決められない人は、正解より話す場所を先に持ったほうがいい
駅の改札を抜けたら、少し風が強かった。
桜はほとんど散って、路面にピンクのかけらだけが残っている。春がいた痕跡って感じ。
ぼくはベンチに座って依頼主を待った。
何分前に着いていたかは覚えてないけど、無職にとって時間は数字以上の意味を持たない。
「こんにちは」
声をかけてきたのは、清潔感のある男性だった。
20代後半、ジャケットはくたびれていたけど、靴はちゃんとしていた。そういうバランスの人って、無理してるか諦めてるかのどっちかの場合が多い。知らんけど。
「ごめんなさい、急に連絡しちゃって」
「いえ、こっちは暇なんで」
それが“レンタル無職”というやつで、ぼくの仕事でもあり、趣味でもあり、言ってしまえば状態である。
「転職を考えていて…」
「ほお」
「選べないんですよ。どっちも良いし、どっちも怖いし」
相談の内容はそんな感じだった。
大手企業と、小さな会社。安定と挑戦。
「どっちが正解なんでしょうか」と彼は言った。
その問いに意味がないのは本人が一番わかってる。だからこそ人に聞きたくなる。
「正解って選んだ後につくられるもんだと思いますよ」
「……なるほど」
「選んでから正解にしていくっていうか」
ぼくの言葉はだいたい適当だ。でも、適当な言葉の中にも安心できる余白は発生する。
「ていうか、そもそもなんで転職したいんです?」
「会社が合わなくて…」
「どこが?」
「人間関係と、仕事内容と、評価制度と…」
「つまり全部ですね」
「ですね」
彼は笑った。やっとちょっと力が抜けた感じだった。散歩しませんか?とぼくが言って、駅前の並木道をゆっくり歩いた。
話さない時間もまあまあ長かったけど、それも含めて依頼みたいな感じだ。
知らない人と並んで歩いてると妙に安心する瞬間がある。深く知らない他人のほうが本音を言いやすいのは、たぶんそのせいだ。
「正直、どっちもそれなりに不安なんです」
「まあ、不安があるから悩めるんですよね」
「どういうことですか?」
「決められる人って、けっこう雑ですよ」
「雑?」
「“こっちでいいや”って選べる人。ある意味強いけど、なんか大事なもん見落としてる気もする」
「たしかに……」
彼は歩きながら、少しうつむいた。
ぼくは思ったことを推敲もせずぼやっと口から吐き出す。
「決められない人って、いろんなことちゃんと見てるんだと思いますよ。先のこととか、人の気持ちとか、自分の違和感とか」
「……あー、それ、ちょっとわかります」
「だから“決められない人たち”って、実はちゃんとした人たちなんですよ。ちょっと面倒だけど」
「なるほど。なんか、自分のことちょっと好きになれそうです」
「それはよかった」
ちなみに、ぼくは"決められる人"なので、彼とは対照的だ。至極テキトーに生きている。
「無職さんは不安になったりしないんですか」
「しないですね」
「すごいですね、どうやったらその境地にいけるんだろう」
「月5万で生きれるようになれば」
「先々のこととか考えたりしませんか?」
「まあ、来週のジャンプのことくらいは考えます」
「それだけ?」
「どうせ死ぬので。考えても」
「ははは、それはそうだ」
つくづく思う。自分はいろんなことをちゃんと見ていない。
先のこととか、人の気持ちとか、自分の違和感とか、わりとぼやーっと流してしまう。それでも回るようになってしまったので、なんか不感症気味なのかもしれないな。
二人とも言葉が雑になってきたのは、たぶんお腹が減ってきたからだと思った。
「昼、食べました?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、なんか食いましょうか」
「あ、奢りますよ」
「すいません、そのつもりで提案しました」
近くにあるラーメン屋に入った。
特別うまいわけでも、特別まずいわけでもない、普通の醤油ラーメン。
でも普通のラーメンがいちばん助かる瞬間ってのがある。特別なものなんてのはあんまり必要ない。
食べながら、彼は何も言わなかった。
でも、それでよかった。相談は終わっていたし、結論も出なくてよかった。
ラーメンの湯気がちょっと目にしみて、それを誤魔化すように水を飲む。
この瞬間、無職という存在も、選択肢のひとつくらいには見えているといいなとぼんやり思った。推奨はしないけど。
帰り道、「ありがとうございました」と彼は言った。
「また悩んだら来ていいですか?」
「もちろん。たぶん、まだ無職やってるんで」
そう言って別れた。
無職は何も解決しない。
でも、「あんまり何もしないで話を聞く」が役に立つ場面ってのは意外とある。選べなくても、歩いて、飯食って、また歩いていける。それでとりあえずはOKとしよう。人生は地味に長いので。
無職のレンタル依頼はこちらからどうぞ。
他のレンタル依頼の話はこちらからどうぞ。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
メンバーシップもよかったらぜひ覗いていって下さい!