価値が作品を離れて歩き始めるとき―『未解決事件ベルトラッキ贋作事件』を見て🎨
NHKの『未解決事件 File.07 ベルトラッキ贋作事件』を見ながら、美術の価値について思いをめぐらせていました。作品から“名前”だけが独り歩きしていくような世界に、どこか違和感が残ります。
第一章 名前だけが先に歩いていく世界
番組の冒頭から、美術市場のゆがみがにじんでいました。
ベルトラッキ贋作事件は、ただの詐欺ではないように思えました。
市場は作品そのものよりも名札に値段をつけ、その名が動くたびに大きなお金が流れていきます。
こうした仕組みがあるからこそ、贋作という“物語”が成立していきます。
無自覚に贋作を扱ってしまった画商たちが沈黙する理由も、金額の重さを思えば理解できます。
美術館や市場が長年つくってきた流れが、
いまの「名前優先」の世界を支えているのだと感じました。
第二章 故人の名を代弁することの重さ
番組で語られた「美術を愛する者を裏切る」という言葉には、
別の気配がありました。
美術館の担当者は
「故人の画家の名を利用する行為は許されない」と話していました。
もちろん、贋作を肯定することはできません。
ただ、故人はもう意見を述べられません。その名を“断罪のため”に使う構図には、どこか小さな疑問が残りました。
そもそも、ベルトラッキが題材にした画家たちは、自分の作品が投機の材料になることを望んでいたのでしょうか。
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