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M&Aを増やすために「利益をよく見せる」のは正しいのか

のれん償却をめぐる議論から考える、会計ルールの役割

1.水野さんへの相談

水野さん、最近「のれん償却の見直し」という言葉をニュースで見かけました。

企業がM&Aをすると、買収した会社のブランド力や技術力、顧客基盤などを「のれん」という資産として計上することがあります。

日本の会計基準では、こののれんを一定期間で少しずつ費用にします。

ところが、一部のスタートアップや経済団体からは、

「のれんを毎年費用にすると、買収した会社の利益が小さく見える」

「そのため企業がM&Aに消極的になる」

として、のれんを毎年償却しない方式に変えてほしいという意見が出ていました。

しかし、今回の記事では、こうした見直し議論は「出発点からズレている」と指摘されています。

いったい、何が問題なのでしょうか。


2.簡単な概要

まず、のれんとは何かを簡単に整理します。

たとえば、純資産が60億円の会社を100億円で買収したとします。

この場合、差額の40億円が「のれん」です。

なぜ純資産よりも高い金額を払うのかというと、その会社には帳簿に表れにくい価値があるからです。

たとえば、次のようなものです。

・ブランド力
・技術力
・顧客との関係
・優秀な人材
・販売網
・将来の成長性

つまり、のれんとは、買収先が将来生み出す利益への期待に対して支払った金額といえます。

日本の会計基準では、こののれんを原則として最長20年以内で少しずつ費用にします。

仮に40億円ののれんを10年間で償却する場合、毎年4億円が費用になります。

本来の事業利益が10億円あっても、のれん償却費が4億円あれば、会計上の利益は6億円になります。

このため、のれん償却をなくせば、買収後の利益は大きく見えやすくなります。

ただし、ここで注意したいのは、のれん償却をなくしても、買収した事業そのものが成長するわけではないということです。

変わるのは、主に利益の見え方です。

今回の記事が問題視しているのは、

「M&Aを増やしたいから、利益が減りにくい会計ルールに変える」

という考え方です。

会計基準は、企業の成長を後押しするための政策ではありません。

企業の財産や利益の実態を、投資家や金融機関に正しく伝えるための物差しです。

M&Aを促進したいのであれば、税制優遇や補助金、資金調達支援など、別の政策で対応すべきだというのが記事の主張です。


3.専門家の意見

社労士の視点から見る「M&A後に本当に重要なこと」

社労士の立場から見ると、M&Aで重要なのは、買収時の会計処理だけではありません。

むしろ、その後の人材や組織をどのように統合するかが、買収の成否を大きく左右します。

企業が高い金額を支払って買収する背景には、技術、顧客、ブランドだけでなく、そこで働く従業員の経験や能力も含まれています。

しかし、買収後に次のような問題が起これば、期待していた価値は失われてしまいます。

・優秀な社員が退職する
・賃金や評価制度の違いから不満が生じる
・企業文化が合わず、組織内で対立が起きる
・役割や指揮命令系統が不明確になる
・労働条件の変更について十分な説明がない
・買収した側とされた側の間に心理的な壁ができる

たとえば、買収先の技術力を評価して高値で買収しても、中心となる技術者が相次いで退職すれば、その技術力を維持できない可能性があります。

この場合、帳簿上はのれんが残っていても、実際の価値は低下しているかもしれません。

したがって、M&A後には次のような人事・労務面の対応が重要になります。

労働条件を整理する

買収する会社と買収される会社では、給与、賞与、退職金、勤務時間、休日、福利厚生などが異なることがあります。

制度を急に統一すると、従業員の不利益や反発につながる可能性があります。

まずは制度の違いを整理し、変更する場合は十分な説明と段階的な対応が必要です。

評価制度を明確にする

買収後に「誰が、どの基準で評価するのか」が分からないと、従業員は将来に不安を感じます。

評価基準や昇進の考え方を明確にし、買収された側の社員が不利にならない運用が求められます。

重要な人材の流出を防ぐ

M&Aの価値が特定の技術者や営業担当者に依存している場合、その人たちが退職すると、当初想定していた相乗効果が実現しない可能性があります。

金銭面だけでなく、役割、権限、キャリア、働き方を含めた処遇を考える必要があります。

経営方針を丁寧に伝える

従業員にとって、M&Aは大きな環境変化です。

「会社はどうなるのか」

「雇用は守られるのか」

「自分の仕事は変わるのか」

といった不安が生じます。

経営側が情報を出さずにいると、うわさや誤解が広がり、職場の生産性や信頼関係が低下します。

M&Aの目的や今後の方針を、繰り返し丁寧に説明することが大切です。

つまり、のれんは単なる会計上の数字ではありません。

その中には、従業員の知識、経験、技術、顧客との関係など、人に結びついた価値が多く含まれています。

会計基準を変えて買収直後の利益を大きく見せても、人材や組織の統合に失敗すれば、のれんの価値は失われます。

その意味でも、M&Aを成功させるために本当に必要なのは、会計処理の変更だけではなく、買収後の人事労務管理と組織運営だと考えられます。


4.クロージング

水野さんのひとこと

のれん償却をなくせば、買収直後の利益は大きく見えやすくなります。

しかし、それによってM&Aそのものが成功するわけではありません。

会計基準は、企業の実態を測るための物差しです。

M&Aを増やすという政策目的のために、その物差しを都合よく変えてしまえば、投資家や金融機関が企業の実態を正しく判断できなくなる恐れがあります。

そして、買収後の成長を決めるのは、最終的には人と組織です。

高い金額で会社を買うことよりも、買収した会社の人材、技術、顧客との関係をどのように守り、育てていくかが重要です。

水野さんは最後に、こう話しました。

「M&Aは会社を買って終わりではありません。買収後に人や組織が力を発揮できて、初めてのれんは本当の価値になります。利益の見え方を変えるより、買収後の経営を丁寧に行うことの方が大切ですね」

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