「生」を教えてくれるカーハンドル
わたしは車の運転が得意である。
また、車の運転をすることががどうしようもなく好きなのである。
車体のカッコよさなども車好きという括りの中には含まれる。
まさか自分が車の運転をする日が来るなんて!
と高校生の時のわたしが見たら驚きを隠しきれないであろう。
それも高速道路を華麗に縫って走る姿なんて目にしたものなら、あの世の光景を見ているかの如くであるはずだ。
それほどまでにわたしは自他ともに認める運動音痴なのである。
家族からも、「お前が免許なんて取れるはずがない」と言われ続け、あまりにも運動のできなさや日頃の鈍臭さから鑑みて、自身でも「そうだね」と本当に思っていた。
不運なことに、わたしが暮らすのは関西のとある片田舎である。
車がないとどこにも行けやしない。
働きに出ることすらかなわない。
(今のようなフリーランスはわたしの知る限りこの田舎では仕事の選択肢の1つとして考えられることはまずない。そんなことをしようもんなら、近所のおばちゃん連中が日夜噂話の拡散に精を出すことになる。そして、近所から迫害のような扱いを受ける。そんな凝り固まった地域なのである。)
高齢の誰かのおじいちゃん、おばあちゃんというスタンスで(あくまでも家族ありき)存在できていたならば、買い物にも病院にも誰かが連れて行ってくれる。
しかし、若者にとって車がないことはここでは致命的なのである。
したがって、自身の起こりうるかも知れぬ事故率の高さに怯えながら渋々免許を取得するべく、必死に教習所に通い詰めた高校2年性の夏休み。
すると、天地が反転したのであろうかと見紛うほど、学科も実技も全て一発でどこまでもクリアし続け、しまいには教習所の長がいそいそと出てきて、
「君、すごいね!学科も100点だし、運転技術も素晴らしい!!」
わたし「はあ。ありがとうございます。わたしが100点だったのですか、、?」と
何が起こったのか事態がうまく掴めていないわたしは脳にその事実を定着させる間も無く取り急ぎその長に返事をした次第である。
長が去ってから、おもむろに先ほど耳にした内容を思考の中心に取り出し、何が起こったか考察を始めた。
確かに、ここまで進めていくにあたって差し当たっての課題は感じずによく分からぬまま指定されるままに従って進めてきた。
このわたしが!わたしが!!ついに、やったぞ!!!
みんなの期待を良い意味で裏切ってやったぞ!!!!
案外にも出来るんだ!やれば出来るんだ!!
やってみないと本当にわからないもんだなあ、、、。
ということは、
運転技術と運動神経(運動能力)の間には相関性がそれほどないということではないか!!!!
と興奮冷めやらぬまま、わたしの思考は忙しかったのを記憶している。
そうして、無事免許を勝ち取ったわたしは母親のもう乗り換えるべきかという黒の軽自動車をもらえることになった。
車体の前後に貼った初心者マークは半年もせぬうちに高速道路をかっ飛ばした後見るとなんと消え去っていた。
こうしてわたしの初心者運転ライフは早々と終わりを告げ、現在まで無事故無違反ゴールド印を貫いている。
一度だけ、突然前から勢いよくぶっ飛ばしてきた積載オーバーどころか、積載物である金属の長い棒を横に大きくはみ出して目の前に降りかかってきた。
もう終わった。と思ったがこうして生きている。
咄嗟に横の溝にハマるかはまらないかのギリギリを攻めて最悪のじたいは逃れることができた。
あの時、避けていなければわたしの顔面を鉄の棒が貫いて脳みそが吹っ飛んでいたところであった。
まえの車で死角になっていたのでほとんど止まるかというほどのスピードでいたため、間に合ったのもある。
そして、後ろに乗っていた母親の夫が持ち前の運動能力を発揮して、何台も事故を起こしながら走り去る車の運転手をとっ捕まえることに成功した。
他の同様のトラブルに遭遇した10台ほどの車のうちの一人の通報により間も無く警察官が到着し、ことの顛末を順番に聴取して結局わたしの事例はではあるが、100%の相手の過失で車体についた傷を修理してもらうこととなった。
そんなわけで、わたし自身が起こした事故というのはない。
それにしても、わたし自身、当時はかなり頭に血が上りやすい性であったから相当に怒り散らしたのが記憶に新しい。
なんと言ってもお気に入りのマイカーを存分に傷つけられたのである。
一般的には同年代ではほとんど買えるものではない新車で購入した欧州車を。
モノでも人間でも大事なものが傷つけられる様は誰にとっても心にグッと来るモノではなかろうか?
そして、保険会社からかかってきた電話によると、これだけは日頃から乗りたくないと言っていたワーゲン車(単に個人的なデザインの好みによるモノである)が代車としてくるとのことであった。
若かりし頃のわたしは様々なものに対して怒りを露わにしやすかった。
はぁああああぁぁ?????
