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【二次創作】エンドロールの続きを


※「40までにしたい10のこと」二次創作
慶司と女性(オリジナル)の絡み、性的な描写がありますのでご注意下さい



 改札を出る前から、彼の姿はよく見えた。スラリと高い身長のせいで人より頭ひとつ分飛び抜けているからよく目立つ。スマホの画面から顔を上げた彼と目が合った。
「ありがとう。急にごめんね」
「いいよ。楽しかった?」
「うん。食べ過ぎたし飲み過ぎた」
 自然に車道側に立つ彼は、私の歩調に合わせて、一人でいる時より少しゆっくり歩く。
 大学の敷地を、長い足で飛ぶように渡っていく彼の姿を思い出す。
 じっとりと湿気を含んだぬるい風が、火照った顔を撫でるように通り過ぎた。明日は雨予報だろうか。
 就職して三ヶ月が過ぎ、連日続く研修の日々にいい加減うんざりしてきたタイミングで同期と飲んだ帰り道。頭にぎゅうぎゅうと詰め込んだ規程やマナーやコンプライアンスやらは、生ビールの泡と一緒に呆気なく溶けていった。
 彼のアパートへ向かう道中、先ほど仕入れた中身のない話を適当にかいつまんで喋るのを、彼は上手な相槌で聞いている。
 私は出来るだけ自然に、彼の空いた手に自分の掌を重ねた。
 ゆるく握り返される彼の大きな手はサラリと乾いていて、私は、自分が緊張しているのだと気がついた。



 田中慶司という男の存在を知ったのは、大学二年の夏だった。友人が当時付き合っていたのがバレー部の一つ上の先輩で、試合を見に行くから着いてきて欲しいと連れ出され、ベンチで楽しそうにチームメイトと談笑している彼を、体育館の二階に設置された応援席から、青春してるな、なんてありきたりなセリフを思いながら何となく見下ろしていた。
 その後、たまに大学で見かけることはあったが、特に接点は無いまま、友人はバレー部の先輩と別れ、バイト先の後輩と付き合うようになり、私も何人かの男と付き合ったり別れたりしているうちに月日は過ぎていった。

 卒業までの暇な時間を潰すために始めたバイト先の喫茶店に彼がやってきたのは、学生最後の夏も終わりかけた十月の中頃だった。
 古い商店街の隅にひっそりと佇む、と言えば聞こえは良いが、要するに、寂れて地元のごく一部の人しか来ないような古い匂いのする喫茶店だ。そんな場所にまさか知った顔が現れると思っておらず、チリンとドアのベルを鳴らして入ってきた彼の顔を見て、思わず、えっ、と声を上げる。
 彼は目の前で立ち塞がる私を、訝しげな目で見下ろした。私が彼のことを一方的に(同じ大学の同級生だ、というくらいのレベルで)知っているだけで、向こうは私のことを全く知らないのだから無理はない。
「あ、すみません。いらっしゃいませ。どうぞ」
 彼は促されるまま窓際の一番奥のボックス席へ着き、アイスコーヒーを一時間ほどかけて飲むと、ごちそうさまでした、と丁寧に声をかけて去っていった。
 それから彼は、不定期に訪れては決められたようにアイスコーヒーを飲み、相変わらず丁寧な挨拶を残して帰っていった。
 私は、煙草とコーヒーの混ざった匂いのするカウンターの中で、常連客のつまらない世間話に相槌を打ちながら、窓の外を眺める彼の横顔をこっそりと視界の端で捉えていた。

 大学の卒業式を一週間後に控えたある日、彼はいつもと同じようにふらりとやってきた。雪がチラつくような寒さなのに、注文はいつもと同じアイスコーヒー。
「お待たせしました」
 テーブルに、コーヒーとストロー、それから使われないと分かっているガムシロップとミルクをセットし、伝票を伏せる。
「ありがとうございます」
 小さく頭を下げた彼は、その場から立ち去らない私を不思議そうに見上げた。
「卒業、おめでとうございます」
 あの時どうして、あんな風に声をかけたのか自分でも未だによく分からない。ただ、きょとんとした彼の顔がふわりと緩んで、ありがとうございます、と笑った顔の無防備さを覚えている。



