定し、そこから他者への理解を深めていく姿勢、それが「もののあはれを知る」ということなのだ。
宣長の時代、日本は儒教や仏教という外来の倫理観に支配されていた。中国の儒教では、人間関係は「君臣」「父子」といった上下関係や道徳律で規定される。しかし宣長が『源氏物語』の中に見出したのは、そうした枠組みでは捉えきれない別の人間関係のあり方だった。それは言葉を工夫して相手の心に語りかけ、相手の内面を理解しようとする営みだ。相互の「礼賛」と「共感」に基づいた豊かなコミュニケーション。そこにあるのは一方的でも暴力的でもない、繊細で美しい人との結びつき。宣長にとって、和歌こそがこの関係性を育む最高の手段だった。
こうした考え方は、現代ビジネスの現場にも応用できる。顧客の真のニーズを理解したり、部下の本当の気持ちをつかんだりするには、相手の状況や感情に深く共感する能力が欠かせない。効率化とデータ化が加速する時代だからこそ、「このお客さんは本当は何を求めているのか」「この人は今どういう気分でいるのか」という問いかけが重要になる。そうした問いの中に、「もののあはれを知る」ヒントが隠されているわけだ。
性的感受性と日本精神の関係
宣長の思想で興味深いのは、その根底にある個人的な経験だ。宣長自身、人妻への悲恋を経験した。その苦しい恋愛体験が、儒教や仏教の道徳律では説明しきれない、人間の真情の豊かさと複雑さを彼に教えたのだ。
この個人的な情動の深さが、宣長に古典の中の別の読み方をもたらした。『源氏物語』に登場する女君たちの恋愛や葛藤を目にするとき、宣長は自らの経験との共鳴を感じたに違いない。子のない親が抱く想いも、若い娘と老いた親が持つ異なる人生観も、宣長の眼差しの中では、単なる道徳的評価の対象ではなく、人間として避けられない感情の動きとして捉え直された。
宣長は「色好み」、つまりエロスへの感受性こそが、人間を深く理解し、他者と繊細につながる源泉だと考えた。これは決して放埓な性欲礼賛ではない。むしろ感情の揺れ動きを大切にし、他者への共感を育む、女性的で柔らかな思想だ。人間の心は単純ではない。道徳律で裁くことのできない、複雑で多面的な感情の営みがある。宣長はそれを直視することで、新しい人間観を開拓していった。
宣長の師だった賀茂真淵は『万葉集』の力強く男性的な「ますらおぶり」を理想としていた。しかし宣長はそれに反発し、『源氏物語』に見られる優雅で女性的な「たおやめぶり」こそが日本の真髄だと主張したのだ。この転換は単なる文学的な好みの問題ではない。それは日本人の精神的な本質に関わる問題提起だったのだ。
これは単なる古典解釈ではなく、日本のアイデンティティ論でもある。男性的な力の論理ではなく、女性的な感受性や関係性を重視する日本的精神の発見。慶応義塾大学教授の片山杜秀は、先崎が「宣長を近代的自我とも合理主義ともファシズムとも繋がらぬ思想家として見事に救済する」と評している。つまり、宣長の思想は戦前のナショナリズムのような一方向的なイデオロギーではなく、むしろ日常の微細な感情や人間関係を大事にする、肯定と共感に基づいた倫理学だということだ。
宣長が切り開いた思想の道筋は、そこに深く個人的な葛藤と喜びが交差している。恋愛という、社会的には許されない感情を経験したからこそ、宣長は人間の内面世界の複雑さをそのまま認めることの大切さに目覚めたのだ。儒仏の道徳律では決して正当化できない気持ちの中にこそ、人間の真実があるという確信。それが宣長の「もののあはれ」論を支える基盤となっていたのである。
この視点から見えてくるのは、宣長がいかに時代の制約の中で自らの内面に誠実に向き合ったかということだ。商人の家に生まれ、医者となり、古学に情熱を傾けた人生。その一つ一つの選択の背後には、与えられた社会的役割を超えて、自分たちの感受性に忠実に生きようとする姿勢があった。宣長にとって、和歌を作ることとは、その内面の誠実さを言葉に結晶させる営みだったのだ。
貨幣経済と「もののあはれ」の発生
18世紀の日本は大きく変わりつつあった。貨幣経済が勃興し、社会が流動化していく中で、宣長は医師として松阪で患者と向き合いながら、京都へ遊学して古典研究に打ち込んだ。商人の家に生まれながら医者へ転身し、その間に人妻への禁断の恋を経験する。そうした人生経験の中で、宣長は『源氏物語』に込められた人間関係の奥深さに気づいていったのだ。
