【辺野古ボート転覆事故】ご遺族会見の「質問」を考える 第3回 ご遺族のnoteを読んでいれば、質問は変わったのではないか
本シリーズは、質問した記者個人を非難するためのものではありません。記者の意図を推測するものでもありません。
ただし、個人を責めないことと、質問の問題点を曖昧にすることは別です。公開された質疑応答をもとに、その質問は会見の目的に沿っていたのか、新しい事実を明らかにしたのか、ご遺族に負わせた負担に見合うものだったのかを考えます。
ご両親が誠実に答えてくださったからこそ、私たちは多くのことを知ることができました。しかし、答えてくださったことが、その質問をしてよかったことを意味するわけではありません。
ご遺族は、事故直後から言葉を積み重ねてきた
武石知華さんのご両親は、事故から約2週間後にnoteでの発信を始めました。
最初の大きな目的は、知華さんへの誤解を解くことでした。
事故直後の報道によって、生徒たちが抗議活動に参加していたとの誤解が広がりました。その結果、知華さんや同級生に、「自業自得」「本望だ」といった言葉まで向けられました。
しかし、知華さんは政治活動を目的に辺野古コースへ参加したわけではありません。沖縄への研修旅行を楽しみにし、サンゴを見ることにも期待していました。
ご両親は、右派と左派のどちらかに加担するために発信してきたのでもありません。
なぜ知華さんが亡くならなければならなかったのか。事故の背景には何があり、誰にどのような責任があったのか。そして、同じ事故を二度と起こさないために何が必要なのか。
ご両親は、分かった事実と自分たちの考えを分けながら、慎重に言葉を積み重ねてきました。
知華さんの人柄、学校や先生への思い、辺野古コースを選んだ経緯、初期報道によって生じた誤解、学校の安全管理、事故後の対応、告訴に至るまでの葛藤。
会見が開かれた時点で、これらの多くはnoteですでに語られていました。
「noteを読んでいない」とは断定できない
会見で質問した記者が、ご遺族のnoteを読んでいたかどうかは分かりません。
質問の内容だけを見て、「読んでいなかった」と断定することはできません。読んだうえで、会見の場でも改めて確認する必要があると判断した可能性もあります。
報道機関には、本人の言葉を直接確認し、記録として残す役割があります。
noteを読んでいない視聴者や読者もいます。すでに公表された内容であっても、会見で改めて質問し、ご両親自身の言葉で説明してもらうことには意味があります。
また、刑事告訴という新しい段階に入ったことで、以前と考えが変わったことや、新たに明らかになったことがあるかもしれません。
したがって、「noteに書いてあることは質問してはいけない」と言いたいわけではありません。
問題は、すでに書かれていることを踏まえ、その先を尋ねる質問になっていたかどうかです。
noteを読んでいたからこそできる質問
たとえば、知華さんがどのような娘だったかという質問です。
知華さんが曲がったことを嫌い、学校や先生が好きで、幅広い友人と交流していたことは、noteでも伝えられていました。
それを知らない前提で、
知華さんは、どのような娘さんでしたか。
と最初から語ってもらうこともできます。
一方、noteを踏まえていれば、
知華さんが学校や先生を大切にしていたことを、これまでのnoteで繰り返し書かれています。そのことが、教員を告訴するまでの葛藤にどのようにつながったのでしょうか。
と聞くことができます。
後者であれば、すでに語られた知華さんの人柄を、もう一度最初から説明してもらう必要はありません。そして、知華さんが学校を好きだったことと、学校の責任を問うことの間で、ご両親がどれほど悩んだのかを、より深く理解できます。
同じ題材を扱っていても、得られる回答は変わります。
事前に公開資料を読むことは、単に重複を避けるためではありません。質問を一段深めるために必要な準備です。
誹謗中傷を、何度語ってもらう必要があったのか
会見では、TBSテレビが、事故後に寄せられた反響をどう受け止め、今、社会に何を伝えたいかを尋ねました。
母親は、温かいコメントへの感謝を述べる一方、知華さんに向けられた心ない言葉について説明しました。そして、ご両親の発信は政治的な左右とは関係なく、知華さんが亡くなった理由を明らかにし、同じ思いをする子どもや親を生まないためのものだと語りました。
その後、琉球新報は、具体的にどのような誤った情報や誹謗中傷があったのかを改めて尋ねました。
父親は、「思い出すのも嫌」と前置きしながら、事故直後に目にした言葉を説明しました。
誹謗中傷がどれほど深刻だったのかを、社会へ正確に伝える必要はあります。しかし、その内容はnoteですでに発信され、この日の会見でも母親が説明していました。
それでもなお、父親に具体的な言葉をもう一度口にしてもらう必要があったのでしょうか。
もし新たに確認したいことがあったのなら、
これまでの発信によって、知華さんへの誤解はどの程度変わったと感じていますか。
現在も続いている誤解や中傷の中で、特に正したいものは何ですか。
と聞くこともできました。
実際、父親は別の質問への回答で、当初に比べれば知華さんへの誤解や中傷はかなり少なくなった一方、全容解明と再発防止はまだ達成されていないと語っています。
