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苔の森の下の青——もうひとつの屋久島の世界・一湊【日本での記憶#03|鹿児島編-01】


浅いリーフの先に白い砂地と青い海が落ち込み、小さな魚影が点々と散る一湊の浅場の海中景色。
苔の森の下に続く、もうひとつの屋久島

2019年7月初旬。
屋久島に来た目的は、もちろん山だった。
この日は、朝から空模様があやしく、山歩きを早めに切り上げた。
時間がぽっかり空き、急きょダイビングへ変更。
場所は、一湊海水浴場。
登山メイン旅の「すき間」が、そのまま海の時間に変わった。

ベージュの長い触手を広げたイソギンチャクの中から、オレンジと白のクマノミが顔をのぞかせる一湊の海中。
イソギンチャクの森に住むクマノミ

海の生き物たちの生活圏にお邪魔する。
主役は最初から彼らで、私はただの見学者だ。

潜って最初に目に入ったのは、岩を覆い尽くすイソギンチャクだった。
山では苔が岩を包むけれど、海ではこの柔らかい触手が、同じ役を引き受けている。
そのすき間で、鮮やかなオレンジ色のクマノミが、当たり前の顔で揺れていた。

お互いに都合のいい、海の共生関係。
毒をもつイソギンチャクをマイホームにして身を守り、そのかわりイソギンチャクはクマノミの食べ残しをもらうという。

足元の景色は、もう「海の森」が始まっていた。

岩場の向こうから、こちらに向かってゆっくり近づいてくるウミガメ。
そっと距離を詰めてくる

その「森」の少し先で、岩の上に丸い背中がぽつんと見えた。
ウミガメだ。胸のあたりがきゅっとなる。
うれしさと、少しの緊張がいっぺんに押し寄せてきた。

岩に顔を押しつけ、岩肌の何かをついばむような姿勢のウミガメ。
岩肌をむしゃむしゃ
岩の上で前脚をおろし、じっと休むウミガメ。
食後のひと休み

水中では、人間は「風景の一部」になる。
私がいてもいなくても、海の時間は淡々と進んでいく。

ウミガメは岩肌をむしゃむしゃかじり、前脚を投げ出してしばらく動かない。
こちらをまったく無視しているわけでもないのに、自分のペースを崩さない。その無関心さが、きれいで、すこしこわかった。

体を持ち上げ、片方の前脚を高く上げて泳ぎ出すウミガメ。
手を振っているみたいだ

やがて体を持ち上げ、片方の前脚をひょいと上げて泳ぎ出した。
お別れの合図みたいなその動きを、ただ黙って見送る。

岩場の上、中層を滑るように泳ぎ去っていくウミガメの横姿。
青の奥へ、さようなら

ウミガメの速度に合わせた時間の流れの中で、屋久島の海底の斜面をしばらく見ていた。
さっきまで苔の森を歩いていた同じ島の斜面が、今は水の中で別の生き物たちの速さで流れていく。
その列のいちばん端っこに、少しのあいだだけ自分の身体も混ぜてもらった気がした。

水面からの光が差し込む青い水中を、細長い魚の群れが一方向に列を作って泳ぎ抜けていく屋久島の海中景色。
黒潮のレーンを流れる魚の群れ

別の方角に目を向けると、サンゴが幾層にも重なった岩場の上を、細長い魚の群れが一方向に流れていく姿が現れた。水面の揺らぎが青い水の中に光の筋を落とし、そのたびに群れの体がふっときらめいた。ちょっと幻想的だった。
初夏の黒潮がつくるゆるい流れの中で、魚たちは海のリズムに乗って、レーンのように並んで進んでいた。