 シャワーを浴び、髪を乾かし終えて部屋に戻ると、彼は映画を観ている所だった。遥か昔の時代に生きた恐竜の血を吸った蚊の化石から、遺伝子を取り出して復活させるというストーリー。私も子供の頃に何度も観た。物語はもう終盤に差し掛かっている。
「懐かしいね」
「来月から新しい映画やるらしい」
「観に行く?」
「うん。いいよ」
 ソファに座り、彼の飲みかけの缶酎ハイをもらう。三分の一程しか残っていなくて、ほとんど空になった。
「まだ飲む?」
 立ち上がりかけた彼の手を引いて、首を横に振った。彼は黙って元の位置に座ると、私の背後から腕を回して髪を撫でる。いつもと違うシャンプーの匂い。
 彼の肩に頭を預け、下から覗き込むように彼を見上げると、視線を感じたのか、テレビの画面から目線を外して、なに?と言うように眉を少しだけ上げて見せた。
 私は何も言わず、目を閉じて待つ。顔の上に影が落ちて、何かがそっと唇に触れる。
 目を開くと、優しい眼差しが前髪の隙間から覗いていた。
 体を起こして彼の顔を引き寄せ、ふっくらとした唇を挟むように口付ける。柔らかな弾力が、応えるように吸い付いた。
「酔ってるの?」
「うん」
 何か言おうと開いた口に、舌を滑り込ませる。先っぽでつついたり、歯列をなぞってみたりしながら、彼の口内のアルコールの残滓を吸い取るように、口付けを重ねた。
 息継ぎの合間に、薄いTシャツの下の程よく引き締まった脇腹にそっと手を這わせる。無駄な贅肉の無い薄い腹が、呼吸に合わせて上下していた。
 背中に回った彼の指が、下着のホックに掛かる。器用に片手で外されると、私のささやかな胸はそれでも圧迫感から解放されて、肩から力が抜けた。
 手が、唇が、舌が、まるでガラス細工を扱うように、優しく私の体をなぞりながら下りてくる。
 まだ触れられてもいないのに、体の奥はズキズキと疼いて、じっとりと下着が湿っていくのを感じていた。
 広い背中にしがみついて、ゆっくりと私の中を埋めていく彼を感じながら、助けを求めるようにキスを重ねる。
 乱れた呼吸に混ざって短い声が漏れ、膝の裏から太腿へ汗が伝っていく。
 エンディングを迎えた物語の壮大な音楽と、彼の名を呼ぶ私の湿った声は可笑しいほどチグハグで、抱き締めた肩越しに揺れる光は眩くて、耳元で苦しそうに堪える彼の吐息は震えるほど煽情的で、自分の意思から切り離された身体が、その全てに欲情していた。
 飽和した快感はある一点を超え決壊すると、寄せて引く波のように何度も私を引き摺り込む。
 甘美な悦びに身を委ねる私を抱く彼の手は、いつまで経っても熱を帯びることはなかった。



 始まりと同じように、私たちの関係は唐突に終わった。例年より遅い梅雨入りと猛暑の予報を伝えるキャスターと同じくらいの温度で、私は彼にさよならを言い、彼はそれを静かに受け入れた。
 長い研修期間が終わると、私は中部エリアに配属され、アパート探しや引っ越し、それから仕事にと追われているうちに慌ただしく日々は過ぎ去って、見知らぬ土地でいくつかの季節を越えた。
 関西や北陸などへの転勤を経て、今年の春の辞令で数年ぶりに東京に戻り、付き合って一年ほど経つ恋人とは遠距離恋愛中だが、今の所互いに自由な時間を過ごして良好な関係を継続している。


 駅前の交差点で、信号待ちの人の群れの中に見覚えのある、ひとつ飛び出した頭を見かけた。スーツにビジネスバッグを肩からかけ、大学時代と同じように長い脚で飛び越えるように横断歩道を渡っていく。
 その先に待っていたのは同僚だろうか。立ち止まり、二言ほど言葉を交わし、私の行く先とは反対の方向へ連れ立って歩いていった。
 その一瞬見えた彼の横顔がとても美しくて穏やかで、あぁ、あんな顔をする人だったんだと、彼と遠く離れてようやく知った。
 薄暗い喫茶店でアイスコーヒーの氷をつまらなさそうにかき混ぜていた彼は、優しく微笑んで私の帰りを待つ彼は、苦しそうに目を伏せて私を抱いていた彼は、私の記憶の片隅で色褪せていく。

 私が彼と過ごした、時間や季節の移り行く狭間のような、曖昧で不安定だった短い日々を形容する言葉を、私は知らない。
 約束したまま見ることのなかったあの映画を、いつかこの先の人生で目にする時、隣にいるのは今の恋人だろうか、それとも、まだ出会わない誰かだろうか。
 人の波の隙間を縫いながら、私はいつもより少しだけ広めの歩幅で歩き出した。




「40までにしたい10のこと」より
来るもの拒まずだった頃



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