である。
俗に言うカッコいいイカつい車が好みであり、わたしのアイデンティーの1つであった。
それを一気に崩された気がした。
受け入れられずさらにその代打で届いたのは結局メルセデス・ベンツであった。
まあいいだろうとどの立場から言っているんだ?と言う感じではあるが、こうしてようやくお気に入りのマイカーはしばらくして戻ってきた。
事故の一件を受容はできていなかったが、とりあえず事故車扱いにはならないとディーラーでの説明にはあったのでそれにより概ね納得してまたいつもの日常へと戻った。
アクセルがわたしの足の動きに合わせて俊敏に調節される。もはや、自身の足のようでもあったお気に入りのその車を不具合が出るまで乗り続けようと思っていたそんな矢先、はたまた起こった事件。
なんと、突然、季節外れの''ひょう''が降り荒れたのである。
たちまち車体はボコボコに。
傷どころか数々のヘコみ。
本当に凹んだ。
幸いにも、保険が適用されると言うことでやすやすとお気に入りを手放すことにした。
なんでも、手放すことによってまた新しい然るべきものが入ってくる。
おかげさまで、乗り心地も最高だと思っていた当時の車より乗り換えた車の方がよりわたしの足の動きに敏感で、俊敏な動きを見せてくれた。
ハンドルも重すぎず、前よりも握りやすい形。
少しだけ全体の大きさはこじんまりしているが、小さすぎることもなく快適なドライビングが可能となった。
残念なことに、コロナウイルスの蔓延により、乗り換えてからはそれまでのように自由に出かけることは憚られたが、ちょい乗りにも大活躍している。
もちろん遠出もいくつかしている。
フラッと日帰りで、わたしの「人生で死ぬまでにやりたいことリスト」の中に入っていた富士山を訪れることがなんと即座に叶えられた。
なんと言っても、長く乗っても苦にならないハンドルの軽量感とアクセル、ブレーキの我が足との引き合う相性の良さといったらない。
あまり大っぴらに言うべきではないが、スピードを持って四方八方ミラーやモニターなんかをうまく活用してしっかりと安全確認を行いながら突っ走る。
その爽快感が至極優越に浸れる瞬間なのである。
わたしは長らく、「死」と対峙してきた。
すぐ側からいつも顔を覗かせては引っ込んだりの繰り返し。
このまま運転中に死ねたらいいのになあ、、、、
と思いながら睡眠薬の切れきらない体で毎日出勤していた公務員時代の日々。それほどまでに追い込まれていた。連日の朝方まで残業、また朝から仕事前に割り当てられる交通安全の立番。
いつ寝かせていただけるのでしょうか?
と思う感情なんてほんの一瞬だった。
もう、どうにもどれだけ疲れていても眠れないのである。
公務員時代には、一生分の睡眠薬を飲んだ自負がある。
オーバードウズを繰り返しても泡一つ吹かず、ただぼんやりと呼吸が続くだけ。
こんな時に神のご加護か何かなのか?
もう休ませてくれよと心の中で毎晩叫び散らしていた。
その声はどこにも届かなかった。
言っているうちに難病を患い今に至る。
ハンドルを握る手に、その命がかかっている。
尊いと言われる命をのせたドライブ。
命懸けだからこそ、死と隣り合わせにあるからこそ、存分に楽しめる。
不謹慎かも知れぬが、それだけのリスクを背負っているからこそ楽しめる快感。
しっかりと自分の手で守れた命。
何のリスクも取らずにただ平穏と暮らす生き方はどうもわたしの性に合わないようだ。
リスクがあってこそ、それが達成できた時には大きな喜びとなる。
ビジネスにおいても、投資やなんかと日常の一コマにおいても同様の理論が応用できるのではないだろうかと思っている。
だからこそ、日常のあらゆる事柄においてリスクを背負っては達成できているからこそ、我々はこうして今日も生きている。
リスクのない人生なんて存在しない。
母親の死も同様。
余命宣告を受けた癌の状態から、治療をするリスクと治療をしないリスク。
わたしはどうにか生き延びたいのであれば、自身で出来る限りの変革と今、選択肢得る限りの治療を受けてはどうかと助言した。
すると彼女はそれに従った。
ただし、わたしは強制ではなくあくまで助言をしたまでであるが、死ぬその時まであの人はわたしのせいにして亡くなった。
余命を悠に越して生を貫いたというのに。
どれが最適解かは医者にだって誰にだって分からない。
ただ、1つ確信して言えることは、自分がそれを最適解に成し得ることができるかどうか。
自身の心の中で最適解だと腑に落とし込み、己の生を全う仕切ったと言えたらもうそれ以上誰にも何の文句のつけようもない。
あっぱれである。
わたしはそのような生き方がしたいと願う。
まさに実現すべく、日々悔いのないように毎秒、毎時間生きることを目標として懸命に生きている。
全ては自己責任。
その素晴らしさをあなたは理解できているであろうか?
含まれている意味としては、何をしたって自由なのである。
その生が終わるときまで、あなたもわたしもどこまでだって羽ばたける。死ぬまで存分に自己を表現することが可能なのだ。
利用しない手はない。
掴み取らない手はない。
あなたの翼があなた自身であなたを然るべき場所に連れて行ってくれることを願って、あなたへ、心を込めて。
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あなたの応援でやさしい世界がまた1つ創られます🌎✨❤️🩹
あなたの勇気によってわたしは救われ、また別のあなたへ循環します🔁
世界がやさしさで溢れますように、、、🕊️