裸の心、という思い出
一番最初、その曲を聴いた時、「ハマらないかもな」と思う曲がある。
数年後に、「あ、めちゃくちゃいい歌だったんだな」と思いなおす瞬間がある。
私が音楽を好きな理由の一つかもしれない。
そんな曲が私にもあって、それがあいみょんの「裸の心」である。
裸の心
2020年にリリースされた「裸の心」は、当時あいみょんの「マリーゴールド」に次ぐヒット曲として扱われていたと思う。
今も再生数とかを見るとそんな感じだが、「君はロックを聴かない」と「愛を伝えたいだとか」の方が長く浸透してきている気もする。
とにかく、名曲であることに変わりはない。
そんな「裸の心」と私のどうでもいい思い出について書き残しておきたい。
「裸の心」がリリースされると聞いて
私は2020年には既にあいみょんのファンであった。そんなあいみょんが新曲を出すと言うので、とてもワクワクして音源が解禁されるのを待っていた記憶がある。
私が好きな多部未華子さんのドラマ主題歌だったし、私の中で勝手に期待値が高かった。
当時、コロナ禍の真っ最中だった。
だから裸の心のリリース日や、ドラマの初回放送日も延期されていたはずだ。
私は高校一年生になったばかりで休校になってしまい暇を持て余していた。だから、あいみょんの最新情報がすごく楽しみだったのだ。
そんな中で、あいみょんが家の中でGoProを使って撮ったという映像が解禁された。その時、初めて裸の心を聴いた私は「めっちゃ静かでゆっくりな曲やな」と思った。「もっとアップテンポがいいや」とも思った。
アホな私はそれまで「バラード」と言うジャンルを知らず、あいみょんのインタビューを読んで「こう言う曲がバラードって言うんだ」と知った。
素直に言葉を選ばずに言えば、「あんまりこの歌好きじゃないかも」だった。
でも、世間では裸の心は大ヒットしていたはずで、あいみょんはその年の音楽番組に呼ばれまくっていたし、私も見るのに忙しかった。
コロナ禍の中、たまにスーパーに行くと裸の心が流れていた記憶もある。
あいみょんは、裸の心と同じ年に、「おいしいパスタがあると聞いて」というアルバムをリリースした。私はそのアルバムの中の「黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を」と「チカ」が大好きだ。「裸の心よりこっちの方がいい曲やん」と思っていた。
そして今
裸の心がリリースされてから、もう6年が経とうとしている。びっくりした。
あいみょんは「裸の心は50歳になっても歌えるな」と話していた気がするけど、その通りだと思う。色褪せないし、歳も取らない名曲だと思う。
15歳だった私は21歳になった。
恋愛はほぼしていないけど、大人にはなったはずである。なっていなきゃ困る。
たぶん、あの頃より、少しは優しくなれたはずである。
今、「裸の心めっちゃいい歌だな」と心から思う。
半年前に近所のスーパーに行ったら、「裸の心」がBGMで流れていた。
その頃私はとても疲れていて、その日もぼーっと買い物をしていた。疲れていた理由は恋とかではなくて、やることが山積みで将来が不安だったからだ。
それでも、泣きそうになりながら、「ご飯は作らなきゃ」とスーパーで買い物をしていたのである。
その時にたまたま流れてきた「裸の心」だった。少しほっとした。聴き馴染んでいるあいみょんの歌声だったのもあるけど、「裸の心抱えて」という歌詞が急に腑に落ちたのだ。
恋はしていなくても、生きていれば「裸の心」になる瞬間があるのかもな、と思う。
だから、ラブソングは恋してなくても響くのかもな、とも思う。
裸の心。
ゆったりと歌い上げるメロディが綺麗だ。あいみょんの切ない歌声もとても曲調にマッチしている。
なにより、「裸の心抱えて」というフレーズがとてもいいと思う。
みんな知ってることなのかもしれないが、私は最近やっと気づいたのだ。気がつけてよかった。
生きててよかった
音楽を聴いていると、数年越しに急に自分に響く瞬間がある。
その瞬間を経験するたび、生きていてよかったと思う。大袈裟かもしれないけど、自分の人生と好きな音楽が妙にリンクする瞬間、このために私は今まで頑張ってきたんだなあ、とどこか報われた気持ちになれる。
小さなことかもしれないけど、そんな瞬間を大切に生きていきたいなあ、と思う。
追伸
裸の心。甲子園で是非とも聴きたい名曲だ。
生で聴く裸の心は、とてもなめらかで心が綺麗に、本当に「裸」になるような、そんな気がする。
今から暑さに備えようと思う。てるてる坊主だって作ろうと思う。
天候とか世界情勢とか、いろんな不安はあるけど、無事に開催できますように。
私のスケジュールも、もしかしたらライブに被りそうで、個人的にはそれが不安なのだけど、行けることを切に願う。
あいみょんの夢が叶う瞬間を私はまだまだ追っていたい。そう思った「暑くて目が覚めた今日」だった。
