「怖いトモダチ」を読んで📚
岡部えつ著「怖いトモダチ」読了。
冒頭から引き込まれて、ずんずん読んでいけました。めちゃくちゃ面白かったです!
心地よい文章のリズムがきっちりと最後まで続き、リズム感のある文体の大切さをあらためて実感しました。
タイトルの通り、怖いお友達について、周囲の人がインタビューされるという形で明らかになってゆくものでしたが、そのため文章にテンポ感があるのか、作品が違えば文体も変化するのかが気になっているので、岡部えつさんの他の作品も、近々きっと読むことでしょう。

身近な人が、サイコパスのようなヤバい人だったらもちろん災難かもしれませんが、どのみち、人生には困難や大変なことがあるものではないか、ということ、
そして、今の世の中、国のリーダーがヤバい人ばかりで、そういう場合は逃げようにも無理だし、どうしたって影響は受けてしまうし、さてどうしたものかと、特に考えさせられています。
今、と書きましたが、昔からそうでしたね。織田信長しかりヒトラーしかり枚挙にいとまがありません。
正直、身近な人に傷つけられるのも経験であるし、それらも人生においては宝物になるのかもしれないよ、と、それこそ登場人物「ルミン」のような人に言われたら、私はどう答えるのか、とも思います。
もし、いきなり戦争に巻き込まれてしまったら、本当に生き死にの問題になるのでそんなことよりは、身近な人に苦しめられても、逃げるなどコントロールできる人生の方がまだいいのではないか、なんて思ったり、
だからといって災難ばかりの人生は嫌だなぁと思ったり。
この小説における「トモダチ」のような人物だけに気をつければいいかというと、そうではなく、いってみれば生きてゆくのは危険だらけともいえるのではないでしょうか。
私がそんな信念を持ってしまうのは、もしかすると、18才の頃に難病になってしまった時、「人生って何が起こるかわからないものだな…」と決定的に思わされたからかもしれません。
でも、この私自身の思い込みを、ただただ盲信するわけにもいかないのです。
なぜかというと、物事にたいして、気楽に構えるという姿勢が難しくもなるからです。取り越し苦労や、過剰に心配症になるなど、今までの人生でさんざん味わってきました。
いえ、今でも、ちょうど良い感覚をつかんで生きていけるようになったとはいえず、迷ったり悩んだり、手探り状態なのです。
いくつかレビューを読んだ中に、「このような人物とは、距離の取り方が重要」といったものがあり、「確かに…。」と思う反面、
誰とでもそうだよね?とも思いました。
それこそ、無意識のうちに、相手によって程良い距離感を探しながら、人間関係を構築しているのが私たち人間なのかもしれませんが……
最初から、誰かとちょうど良い距離感で円滑に……なんて、本当にそんなにいつも、上手いことゆくのでしょうか。
傷ついたり悩んだり失敗しながらわかってくることも、やはりあるのだと思います。いわば「永遠のテーマ」なのかもです。
いつも深入りせずにサラッとやり過ごせばいいのかもしれないけど、それじゃあ味気のない人生だとも思うし、
こうやって読書感想文を書くにしても、あたりさわりのないことばかり書くのはつまらないなと思うのです。
危険人物から受ける本当の「罠」があるとすれば、それは、誰かをどんどん悪人に仕立てあげることによって、何でもかんでもその人物のせいにしてしまうようになること、ではないでしょうか。
人生でたった一度だけ危険人物に出くわすのなら、「あいつが悪い、あいつのせいだ」で、なんとか済むかもしれませんが、
先にも書きましたように、生きていくうえで危険はたくさんあると思います。なので、本当に「怖い」のは、
人のせいにすることによって、結果的にその人物から成長の機会をスポイルされる、ことのような気がします。
たとえば、親が子どもの面倒をみすぎる、などの場合も当てはまると思うので、私も一人娘の親として、よく考えたいなと思います。
親としての本能もあるし、時と場合によって違ってくることなので本当に難しいです。
だからこそ、これからもいろんな本を読んで、あーでもないこーでもないと考え、書き、また考えるの繰り返しになるのでしょう。
読んでいない間も、続きやラストがどうなるのか気になって仕方なかった1冊でした!とても読みやすいので、普段、なかなか読書がはかどらないといった方にも、うってつけの本だと思います。