過去にどのような言葉で傷つけられたかを再び語ってもらうより、発信によって何が変わり、何がまだ変わっていないのかを尋ねた方が、現在の課題を明らかにできたはずです。
同じ質問でも、目的が違えば意味は変わる
沖縄タイムスは、どのような思いや願いを込めてnoteでの情報発信を続けてきたのかを尋ねました。
発信の目的自体は、noteを読めば分かります。それでも、この質問には意味があったと思います。
父親の回答によって、当初は「知華さんへの誤解を解くこと」と「事故の全容解明」が主な目的であり、その後「再発防止」が加わったという変化が整理されました。
さらに、誤解を解くという目的には一定の手応えを感じている一方、全容解明と再発防止はまだ終わっていないことも示されました。
これは、noteに書かれていた内容を単に繰り返してもらっただけではありません。
数カ月にわたる発信を、ご両親自身が現在の時点から振り返り、その到達点と残された課題を説明する質問になっています。
共同通信が、事故から3~4カ月後に公の場で会見を開いた理由を尋ねたことにも意味がありました。
父親は、事故直後には心と頭の整理が追いつかず、全体像も見えない中で、不確かな情報を公に話すことを避けていたと説明しました。その代わりに、noteで慎重に言葉を選びながら発信してきたことが語られました。
この回答によって、なぜnoteという方法を選び、なぜこの時期に初めて会見へ踏み切ったのかがつながりました。
すでに公表されている内容を尋ねることが、すべて不適切なのではありません。
何を新たに明らかにするために聞くのか。その目的が明確であれば、既出の内容を確認する質問にも意味があります。
「本人の言葉」が必要だとしても
新聞やテレビには、本人の言葉を直接取材し、自社の記事や映像として伝えたいという事情があります。
しかし、それは報道する側の事情です。
本人の言葉で伝える必要性と、本人に同じつらい経験を再び語ってもらう負担は、分けて考えなければなりません。
特にテレビでは、文章として公開されている内容より、ご両親がカメラの前で語る姿の方が、視聴者へ強く届くことがあります。
その力があるからこそ、慎重さが必要です。
心を揺さぶる映像が得られることは、その質問をする理由にはなりません。すでに公開された情報で伝えられるのであれば、あえてご両親に再び語ってもらわないという判断もあるはずです。
質問する場合にも、
noteでこのように書かれていますが、その後、考えに変化はありましたか。
これまでに公表されていない範囲で、今伝えたいことはありますか。
と、既出の内容を理解していることを示したうえで、その先を尋ねることができます。
それは、質問の質を高めるだけではありません。
「あなたがこれまで時間をかけて伝えてきたことを、きちんと読んでいます」という姿勢を、ご遺族に示すことにもなります。
公開された一次資料を読むことも、取材の一部
ご遺族のnoteは、単なる個人的な日記ではありません。
誤解を解き、事故の事実を明らかにし、再発防止につなげるために、ご両親が慎重に積み重ねてきた記録です。
もちろん、ご遺族の見方だけで事故の全体像が確定するわけではありません。学校、協議会、行政、捜査機関など、さまざまな立場から事実を確認する必要があります。
それでも、ご遺族に質問するのであれば、ご遺族がすでに何を語り、何をまだ語っていないのかを確認しておくことは、取材の基本ではないでしょうか。
公開資料を読むことは、質問を効率化するためだけの作業ではありません。
相手に同じ説明を繰り返させない。
一度語ったつらい経験を、必要もなく再び語らせない。
これまでの言葉を踏まえ、その先にある事実や考えを尋ねる。
その意味で、事前に読むこと自体が、取材を受ける人への配慮の一部だと思います。
「読んだか」ではなく、「質問が深まっていたか」
今回の会見で質問した記者が、noteを読んでいたかどうかを外部から判断することはできません。
そして、個々の記者が読んでいたかどうかを追及することが、この記事の目的でもありません。
考えたいのは、公開された一次資料が、質問を深めるために十分生かされていたかということです。
noteを読んでいれば、質問は変わったのではないか。
すでに語られた内容をもう一度尋ねるのではなく、そこから一歩先へ進むことができたのではないか。
同じ悲しみを再び語ってもらうのではなく、発信によって何が変わり、何がまだ残されているのかを尋ねることができたのではないか。
その問いは、今回の会見だけに向けられるものではありません。
事故や事件の被害者が、自ら記録を残し、社会へ発信することが増えた今、報道する側は、その言葉をどのように受け止め、次の質問へつなげるのかが問われています。
ご遺族が時間をかけて書いてきた言葉を読むことは、取材の準備であると同時に、ご遺族に同じ苦しみを繰り返し語らせないための配慮でもあります。
※本稿は、沖縄タイムスが掲載した記者会見の質疑応答と、ご遺族が公開しているnoteをもとに執筆しました。発言および発信内容の全文は、それぞれの元記事をご確認ください。
辺野古沖転覆 武石知華さんの両親が初会見で語ったこと【記者との質疑応答を詳報】 | 沖縄タイムス+プラス
次回予告
こうした公開資料の整理や質問の重複確認に、AIをどのように活用できるのかを考えます。
