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【Re:write】第19話 屑鉄通りの混沌

―絶望を、書き換えろ。


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水音。
腐敗した汚泥の臭気が、鼻腔にへばりつく。

「ふんッ」
ドレイクが戦鎚を振るう。鈍い破壊音。分厚い鉄格子が飴細工のように捻じ曲がり、闇に口を開けた。
「……お姫様には、ちとこたえる道だったな」
「いいえ……。これくらい、平気です」
アリアの声は気丈だ。だが、顔色は蝋のように白い。抱きかかえられたミミの体温だけが、命綱のように彼女を支えている。
 
錆びついたマンホールを押し上げる。
キィィ、と耳障りな金属音。
光が射す。だが、それは希望の色ではない。
淀んだ灰色の空。
歪に増築された建物が、両側から空を締め上げている。
錆びた鉄。
得体の知れない煮込み料理の脂臭さ。
汗と排泄物の臭い。

屑鉄通り。
王都の陰部。
 
「……とんでもねえ場所だな」
ドレイクが呻く。
視線。
ガラクタの山の陰から、無数の目が一行を舐め回す。値踏みするような、粘着質な視線。
ガサリ。
行く手が塞がれた。
男が三人。薄汚れた服。歯の欠けたナイフ。
「よう。見かけねえ顔だな」
先頭の男が下卑た笑みを浮かべる。
「特にそこの上玉と……爺さんが持ってる上等なハンマーはよぉ」
「どきな、チンピラども。火傷じゃ済まねえぞ」
ドレイクが一歩出る。殺気が膨れ上がる。
 
一触即発。
だが、カイの視線は男たちを透過していた。
見ていない。ノイズとして処理されている。
彼の網膜が捉えているのは、男たちの背後。
巨大な廃材の山。その頂に座る、一人の老婆のシルエット。
 
「皆様、こんにちは」
不意に、澄んだ声が響いた。
アリアだ。
ミミを背に庇いながら、深々と頭を下げている。
「私ども、道に迷ってしまったようです。ご迷惑でなければ、図書館へ続く道を教えてはいただけませんでしょうか?」
「……あ?」
男たちの動きが止まる。毒気を抜かれた顔。
スラムの路地裏に、場違いな丁寧さ。
笑いが止まる。
男達が互いの顔を見る。
 
その隙間を、カイの声が刺した。
「話がある」
チンピラを無視し、老婆を見上げる。
「この区画を抜け、図書館へ行きたい。対価は支払う」
 
「……対価、ねえ」
老婆がガラクタの山を滑り降りる。
周囲のチンピラが道を開ける。畏怖。この通りの支配者。
周囲が息を止める。
「この通りの面倒を見る、鉄屑のオババだ」
「面白いことを言うじゃないか、氷の仮面を被ったあんちゃん」
老婆――鉄屑のオババが、カイの目前で止まる。

鋭い眼光。値踏み。

「あんたたち、ただの逃亡者じゃあないね」
視線がアリアへ、そしてカイへ。
「そこのお嬢ちゃんは覚悟を決めた目をしている。そして、あんた……全てを見透かして、計算してやがる。気に入らないねえ」
 
オババが杖で傍らの鉄塊を叩いた。
油と錆にまみれた、巨大な警備人形の残骸。
「こいつは騎士団の払い下げだ。うちの若い衆が匙を投げたポンコツさ」
オババがニヤリと笑う。
「もしあんたたちが、こいつを動かすことができたら、道案内くらいはしてやってもいい」
 
「……面白い」
カイの口元が微かに歪む。
「その賭け、乗ろう」
振り返る。
「ドレイク。お前の『腕』を貸せ」
「ああん? 専門用語でまくしたてんじゃねえ! どうすりゃいいんだ!」
カイは残骸に触れる。構造解析。
「単純だ。回路を繋ぎ直し、論理盤を代替する。動力炉は生きている」
 
カイが動く。
ガラクタの山から銅線を引き抜く。歯車を拾う。
「ドレイク、その銅線を直径0.5ミリの糸状により合わせろ。5本だ」
「できるか、そんな神業!」
「いや、お前ならできる。次に、あの歯車。第三旋回軸を2度ずらして固定しろ」
「チッ、人使いの荒いこった!」
 
ドレイクが悪態をつく。だが、手は止まらない。
職人の指先が、カイの設計図を物理現実に落とし込んでいく。
論理と経験。
氷と炎。
二つの異なる才能が、一つの目的のために噛み合う。
アリアが息を呑んで見守る。
ミミが目を輝かせる。
周囲のチンピラたちも、いつしか固唾を呑んでその光景を見つめていた。
 
三十分後。
カイが胸部に最後の銅線を接続した。
「……起動する」
ガシャン。
重い駆動音。
死んでいたはずの単眼(モノアイ)に、赤い灯がともる。
巨体が軋みを上げて立ち上がる。
「おおおおおっ!」
どよめき。歓声。
オババが目を見開く。
そして、深く皺を刻んで笑った。
「……大したもんだよ。約束だ。ついてきな」
 
オババが背を向ける。
一行が続く。
錆びた鉄の匂い。
遠くで響く怒号。
王都の煌びやかな表層の皮を一枚剥いだ、その下にある混沌。
彼らの影が、雑多な路地の奥深くへと吸い込まれていく。

上空は狭く、陽の光は届かない。
ただ、屑鉄の山だけが、沈黙して彼らを見下ろしていた。


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2025/12/30改稿


屑鉄通りの混沌 お読みいただきありがとうございます。王都の光と影、その「影」の部分からの潜入です。鉄屑のオババという、一筋縄ではいかない人物を相手に、カイの知略とドレイクの技術が火花を散らします。


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