「リカちゃん」について思うこと(クリスマス2025)
もはや廃墟と化し始めている僕のnote。
忙しさにかまけていたら、とうとう開くことすらなくなっていた。
久々に書く時には毎度、冒頭で言い訳をしているような気もするが、やはり今年もいろいろあったのだ。
直近でいえば、1週間ほどインフルエンザで寝込んで地獄を味わっていたし、その直後には浴室の混合水栓の故障、妻がルームランプをつけっぱなしにしたことに起因する、車のバッテリー上がりなど。
もう少し遡れば、さらに枚挙にいとまがないが、そこそこ「祟りにでもあっていたのか」というほどに、いろいろあったのだ。
無論、悪いことばかりではない。
随分と酒を飲んだし、この歳で初めて、もつ焼きの美味さを知った(これまでは本当に嫌いだった)。
万博にも足を運んだし、人生で初めて「ねぷた祭り」も観た。
めったに会えない友人とも一年ぶりに会えた。
2025年は、経験値と移動距離を稼いだ年だった。
移動距離…と打ったところで、ふと、楽天トラベルの履歴と手帳を見てみる。
今年はトータル38泊、どこかの県のどこかの市で夜を明かしていたようだ。
ビジネスホテル31泊、リゾートホテル1泊、妻の実家6泊(無論、こちらは楽天トラベルの履歴には書かれていないが)、といった内訳だ。
「へー、初めて泊まるけど、ここ、こんなホテルなんだ」などと思いながら部屋に入ると、手元のスマホが既にWi-Fiに繋がっている有様。
気付けば、デジャヴすらも感じない、悲しきビジネスモンスターがそこにはいた。
ビジネスホテルに泊まりすぎると人間がどう進化(あるいは退化)するのかを考察する記事を書こうかとも思ったが、おそらく次にnoteを開くのは来年のクリスマスあたりだろう。
というのも、毎年のようにクリスマス記事を書いていたせいか、頭の片隅に『note=クリスマス』という、謎のニューロンが形成されていたようだ。
今年もそれが脳内で蠢いており、いま、「せめてクリスマスくらいは」と思いつき、重い腰を上げ、重い指をキーボードにあてがい、重く鈍い脳みそを稼働し始めた次第である。
(おや、2023年はサボっていたようだ。)
上述の記事のように、昨年はサンタクロース氏がシルバニアファミリー(一戸建住宅つき)を、当時4歳の娘に贈呈した。
当時は、「向こう数年はこれで遊び、動物たちは家族を増やしていくのだろう」などと考えていた。
しかし、子どもというのは飽きっぽい生き物。
1年が経とうとするいま、かつての新築の一軒家は、廃墟、いや、空き物件と化そうとしている。
その姿は、僕のnoteさながら。
娘の興味は、この短期間で「絵を描く」「文字を書く」に、ほぼ完全移行していた。
まぁ、自分の幼少期を振り返っても、一年間おなじ玩具で遊ぶようなタイプではなかったので、これも遺伝といえば遺伝だろう。
とはいえ、クリスマスが今年もやってくる。
竹内まりや氏が毎年繰り返し述べているので、これは疑いようのない事実だろう。
雨が夜更け過ぎに雪に変わるかどうかは、その時によるのだが。
「それとなく」娘にヒアリングを行なう。
「そういえば、サンタさんに何か頼んだの?手紙書いた?」と問うと、一枚の手紙を見せてきた。
そこに書いてあったもの。
リカちゃん人形。
このあたりになってくると、男兄弟で育った僕は、ゼロ知識もいいところ。
彼女の出自はおろか、どこの誰で、どのように遊ぶのかも感覚的によくわからない。
そして、娘は続ける。
「リカちゃんのおうちがあるんだよ。それもあったら、それはそれでいいよね」
それはそれでいいよね
ソレハソレデイイヨネ
其れは其れで…
おい、ちょっと待て。
貴様は一年足らずで動物たちの庭付き2階建て物件を空き家にした実績があるじゃないか。
それでは飽き足らず、さらに家屋を購入し、廃墟にするつもりか。
買い物下手の大富豪か。
…という言葉を飲み込み、「実地調査」を行なうべく、娘を連れてトイザらスへ。
もちろん、「購入するのはサンタ氏」なので、「どんなやつなのか、パパも見てみたい」という、それっぽいような、よく分からない理由をでっち上げた上で。
いざ目の前にしてみると、これまた多種多様なリカさん達。
衣装の多彩ぶりもさることながら、スシローで働くリカさん、ラウンドワンで派手に遊ぶリカさん、サーティーワンでアイスを販売するリカさん、葬送のフリーレンになりきるリカさん…
いろいろ大変なんだな、リカさん。
そして、リカさん達の住む家なるものを発見。
おや…

なぁ、子どもらしきものを抱いてソファに座るお父さんよ、あんた、そのままその場所で立ったら、頭で天井突き破るよね?
ということに気付き、同じ売り場にある、我が家にあるのと同型のシルバニア物件に目を遣る。
人形としてのスケールは、シルバニア1/12、リカちゃん1/6と大きく異なるが、建物のスケール、縮尺はほとんど一緒じゃないか。
というか、建物のクオリティとしては(あくまで個人の感想だが)、シルバニアに軍配が上がる。
それとなく、娘に伝える。
「あれ?いま気付いちゃったんだけど、もしサンタさんがリカちゃんをくれるとしたら、シルバニアの家に住ませてあげた方が、にぎやかでいいんじゃないか?」
無論、スケール云々は言わない。
あくまで、人間と動物達の共存共栄を提案しただけだ。
これも未来の地球、生命の進化のため。
苦し紛れの提案だったが、意外にも娘には刺さった様子。
「おー!それいいね!ぜったいそっちのほうが楽しいじゃん!」とテンションを上げた娘を見て、多重の住宅ローンからの解放、我が家の領土を侵食する玩具ハウスの専有面積増加阻止に成功し、少し胸をなでおろす。
まぁ、多少の罪悪感に似た感情もなくはないので、リカちゃん単体ではなく、衣装やら小物やら何やらがセットになったものを、サンタ氏には発注することとした。
サンタ氏は僕のクレジットカードを使って仕入れをするのだとは思うが。
いずれDIYでドレッサーでも作ってやろうか。
子どもを持って分かった意外なことの一つとして、「出費」よりも「片付かない玩具で床が占有される」ことのほうが案外、頭痛のタネだったりするということだ。
いずれゲームに興味が移行したら、こういった頭痛は軽減されるのかもしれない。
それはそれで、少し寂しい気もするが。
物品を配るのが好きな赤服の高齢者がいるとかいないとか、そんな議論を娘が持ち出してくるまで、あと何年だろうか。
彼女がいつまで「彼」を信じているか分からないが、今年も無事、娘に「嘘」を貫き通せる見通しだ。
いつか来るその時までは、中年オヤジの年末の楽しみとして、日本経済に微々たる貢献をしようと思う。
それでは皆様、良いクリスマス、良い年末年始を。
