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ニューヨーク・ブルックリン橋——橋の先で見えた朝の流れ【海外での記憶#39|アメリカ編-06】


夜明けのブルックリン橋。中央の歩道の先に橋の塔が立ち、背後の空が赤く染まっている
ブルックリン橋(Brooklyn Bridge)

2008年。
目的もよくわからないままにニューヨークへ来ていた。
なんとなく、アメリカを体験したいという気持ちだけだった。

ニューヨークの地下鉄の乗り方に慣れてきた4日目。
その日は、朝早く起きてしまった。
「地球の歩き方」のページをめくっていたら、アメリカで最も古い吊橋の一つという見出しと一緒に、「ブルックリン橋」が大きく紹介されていた。
今日はここからだ。
ニューヨーク散策が始まった。

夜明け前の街角。左に高いビル、手前に葉の落ちた木々、遠くに灯りの点いた通りが見える
Brooklyn Bridge–City Hall駅周辺
(マンハッタン側)

朝6時ごろ。
Brooklyn Bridge–City Hall駅(ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅)に着いた。
地上へ出ると、夜が明け始めたころだった。
まだ人の姿はほとんど見えないが、ビルの窓には明かりが見え、タクシーは朝から走っていた。
マンハッタンの朝が始まろうとしている。

石造りの大きな建物のアーチ前。交差点を黄色いタクシーが通り、建物に明かりが当たっている
Manhattan Municipal Building
(マンハッタン・ニューヨークの行政ビル)

少し歩くと、ビルに囲まれた通りの中に、そこだけ輪郭の違う大きな建物が目に入った。とりあえず、写真を一枚撮った。
あとで調べると、1914年に完成した歴史的建造物として知られている Manhattan Municipal Building (マンハッタン・ミュニシパル・ビルディング)だった。
そうとも知らず、写真一枚だけで素通りし、ブルックリン橋へ向かっていた。
そのときは、珍しい建物を見つけたというより、朝のマンハッタンの街並みの中をそのまま歩いている感じのほうが強かった。

夜明け前の街路に、緑色の「BROOKLYN BRIDGE」案内標識が立ち、周囲のビルの窓に灯りが見える
ブルックリン橋の案内標識

しばらく歩くと、「BROOKLYN BRIDGE」と書かれた緑の案内標識が見えた。
まだ空は明るくなりきっておらず、信号や街の灯りのほうが先に目に入る。ガイドブックで見た橋へ向かっているけれど、普通のマンハッタンの朝の手触りが強い。
その道の先に、ブルックリン橋がある。

夜明け前の歩道。左にベンチが並び、右に車道と「SPEED LIMIT 25」の標識が見える
ブルックリン橋へ向かう歩道

そのまま歩いていくと、歩道の先に橋が見えてきた。
空は少しずつ明るくなっていたが、まだ朝の手前という感じだった。車はもう流れているけれど、歩道には、誰も座っていないベンチが並んでいた。人は多くない。
観光地へ向かうというより、ここでも朝の街の流れの中をそのまま歩いているという感じが近かった。

夜明け前のブルックリン橋の木の歩道。中央の白線がまっすぐ伸び、正面に橋の塔が見える
ブルックリン橋

橋の上に出ると、木の歩道がまっすぐ伸びていた。
ガイドブックで見た有名な橋に、ようやく来たのだと思った。

とはいえ、観光客でにぎわう感じはなく、人は少ない。
夜が終わりかけた空の下で、中央の白線だけが先へ先へと続いていた。

夜明けの空の下、橋の歩道脇から見た景色。下に車の灯りが続き、遠くに別の橋のシルエットが見える
横を見ると朝焼け
下には、朝の車の灯り

横を見ると、朝焼けが広がっていた。
きれいではあるけれど、それ以上に目に入ったのは、下を流れる車の灯りだった。
歩道の上は静かでも、下ではもうマンハッタンへ向かう朝の流れが動いていた。

夜明けのブルックリン橋の歩道。太いケーブルが前に伸び、先に橋の塔と歩く人の姿が見える
一つ目の橋の塔へ向かう
少し進むと、太いケーブル

一つ目の橋の塔へ向かった。
そのまま進むと、太いケーブルが前に出てきて、ワイヤーも細かく重なり始めた。一つ目の塔が少しずつ大きくなっていく。
有名な橋を歩いて、朝焼けの風景を見ていたはずなのに、景色よりも橋そのものが前に出てきた。
巨大な構造物の中に入っていく感じだ。