この時代、日本社会は劇的に変容していた。従来の身分制度が緩み、武士以外にも商業活動に携わる階級が急速に力を増していった。貨幣が流通することで、すべてが値段で計算される世界へと変わっていく過程の中で、宣長は医者として患者の生死と向き合う現場にいた。金銭では計算できない人間の苦悩、道徳や法律では割り切れない心の動き。そうした現実の中で、宣長は古典を読み直す必要を感じたに違いない。
貨幣経済の発展は、人間関係をも変えていく。やがて現代のように、人間関係が契約や取引として理解される傾向が強まっていくのだ。主従関係が金銭で結ばれ、感情ではなく利益で判断される世の中への移行。その流れに抗して、宣長が発見したのは「もののあはれ」という、単なる個人の私的な情緒ではなく、古代から続く日本人の生活記憶、伝統と歴史に共鳴する感受性だった。
『石上私淑言』という宣長の歌論書では、従来の倫理や道徳による文学の制約が批判され、「欲」と「情」が区別されながら、感受性による「あはれ」の精神的深みが示されていったのだ。宣長は「欲」を、本来的には否定さるべき生々しい望郷の念として捉え、それに対して「情」を、人間の心が対象や事柄に応じて自然に動く感受性として位置付けた。『源氏物語』の世界に生きる登場人物たちの喜びも悲しみも、嫉妬も恋愛も、すべてが「情」の流露として肯定されるべき対象なのだ。
和歌とやまと言葉のみが、西の漢意の単純な善悪二分法の理屈を超えた、森羅万象の「あはれ」を表現しうるのだ。相手との間柄の中で、不断に揺れ動き流動的に変わる関係性のなかにのみ人間の真実は存在するという、宣長が見出したのはそうした関係性の倫理学だったのである。商品経済の浸透によって人間の心まで計量される時代にあって、宣長は古典の中に、計算を超えた別の人間関係のあり方を発見したわけだ。
『石上私淑言』を読み進めると、宣長の激しさが伝わってくる。漢の理屈による文学解釈を退け、ただひたすら古き日本の歌人たちの心に寄り添おうとする姿勢。そこに宣長自身の恋愛体験が投影されている。人妻への想い、許されぬ感情、しかし消えることのない心の奥底の揺らぎ。そうした個人的な情動が、実は日本人全体が古代から抱き続けてきた、深い人間理解へと昇華される。『源氏物語』の女人たちが年経る身の悲哀を歌う時、それは普遍的な人間の苦しみなのだ。
社会が市場化され、あらゆるものが交換価値で測られるようになる中で、宣長が『もののあはれ』に見出したのは、市場では決して売買できない、人間と人間の微細な感情の往来だった。それは現代のわれわれが失ってしまった、あるいは失いかけている何かなのかもしれない。効率とデータの時代に、感受性という、一見すると役に立たないものに価値を見出す思想。貨幣が流通し始めた18世紀の日本で、宣長がその重要性に気づいたのは、決して偶然ではなかったのだ。
現代への処方箋
SNSで断絶され、効率と成果だけが求められる現代社会の中で、私たちは誰もが孤独を感じている。家族5人が暮らしていても、異なる情報にアクセスしている「破壊的な孤独」に陥ってしまう。そんな時代だからこそ、宣長の「もののあはれ」は他者の心に寄り添い、感情を共有することの大切さを教えてくれるのだ。
古い文献を読むことは、単なる教養ではなく、現代を相対化する力になる。和歌や文学を通じて他者の心を知る営みは、SNSでの表面的なつながりとは対極にある、深い人間理解の方法だ。太宰治の『人間失格』や川端康成の『雪国』といった近現代文学も、実はこの「もののあはれを知る心」を引き継いでいるのだ。
もう一つ、宣長が「からごころ」(外来の心、漢の心)として批判したものは、現代のグローバリズムにおいても変わっていない。外国の高度な文明にすり寄り、自分たちの固有の感受性や価値観を忘れてしまうこと。その危機感は決して過去のものではなく、むしろ現代もなお「宣長の時代」なのだ。「あなたの仕事や生き方は、あなたの『真心』から発せられたものか」という問いは、今も私たちに突き刺さるのだ。
平安宮中の優雅な世界に遊びながら、宣長が古典の中に発見したのは、日本人の精神的古層だった。その層には、効率や支配ではなく、共感と肯定に基づいた別の人間関係のあり方が堆積していたのだ。パックス・アメリカーナが揺らぎ、世界秩序が再編成されつつある今、宣長が示した古典と言葉への向き合い方が改めて問い直されているのは、決して偶然ではない。古人の真摯な経験に共鳴する姿勢の中にこそ、現代日本人が進むべき道の手がかりが隠されているのかもしれない。
