【Re:write】第41話 二番目の器と、賢者の探求
―絶望を、書き換えろ。
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(……ったく。いつから俺の仕事場は、こんな怪しげな儀式の実験場になっちまったんだか)
工房の隅。
ドレイクは使い込んだ戦鎚を磨いている。
節くれだった指先。槌の柄を握る掌が、長年の摩擦で硬くなった皮の熱を拾う。
鉄の古い傷に布が引っかかり、ドレイクは同じ場所をもう一度こすった。
(やってるこたぁ、結局、俺が一生続けてきた『鍛冶』とそう変わりゃしねえ。)
呆れたような、しかし誇らしげな視線が、作業台でセットアップを進めるカイたちを捉えていた。
一方、作業台の前。エラーラの丸眼鏡が水晶板を反射していた。
(――来た!いよいよだ!)
無数の数式が流動し、次の主を待つ器を照らす。
瞳は純粋な知的好奇心だけで燃え上がっている。
(ウンディーネの誕生はベースラインだ。今回の『ミスト』では情報の相転移を観測する。生命の起源。その深淵に手が届くかもしれない。)
「――さあ、始めようか! 第二回、魂の定着シークエンス(ソウル・フィクセーション)! 前回とは違うぞ! 今回は、私がこの『事象記録盤』で、定着プロセスにおける全パラメータを原子レベルでロギングする!」
エラーラが叫んだ。昨日の反省など微塵もない、ハイテンションな音声。
「だが、その前に一つ、実験的な提案がある!」
エラーラがカイとアリアに詰め寄る。
その手には、銀色の粉末が入った小瓶。親指は、蓋にかかっている。
「今回は、媒体となる水に、触媒としてミスリル銀の粉末を極微量だけ混ぜてみないかい!? 銀の持つ高い魔力伝導率が、魂の定着速度にどう影響するのか、データを取りたいんだ!」
「却下だ」
カイが即答した。反応時間0.1秒。
エラーラの足が止まった。
「じゃあ、アリアさんの和音を、意図的に0.5ヘルツだけずらして不協和音(ディソナンス)を作ってみるのはどうだ!? 音響的なストレスが、魂の自己防衛本能を刺激して、より攻撃的で強固な個性が生まれるかもしれない!」
アリアの指先が、竪琴の弦に触れたまま止まる。
自身の吐息がわずかに白く見えた。
(……本当に、大丈夫でしょうか。)
視線が、床に落ちた自身の影に固定された。
「やめろ、眼鏡!」
ドレイクの怒声が石壁を震わせた。
「てめえは、これから生まれようってガキを、実験台にする気か! 少しは神聖な気持ちってモンがねえのか!」
「神聖だろう!? これは、生命の神秘を解き明かす、人類で最も神聖な実験じゃないか!」
エラーラが胸を張る。悪びれる様子はない。
「まあまあ、エラーラさん……」
アリアが困ったように割って入ろうとした時、カイが静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。
「エラーラ。お前の知的好奇心は尊重する。だが、制御不能な変数の追加は、現時点ではリスクがリターンを上回る。」
「まずは、ウンディーネの時と全く同じ条件下で、魂の再現性を確保する。それが、最も合理的な手順だ」
「……ちぇっ」
エラーラは子供のように唇を尖らせたが、カイの正論に反論はなかった。
「分かったよ! まずは、基本に忠実に、だね! その代わり、定着プロセスは、一から十まで、瞬きもせずに観測させてもらうからな!」
作業台の脚がわずかに横へずれる。床の石材と擦れ、乾いた音が響いた。
工房の空気が、創造のそれへと戻る。
カイの合図。
アリアは深く頷くと、竪琴を構えた。
旋律が奏でられる。軽やかで、どこか切ない音色。
それは液体のように重く留まらず、風に乗って拡散していく浮遊感を持っていた。
歌声に導かれ、器の上に浮かぶ第二の灯火が、水晶の器へと沈んだ。
物理的な接触。
器がまばゆい光を放つ。
ウンディーネの誕生が穏やかな融合だったとすれば、ミストの誕生は、空気そのものを一度ほどいて、結び直す現象だった。
ボウッ!
熱を持たない水が、沸騰したかのように激しく飛沫を上げる。
水晶の器が周囲の空気を吸い込み、耳の奥で、鼓膜が内側に引かれた。
螺旋を描く光の粒子が、天へと駆け上る。
エラーラのペン先が紙を引っかいた。インクが一箇所だけ滲む。
それでも、手は止まらない。
光が収まる。
器の中に、明確な少女の姿はない。
代わりに、常に形を変え続ける、小さな霧の竜巻(ガス・ボルテックス)が静かに渦を巻いていた。
輪郭は薄い。中心だけが、かすかに濃い。
アリアがそっと手を伸ばす。
「ミストちゃん……?」
霧の竜巻が、ふわりとアリアの掌の上に乗った。
彼女にだけ心を許すように。一瞬、霧が凝縮し、小さな少女の姿を形作った。
第二の人工精霊、『ミスト』。
風の産声。石壁に落ちる、小さな影。
水音だけが不規則に響く。
水晶の縁を、残留した光の粒子がなぞる。
冷たい風が、細く開いた窓から抜けていった。
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