橋の塔を真下から見上げた写真。石造りのアーチと上へ伸びるケーブルが写っている
塔を真下から見る
金属の銘板の接写。「BROOKLYN BRIDGE RECONSTRUCTION 1954」と読める
ブルックリン橋の銘板
1883年完成の橋。これは1954年の修復銘板

銘板には、「BROOKLYN BRIDGE RECONSTRUCTION 1954(1954年、ブルックリン橋の修復)」と刻まれていた。
歴史のある橋だということは知っていた。
ただ、観光客がいない朝の時間でもあり、景色の観光名所というより、使い続けるために手が入れられてきた橋に見えた。
古い橋が残っているというより、いまも人と車の流れを受け止めながら使われている橋に思えた。

夜明けの橋の歩道。縦に並ぶワイヤーの先に橋の塔が見え、空が赤く染まっている
そのまま第二の塔へ向かう
やはり朝の空気は心地よい
橋の横から見た朝焼けの景色。手前に橋の構造物、奥にもう一つの橋のシルエットが見える
隣にはマンハッタン橋が見える

横を見ると、マンハッタン橋が見えた。
朝焼けの色の中に、もう一つの橋が入ってくる。
ブルックリン橋を歩いているのに、視線はときどきマンハッタン橋にも向いた。すっかり観光気分に戻った。

木の歩道の中央線が奥へ伸び、正面に橋の塔が見える。空は明るくなり始めている
第二の塔が正面に見える
橋の長さを感じる

そのまま歩いていくと、第二の塔が正面に見えてきた。
一つ目の塔を越えたのに、まだ橋は続いている。
朝焼けの中を歩く心地よさはある。けれどこのあたりまで来ると、景色を眺めるというより、橋の長さそのものを身体で受け取っている感じになってきた。

木の歩道に引かれた白い線の接写。塗装がはがれ、板の隙間が見える
この白線の上をずっと歩いてきた
まもなく、ブルックリンへ
橋の歩道の先に塔が立ち、左手に高層ビル群が広がる。朝焼けの空が薄く色づいている
振り返るとマンハッタン

第二の塔を越えてから、振り返ってマンハッタンを見た。
マンハッタンの高いビルがまとまって立ち、その横に、いま通ってきた橋の塔が入る。橋そのものが街の風景に馴染んでいる。
そのとき、ブルックリン橋とマンハッタンがひと続きの街の風景として見えた。

路面に「WELCOME TO BROOKLYN」と書かれた自転車道と歩道。左右に車道があり、車が走っている
WELCOME TO BROOKLYN
(ようこそ、ブルックリン)

橋を渡りきると、路面に「WELCOME TO BROOKLYN」と書かれていた。
あっさりした表示だったが、ここまで来ると、それで十分だった。
およそ1830メートルの橋はやはり長い。
夜明けとともに歩いてきて、ようやくブルックリン側へ着いた。

ブルックリン側の歩道から見た橋とマンハッタンの高層ビル群。橋の上を車が行き交っている
改めてマンハッタン側を見る
(ブルックリン側からの撮影)

橋を降りて、ブルックリン側からマンハッタンを見た。
遠くにはマンハッタンの高いビル群がまとまって立ち、その手前に、いま渡ってきたブルックリン橋が伸びている。別の場所に来たという手触りがあった。
そして、そのあいだをブルックリン橋が結んでいるという輪郭が強くなった。
観光名所として歩いてきた橋が、街と街をつなぐ橋として見えた。

歩道の横に車が並ぶ朝の通り。手前に駐車車両があり、奥に低めの建物や木々が見える
橋を降りたあと
ブルックリン側の朝の風景

そのまま少し歩いた。
橋の上ではずっと空とワイヤーと塔を見ていたのに、降りると急に町の朝になる。
高くない建物、停まった車、落ち着いた通り。
ここがいわゆる「ブルックリンらしい風景」なのかはわからない。
でも、橋を渡ったあとに見えたのは、どこにでもある普通の朝の町に見えた。

テーブルの上の朝食。オムレツ、トースト、コーヒー、オレンジジュースが並んでいる
ブルックリンで朝食

朝が早いからだろうか。
なかなか、朝食を食べられる店は見つからず、少し歩いた。

ようやく入った店で、オムレツとトースト、コーヒーとオレンジジュースを頼んだ。
橋を歩いて渡ったあとで食べる朝食としては、ちょうどよかった。
ブルックリン橋を見に来たはずなのに、こうして朝食を食べていると、観光というより朝の行動の続きみたいだった。
ブルックリン橋が何だったのか、うまく整理できないまま、食事を終えて、マンハッタンへ戻ることにした。

