「5%の米国債 vs 4%の日本国債」—この1%の差が、実は差でない理由
「安全な資産が5%近くを稼ぐ」——この状況が、世界の投資家の計算式を根本から変えている。
米国の30年国債利回りが、多年ぶりの高水準で推移している。その影響は、米国の債券市場だけにとどまらない。日本の機関投資家、グローバルな株式運用戦略、そして円相場——すべてがこの数字に連動して動いている。
5%近くの国債が存在するとき、株式はどう正当化されるか
投資の世界には、すべての判断の基準になる数字がある。「リスクフリーレート」——無リスクの資産が生む利回りだ。
米国の30年国債利回りが、数年ぶりの高水準に達している。
この数字が重要な理由はシンプルだ。世界で最も安全とされる資産が、ほぼ無リスクで5%近くを稼ぐとき、すべての他の資産はそれと比較される。株、不動産、新興国債券——どれも「なぜリスクを取ってまで保有するのか」を問い直されることになる。
ゼロ金利の時代、この問いの答えは簡単だった。安全な資産が何も生まなければ、リスクを取るしかなかった。それが2010年代以降の株高を支えた構造の一つだ。
今、その構造が変わっている。
米国の長期金利が高止まりしている背景には、複数の要因がある。財政赤字の拡大による国債供給の増加、インフレの根強さ、そして米国の長期的な債務持続可能性への疑念——これらが重なり、投資家は長期の米国債を保有するリスクに対してより高いリターンを求めるようになっている。
日本にとって、この変化は他人事ではない。
日本は世界有数の対外純債権国だ。2024年末時点ではドイツに次ぐ世界2位の純債権国となったが、その規模は依然として巨大で、生命保険会社、年金基金、銀行が保有する外国債券——その多くが米国債だ——は数百兆円に及ぶ。
米国の金利が上昇すると、これらの機関は二重の圧力に直面する。一方では、保有する既存の債券の評価額が下がる(含み損)。もう一方では、新たに購入できる債券はより高い利回りを提供する(将来の収益改善)。
「外国債券を持ち続けて将来の収益を取るか、国内JGBに戻るか」——この戦略的判断が、数百兆円規模の資産に対して同時に問われている。
その答えが積み重なると、グローバルな資本フローに実際の影響が出る。日本の機関資金が国内回帰すれば、米国債の需要が減り、ドル需給にも波及する。これは今の世界市場で最も見過ごされがちな連鎖の一つではないか。
グローバルの運用者は日本をどう見ているか——二つの論理
紙面には、こうした環境の中でグローバルな株式運用をどう組み立てるかについて、大手資産運用会社の見方が掲載されている。シュローダーをはじめとするファンドマネジャーたちの視点だ。
彼らの答えは、一様ではない。そしてその「見方の違い」自体が、示唆に富んでいる。
一方には「バリュー回帰」の論がある。ゼロ金利時代に割高なバリュエーションが許されていた成長株は、5%近い国債利回りが存在する世界では正当化されにくい。その分、割安な市場やセクター——景気敏感株、バリュー株——に資金が移ってもおかしくない。
<自分のための一言メモ>
金利が低いとき、投資家は「将来の成長」に高い値をつけやすい。今は赤字でも「将来すごく稼ぐ」という期待で株が買われる。これがグロース株の全盛期。
金利が高くなると、「将来の利益」の現在価値が目減りする。遠い未来の話より、今すでに稼いでいる会社の方が確実となる。
そこで資金がグロース株からバリュー株——銀行・製造業・エネルギーなど、地味だが着実に稼いでいる企業——へと移動する。
これがバリュー回帰。
金利が低い時代は「将来の夢」に高い値がつく。金利が高い時代は「今稼いでいる実力」が評価される。
この文脈で日本が名前を挙げられることがある。コーポレートガバナンスの改善、相対的に低いバリュエーション、半導体・インフラ・エネルギー転換といったグローバルテーマへの露出——こうした要素を評価する運用者が一定数いる。
もう一方には「クオリティ重視」の論がある。金利が高い世界では、借入コストが重くなる。その環境で強いのは、高い参入障壁、強い価格決定力、低いレバレッジを持つ企業だ。地域の問題ではなく、どこにあるかに関わらず「良い会社」を選ぶべきだという考え方だ。
この文脈でも日本は登場する。精密機械、電子部品、特殊化学品——世界クラスの競争優位を持ちながら、東京市場に上場しているという特殊な存在群だ。
「バリュー回帰」と「クオリティ重視」——どちらの文脈でも日本が視野に入るというのは、投資先としての日本の地位が以前と変わってきた証左かもしれない。
ただし、見方が多様であるということは、コンセンサスが形成されていないということでもある。日本株に対する外国人投資家の評価は、まだ固まっていない段階にあるのではないか。
一緒に考えたい、問い
5%近くを稼ぐ国債が存在する世界で、株式やその他のリスク資産はどう正当化されるのか。
日本の機関投資家が「外で稼ぐか、国内に戻るか」を問われるとき、その答えは世界の市場に波及する。
皆さんはこの「金利のある世界」で、日本市場をどう位置づけるだろうか。
この記事から学べる経済構造
この記事を読んで見えてきた、経済の「構造的な原則」をまとめます。
1.リスクフリーレートの上昇は、すべての資産クラスの比較基準を変える
国債が高い利回りを提供するとき、それと競合するすべての投資はリターンの根拠を問い直される。ゼロ金利時代の「リスクを取るしかない」という論理は、高金利時代には通用しない。
2.日本の機関投資家の行動は、グローバルな資本フローに連動する
世界最大の対外純債権国として、日本の機関投資家の外債保有戦略の変化は、米国債需給・ドル円・グローバルな長期金利に実際の影響を持つ。日本の「内向き」な判断が外向きの波及を持つという逆説がある。
3.米国の財政拡大は長期金利の構造的な押し上げ要因になりうる
国債供給の増加は、需給を通じて長期金利を押し上げる。米国の財政赤字が拡大し続けるなら、長期金利の「高止まり」は一時的な現象ではなく、構造的な変化かもしれない。
4.「バリュー」か「クオリティ」かは、投資哲学の問いであると同時に金利環境の問い
金利が低いときはバリュエーションの歪みが生まれやすく、金利が高いときはクオリティの価値が相対的に高まる。投資スタイルの選択は、金利環境への見立てと不可分だ。
5.同じ市場に対する多様な見方の存在は、機会の源泉になることがある
日本株がバリュー文脈でもクオリティ文脈でも語られるということは、コンセンサスがまだ形成されていないことを意味する。コンセンサスが形成される前に理解を深めることが、投資における優位性の基本だ。
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