333-0を見て、育成界隈の“危うさ”を感じた話
333-0。
これ、もはやスコアというより、何かの暗証番号かと思いました。
でも笑い話で終わらせてはいけないと思っています。
もちろん、勝った側の選手が悪いわけではありません。
最後までプレーした選手たちも、指導者も、その場でできることをやったのかもしれない。
ただ、育成の視点で見るなら、ここで考えるべきなのは、
「最後まで全力で偉い」
だけではないはずです。
本当に問うべきは、
この試合は、競技として学習が成立していたのか?
ということです。
強い側は、判断力が育ったのか。
弱い側は、次に繋がる経験になったのか。
観客は、競技として見られる内容だったのか。
運営は、大会設計としてこれをどう評価するのか。
大差ゲームそのものが悪いとは言いません。
でも、ここまで極端な点差が出るなら、
・カテゴリー分け
・リーグ設計
・レベル別交流戦
・大会の目的整理
・参加基準
・マッチメイク
このあたりを見直す必要があると思っています。
日本の育成界隈は、こういう時にすぐ、
「これも経験」
「最後まで諦めないことが大事」
「全力でやるのが礼儀」
で終わらせがちです。
もちろん、それ自体は大切です。
でも、それだけで終わるなら、かなり危ない。
なぜなら、子ども達に根性で耐えさせて、大人が大会設計の責任から逃げているだけになるからです。
俺は、バスケットボールを好きな人が増えることが、最終的に一番の競技力向上だと思っています。
好きだから続ける。
続けるから考える。
考えるから伸びる。
伸びるから、もっと好きになる。
この循環を作るのが育成です。
逆に、
大差ゲームで心を折る。
怒号で萎縮させる。
固定起用で経験を奪う。
試合過多で疲弊させる。
理不尽を「これも経験」で片付ける。
これで競技人口が増えるわけがない。
育成とは、強いチームを気持ちよく勝たせることではありません。
子ども達が、
「またやりたい」
「もっと上手くなりたい」
「次も挑戦したい」
と思える環境を作ることです。
333-0を見て問うべきなのは、
勝った側が悪いとか、負けた側が弱いとか、そういう浅い話ではありません。
なぜ、ここまで競技差が崩壊する試合が成立してしまうのか。
そして、
それを“良い経験”で片付けていいのか。
ここだと思っています。