岩混じりの砂地の上で、色や形の違う熱帯魚がゆっくり餌をついばむ一湊の浅場。
「海の森」はどこまでも

黒潮のレーンを抜けた先でも、浅場の「海の森」はまだ続いていた。
少しずつ場所を変えるだけで、住んでいる生き物と景色のパターンが変わっていく。

岩肌に沿って、箸のように細長い魚が頭を下にして縦一列で漂っている様子。
岩に垂直のまま揺れる細長い魚たち
岩の割れ目から長い触角だけを伸ばすエビの仲間と、その横に広がるイソギンチャク。
岩陰暮らしの住人もいる
サンゴに覆われた岩がアーチ状になり、その下を黒い魚が行き来する一湊の海中。
アーチの下も、ちゃんと通路
さまざまな色と形の小さな生き物でびっしり覆われた岩のクローズアップ。
色も形も違う、小さな生き物たち
皿のようなサンゴが幾重にも重なり、なだらかな斜面一面を埋め尽くしている屋久島の海中景色。
斜面ごとサンゴに包まれている

ほんの短いコースのあいだに、こんなに違う「住処(すみか)」が積み重なっている。
岩の上には魚の群れ、岩陰にはエビやカニ、サンゴの隙間には小さな幼魚やゴカイ──棲み場所がきれいに分かれていた。
海の世界も、こういう「すみわけ」の積み重ねで回っているんだなと思った。

逆光の水面ぎりぎりを、ウミガメが静かに泳ぎ抜けていく様子を下から見上げた一枚。
頭上を静かに横切っていく

ふと顔を上げると、さっきとは違う別のウミガメが、水面すれすれを静かに横切っていた。

水面直下を泳ぐウミガメの背中と、その甲羅が水面に反射して映り込む一湊の海中。
海の世界と空気の世界のあいだをまたぐ息継ぎ
透明な青を背景に、海底を見下ろすようにして水平に泳ぐウミガメの横姿。
ただ、自分のペースで進むだけ
画面いっぱいに甲羅の模様が広がり、その先に前脚が左右に伸びるウミガメの背面アップ。
甲羅の模様まで、すぐそばに
青く澄んだ水中を、斜め後ろからとらえたウミガメがゆっくり進んでいく場面。
後ろから少し距離をあけて並走
サンゴの斜面の上を、こちらから遠ざかりながら泳いでいくウミガメの後ろ姿。
やがて、背中が小さくなっていく

しばらく並走したあと、ウミガメはふっと進路を変えて、青の奥へ消えていった。
私たちがいられる時間は短い。
この海の時間から見れば、私の滞在なんて一瞬の通り雨みたいなものだろう。

山の時間、海の時間。
山だけ見て帰っていたら、私はこの島を半分しか知らないままだった。

苔の森のずっと下で、黒潮の青が静かに揺れている。
今はそんなふうに、屋久島を立体で思い出している。

*これは2019年の記録である。


追記|

|屋久島のウミガメ|

屋久島は、日本に上陸するアカウミガメのうち約半数が戻ってくるといわれる島で、その約9割が永田前浜・永田いなか浜など「永田浜」と呼ばれる一帯に上陸する。2005年には、北太平洋でも最大級の産卵地としてラムサール条約湿地にも登録され、産卵シーズンはおおむね5〜8月の夜。静かな砂浜に上がったメスが、砂を掘って100個前後の卵を産み、また海へ帰っていく。

その保護と調査の拠点になっているのが「NPO法人 屋久島うみがめ館」。ここでは上陸数や産卵巣の調査、標識放流、浜の清掃や監視などを地元とボランティアが続けている。産卵やふ化の様子を見学できる「ウミガメ観察会」も行われている。あくまで保護が前提で、光の使い方や見学エリアなど細かいルールに従って静かに見守るスタイルだ。

ウミガメが産卵に上がる浜は永田浜だけではない。いなか浜・前浜のほか、一湊(Isso)海水浴場や栗生、中間浜など、島のいくつかの砂浜に散らばっている。今回潜った一湊の海も、その回遊ルートと産卵地ネットワークの一部。島北側の代表的な海水浴場で、シュノーケルでもアカウミガメや熱帯魚がよく見られる。ここでも、海の時間に立ち会えるかもしれない。

参考資料:
ウィキペディア/国土交通省/TripAdvisor ほか。



日本での記憶

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#02|谷の時間、里の時間——積み重ねを見る・五城目 ネコバリ岩と清流の森|秋田編-01【戻る→】
#00|目次:北海道編/秋田編/鹿児島編/富山編

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