建物の入口付近に「Jay St Subway Station」と書かれた案内看板が見える
Jay St:ジェイ・ストリート駅
(ブルックリン側の駅)

帰りは Jay St から地下鉄に乗った。
地下鉄に乗ると、車内は人と人が絶えず触れ続けるような混雑だった。通勤ラッシュのように感じた。
橋の上では朝の空気の中を自分のペースで歩いていたのに、いまはマンハッタンへ向かう人とともに、朝の時間の中に自分も押し込まれていたのだ。

朝の車道と歩道。車のライトが続き、右奥に橋の塔が見える
ブルックリン側から橋を渡った車の流れ
(マンハッタン側からの撮影)

その朝の地下鉄の混雑にはかなり驚かされたけれども、それ以上に、ブルックリン橋の下を流れていた車のことを思い出した。
マンハッタンへ向かう車の流れが、ただの「朝の風景」としては見えなくなっていた。その混雑の中に自分が入ったことで、橋の上で見ていた朝の往来が急に現実味を帯びてきた。
この混雑は、ただ人が多いというだけではなかった。混雑していても、向こう側へ行かなければならない人たちの朝のように思えた。

そこからブルックリン橋もまた、ブルックリンとマンハッタンのあいだを人が行き来する、その朝の時間の中にある橋として、前より輪郭をもって見えてきた。 
多くの人の生活を支えるつなぎ役のようにも思えた。——橋は眺めるものでもあるが、それだけではないと、この朝は感じた。

橋の構造物の向こうに、川ともう一つの吊り橋が見える。空は朝焼けで淡く色づいている
隣のマンハッタン橋(1909年開通)
朝の往来を支えるもう一つの橋

そうして振り返ると、この朝に見ていたブルックリン橋は、ブルックリン側とマンハッタン側の朝をつなぐ橋というだけでなく、その往来を支える橋として見えてきた。
ブルックリン橋から観光風景として見ていた隣の「マンハッタン橋」もそうかもしれない。ただ景色の一部というだけではなく、「町の往来を支える橋」へと見え方が変わった。
そして隣にマンハッタン橋があることも、それだけブルックリン側とマンハッタン側の行き来が多いことを物語っているようにも思えた。

朝焼けの空の下、ブルックリン橋の歩道がまっすぐ伸び、正面に橋の塔と張り巡らされたワイヤーが見える
ブルックリン橋

ブルックリン橋は、ブルックリン側とマンハッタン側をつなぐ橋である。
そんな当たり前のことを、私はこの朝、少し違うかたちで受け取った。

夜明けの中を歩いていたあいだ、ブルックリン橋はまず観光名所として見えていた。有名な橋を歩いているのだから、それは自然な見え方だったのだと思う。
けれど、橋を渡り、町に入り、朝食をとり、帰りの地下鉄に乗るころには、その朝の見え方は少し変わっていた。車内は、人と人が触れ続けるような混雑だった。そこに自分も入ったことで、橋の下を流れていた車も、ただの朝の風景では済まなくなった。

そうして振り返ると、ブルックリン橋は、眺めるための橋である前に、人が行き来するための橋としてそこに立っていた。
修復の痕跡が残っていたのも、古い橋がただ保存されているというより、使い続けるために手が入れられてきたからなのかもしれない。
もちろん、観光名所としてのブルックリン橋が消えたわけではない。朝焼けの中で歩いたあの橋は、やはり美しかった。
ただ、その美しさの下には、ブルックリンとマンハッタンのあいだを毎朝つないでいる橋としての顔も、たしかにあった。


*これは2008年の記録です。


|追記|

|この文章について|

ここで書いたのは、もう20年近く前に一度だけ訪れた、私のブルックリン橋です。
写真を見返しても、その朝の空気はあまり色あせていません。ブルックリン橋が今も人気なのも、やはり納得できます。
私が訪れたのは一般的な観光時間ではなかったため、にぎやかな観光地としての顔は見ていません。けれど、そのぶん、朝の静けさの中で橋を渡った記憶が残りました。それもまた、私にとっては良い思い出です。
もし混雑を避けたいなら、早朝のブルックリン橋は悪くないと思います。


参考資料:
ウィキペディア/TripAdvisor ほか。



海外での記憶

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