落語作家に学ぶ「心が動く広報」の技術
正しさは忘れられ、面白さは生き残る
正しいことを言っているのに、誰も聞いてくれない。広報担当者の嘆きの九割はこれだが、じつはこの現象、あなたの文章力の問題ではない。人間の脳の仕様の問題なのだ。
2026年7月23日、大坂の放送局の大会議室にて『REACH REACH アカデミー』と称して勉強会が催された。
元吉本クリエイティブエージェンシーの社長・水谷 暢宏氏と、落語を百五十本書く日本一に二度もなった落語作家・今井ようじ氏が主宰する『おもしろビジネスアカデミー』とREACH REACHのコラボ講義だ。
この講義を聞いて、確信を深めた。
お笑いの世界は何十年もかけて「人の心を動かす技術」だけを研究してきた実験場であり、その知見は広報にそのまま転用できる。
かつて英文学者の外山滋比古はこう言った。
「面白いことは正しいことより生命力が強い。正しいことは急速に忘れられるが、面白いことはゆっくりとしか忘れられない」
豊臣秀吉が信長の草履を懐で温めた話は、史実かどうかも怪しいのに四百年以上語り継がれている。私たちは年号を忘れてもエピソードだけは覚えているのだ。
スタンフォード大学の研究によれば、ストーリーとともに語られた情報は、事実の羅列より二十二倍も記憶に残るという。
考えてみれば当然で、文字もデータベースもなかった狩猟採集時代、知識はすべて物語として伝承された。脳は物語を保存するようにできている。
ここで重要なのは「面白い」は「笑える」ではないということだ。
犯人が意外なミステリー映画を観て爆笑する人はいないが、感想は「面白かった」になる。百均で横置きできる冷水筒を見つけて笑う人もいないが、「おもろいのあったで」と家族に見せる。
心が動けば、それはすべて「面白い」なのだ。
では面白さはどう設計するのか。
落語作家・今井ようじ氏の答えは意外にも工学的だった。
落語は「ストーリー」と「システム」の掛け算でできているという。
ストーリーは表面のあらすじ、システムは裏で作動する笑いの仕組み。古典落語「時うどん」なら、あらすじは『知人とうどんを食べに行く』、システムは『成功者のやり方をうろ覚えで真似て失敗する』。この構造が分かれば、舞台をコンビニに変えても同じ話が作れる。
名人芸に見えるものの正体は、再現可能な設計図だったのである。
この掛け算はビジネスでも同じだ。
講義の中で紹介された京都の漬物屋には「本来廃棄されるトマトを使った味噌漬け」がある。商品特性(廃棄トマト=社会課題の解決)に、自社のストーリー(漬け液にトマトが落ちていた偶然から生まれた開発秘話)を掛け合わせる。
記者はこういう話が大好物だから、取材が来る。
最新工場が温度湿度から算出した最適水分量のうどんと、この道六十年のおばあちゃんが勘で打ったうどん。合理的なのは明らかに前者だが、食べたくなるのは後者だ。
そう。消費者は情報を買っているのではない。物語を食べているのだ。
物語を紡ぐ文章にも型もある。
『おもしろビジネスアカデミー』の彼らが「KKKKK法」と呼ぶ構成は、共感(あるある)→撹乱(え、そうなの?)→気づき(そういうことか)→希望(それいいな)→行動(試してみよう)の順で感情を揺らしていく。
論理を積み上げるPREP法が報告書向きだとすれば、こちらは人の心を動かすための型だ。
講義ではこの型で「千以上の解決策から瞬時に最適な一手を差し出す存在」の売り込み文が読み上げられ、聴衆が「その人を紹介してほしい」と身を乗り出したところで驚きの種明かしされた。(素晴らしい売り込み文が、なんの売り込み文であるかは、是非『おもしろビジネスアカデミー』にて体験してほしい)
極めつけは市場調査の方法だ。
自社の話を「異業種の友達」にしてみて、驚かれたポイントを探せという。同業者は業界の常識に驚かないし、取引先は忖度して喜んだふりをするし、配偶者は全否定してくる(講師個人の感想です)。
適度な距離と正直さを兼ね備えた友人の「えっ、そんな仕組みなん?」こそ、世間が反応するポイントの無料モニタリングなのだ。
広報とは正しい情報を届ける仕事ではなく、忘れられない物語を設計する技術である。
正しさは即時に消費され、面白さはゆっくりと味われる。
だとすれば、情報の洪水のなかで生き残らなければならない企業に残された道はひとつしかない。
面白くなることだ。
それは才能ではなく、学習可能な技術なのである。

合同会社オフィスPLAYワーク 代表
『おもしろビジネスアカデミー』校長
元よしもとクリエイティブ・エージェンシー社長/元吉本興業HD取締役

落語作家・放送作家
『おもしろビジネスアカデミー』福校長
2019・2025落語協会 新作落語台本発表落語会最優秀賞
受賞歴12回
