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【Re:write】第17話:小さなツッコミと、家族の温度

―絶望を、書き換えろ。


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王都への道。
緩やかな丘陵が、波打つように続いている。
先頭を行くドレイクの背中は、岩のように沈黙していた。
時折、カイが立ち止まる。
視線だけを後方へ。
追跡者の気配はない。
だが、その横顔の険しさは、森を出た時よりも深まっている。
 
アリアは、カイの背中を盗み見た。
(張り詰めている)

視線を下ろす。
すぐ隣を歩く、小さな頭頂部。
「ミミ、大丈夫? 疲れたら、すぐに言うのよ」
「……うん」
アリアが腰をかがめる。
ミミが小さく頷く。

言葉は少ない。

小さな手は、アリアのローブの裾を握りしめている。
指先が白くなるほどの力で。
それが世界と自分を繋ぐ、最後の命綱であるかのように。
 
昼餉。
小川のせせらぎ。木陰。
ドレイクが火を起こす。
乾いた枝が爆ぜる音。
アリアが干し肉とパンを広げる。
カイは一人、川岸にいた。
数種類の石を並べる。水筒の水を垂らす。
秒数を数える。
「……保水率、低い。夜間の急激な温度低下を予測」
羊皮紙に数値を走らせる。
「野営地の選定は、風の影響を最小限に抑える岩陰が最適解。誤差修正……±5%……」
「……また始まったぜ」
ドレイクが火吹き竹を離した。呆れた声。
アリアも苦笑する。
レオンというツッコミ役の不在。カイの独壇場。
 
カイは止まらない。
川面に枝を二本突き刺す。
「流速、秒速0.8m。川幅から断面積を算出、流量計算……。対岸への最適渡渉ルート、上流へ23.7m地点。水深変化率を考慮すると……」
 
「……お兄ちゃん」
ぽつり。
ノイズのない、純粋な音。

三人の視線が一点に集まる。

ミミが、カイの背中を見上げていた。
小さな首をこてんと傾げる。

「……それ、たのしいの?」

カイの動きが、完全に停止した。
枝を持った腕が空中で固まる。
計算を続けていた瞳が、焦点を失って揺らぐ。

(楽しい? 否。これは作業だ。生存のための論理的帰結。感情という余地は――)
「……これは、楽しむためのものではない」
絞り出した声は、硬い。
「生存確率を最大化するための、論理的帰結だ」

ミミは不思議そうに瞬きをした。
「……むずかしいこと、わかんない」
そして、にこりと笑う。

「でも、お水、ぱちゃぱちゃするのは、たのしいよ?」
「ぶっ」
アリアが吹き出した。

「がははっ! 小僧、一本取られたな!」
ドレイクが肩を揺らす。
「ガキに言いくるめられてやんの!」
「……」
カイは沈黙した。言い返せない。
ただ黙って、ミミを見つめる。

少女の大きな瞳が、まっすぐに彼を捉えている。
怯えの色はない。
ただ、純粋な好奇心だけが、水面のように揺れていた。
 
夜。
焚き火が爆ぜる。
ミミはアリアの膝を枕に、穏やかな寝息を立てていた。
その手には、カイが昼間に拾った丸い石が握られている。

「……この子、少しだけ、笑ったな」
ドレイクが煙管を燻らせる。紫煙が闇に溶ける。
「ええ……。本当に……」
アリアがミミの髪を撫でる。
 
カイは二人から離れ、矢を調べていた。村の焼け跡から回収したものだ。
「どうした、小僧。まだ何か気になることでもあんのか?」
「……この矢だ」
カイが矢尻を火にかざす。

「襲撃者が使っていたものだ。ドレイク、お前は鍛冶師だ。この金属を見て、どう思う?」

ドレイクが受け取る。
指先で弾く。音を聞く。眉をひそめる。
「……チッ。安物の鋳物だが、妙なもんが混ざってやがる」
「鉛か? いや、もっと質の悪い何かだ」
「こんなもん、矢尻に使っても、大した殺傷力は期待できねえ。むしろ……」
「ああ」
カイが言葉を引き継ぐ。
「人体への影響を観察するための、歪な設計だ」

矢尻に残る、不自然な溝。毒ではなく、病原体を擦り込むための構造。
「……これは、単なる略奪じゃない。あの村は、何かの『実験場』にされたんだ」
 
ドレイクが顔を歪めた。
「……公子アルベールの息がかかった連中は、領民を駒としか思ってねえからな」
森の闇に煙を吐き出す。
「非道な実験くらい、平気でやりやがるだろうぜ」
 
許せない。
言葉にはならない。熱量だけが残る。
カイは視線を移した。
眠るミミ。寄り添うアリア。
レオンとの約束。
アリアとの誓い。
そして今、腕の中に宿った、小さな灯火。

(守る)
思考終了。

カイは静かに目を閉じた。
 
焚き火が、パチリと音を立てる。
赤い火の粉が舞い上がり、吸い込まれていく。
見上げれば、梢の隙間に星々。
冷たい夜風が吹き抜ける。
 
その先。
森の向こうに、王都の灯りが、蜃気楼のように揺らめいていた。


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2025/12/29改稿


お読みいただきありがとうございます。レオンに代わる新たなツッコミ役は、まさかのミミでした。彼女の純粋な一言が、カイの人間性を少しずつ取り戻していきます。


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