「庵人の映画を読み解く英文法・『ローマの休日』 ① : mayとcan」
「庵人の映画を読み解く英文法・『ローマの休日』 ① : mayとcan」
『ローマの休日』(A Roman Holiday)。ウィリアム・ワイラー監督によって製作され、1953年に公開された(日本公開は1954年)、ロマンティック・コメディの金字塔です。その人気は、公開後70年を経ていまだ健在で、2022年5月13日に、日テレ系『金曜ロードショー』で放送されたときの関東地方の世帯平均視聴率は9.8%、個人平均視聴率は5.3%でした。吹き替えを、『SPY&FAMILY』のヨル・フォージャなどで知られる早見沙織(アン王女)と、『ルパン三世』の石川五右衛門などで有名な浪川大輔(ジョー)が担当したことでも、話題になりました。ちなみに、初代は、『銀河鉄道999』のメーテル役を務めた池田晶子とFM放送『JET STREAM』の初代パーソナリティとして名を馳せた城達也です。私事ですが、『JET STREAM』のテーマ曲「ミスター・ロンリー」のメロディは、今でも耳に残っています。
わたしは、ハリウッド映画やアメリカ文化が専門ですし、ロマンティック・コメディ大好き人間ですので(当然、ヘプバーンのいま一つの傑作『ティファニーで朝食を』も大好きで、いま、「『ティファニーで朝食を』―猫が紡ぐ愛の行方―ホリーと自己実現」というコラムを予定しています)、そちらの方向からのお話もしたいのですが、今回は、「コアで読み解く英文法シリーズ」でのお話ですので、英文法に限定してのおしゃべりとさせていただきます。
まず、ストーリーの全貌をつかむために、DVD(パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン、2003版)のチャプターリストを紹介しておきます。
1.オープニング
2.親善旅行
3.明日のスケジュールを
4.門の外へ
5.始めまして
6.ここに寝てよくて?
7.これが王女?
8.アーニャと呼んで
9.写真を頼む
10.新しい髪型
11.一日中遊ぶ
12.オープンテラスのカフェ
13.名所めぐり
14.真実の口
15.サンタジェロ城のパーティ
16.おとぎ話の終わり
17.記事にはしない
18.新聞記者の皆さんです
それでは、今回のテーマであるmayの話に進みましょう。チャプター8の「アーニャと呼んで」の一シーンです。
親善旅行の激務に疲れた王女は、大使館を抜け出し、ローマの街中へと出ていきますが、途中、医師に打ってもらっていた鎮静剤が効いてきて、結局、路上脇のベンチで寝てしまいます。その彼女を保護したのが、アメリカ人の通信社記者ジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)です。彼は、彼女が誰かということを知らないで自分のアパートに連れて行き、一夜の宿を提供します。彼が、自分の部屋にいる女性が王女だということを知るのは、翌昼のことでした。
目覚めた王女は、ジョーと少し会話をし、自分がおかれている状況をはじめて理解します。そして、にっこり微笑み、“How do you do?”「はじめまして」と言います。ジョーも、“How do you do?”と返します。
初対面の挨拶に続く会話は次のとおりです。
アン:And you are?「あなたは?」
ジョー: Bradley. Joe Bradley.「ブラッドレー、ジョー・ブラッドレーです」
アン:Delighted.「お会いできてうれしいです」
ジョー:You don’t know how delighted I am to meet you.「あなたにはお分かりにならないほど、僕も『うれしい』ですよ」
二言三言の会話なんですが、空気感、もうピリピリで面白いですよね。王女は、自分が王女だということは知られたくないわけで、かなり慎重になっています。仕草でもよく分かります。でも、“Delighted.”なんですよね。ふつうは、“Glad!”とか “Very happy!”ぐらいです。“Delighted.”は、格式高く、「嬉しく思います」、または、「光栄です」という感じです。先ほど、「ふつう」と言いましたが、これが王女には「ふつう」なんですよね。言葉遣いまでは急には変えられません。
ジョーの返しですが、これは絶品です。表面的な意味はすでに訳したとおりです。
でも、彼の心の声は、「会えてラッキー」です。「僕がどれほどラッキーか、あなたには分かりませんよ」ですね。何しろ、王女は、超特大独占スクープの対象なわけですから。万年金欠の彼からしたら、言い方は悪いですけど、「カモがネギしょってやってきた」です。まあ、「金蔓(かねづる)」です。でも、そういう下心は、とうぜん悟られないようにしています。もちろん、彼が王女の正体を知っているということも。
流布しているスクリプトだと、ジョーのセリフは、 “…delighted I am.”で終わっているようです。
ここは、なぜ嬉しいのかをはっきりと伝えた方がいいと思って、ペックがアドリブで付け加えたんでしょうか。何しろ「会えて」超ラッキーなわけですから。
いま一つは、王女の”Delighted.”というたった一言の上から目線発言に、フルスペックの“I am delighted to meet you.”と、臣下らしく、丁寧に返したということでしょうね。
そして、これに、今回のテーマである、“You may sit down.”「どうぞ、お掛けになって」 という王女のセリフが続くわけです。ジョーは、“Thank you very much.”「どうもありがとう」と答えます。
以下、次のとおりです。
ジョー:What’s your name?「あなたの名前は?」
(少しためらって)
アン: You may call me Anya.「アーニャとお呼びになって」
ジョー:Thank you, Anya. Would you like a cup of coffee?「分かった。じゃあ、アーニャ。コーヒーでもいかがですか」
ここでも、you mayが使われています。どんなイメージを持たれましたか。結構、丁寧な言い方だと感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
中学校の英語の教科書には、「May I~?”の方が、“Can I~?”よりも丁寧」だとだけ書いてあります。塾の定期テスト対策サイトや、市販の参考書でも、「Can I = 〜してもいい?」/「May I = 〜させていただいてもよろしいでしょうか」という記述が見受けられます。教員向けの指導マニュアルにも、単に「mayの方が丁寧だと教えましょう」と書かれているようです。
“May I come in?”「入ってもいいですか?」やMay I help you?「いらっしゃいませ」は、学校で習う有名なmayの定番表現です。
これでは、私たちが、「may = どんな場面でも使える丁寧な言葉」と思い込んでしまうのも無理はありません。
いくつかの辞書の訳語も見ておきましょう。
“May I smoke here?―Yes, you may.「ここでたばこを吸っていいですか―ええ、いいですよ」 。丁寧に聞いて、丁寧に返答してもらっているというイメージですよね。
“You may copy the entire contents of the disk onto a single computer.”「単一のコンピュータにディスクの全内容をコピーしてもかまいません」。やっぱり丁寧です。
ビジネス関係の例も見ておきましょう。
商談相手に、「〜していただいて差し支えありません」という日本語のへりくだった意味と重ね合わせて、 “You may...”を、「~してもらってもいいですよ」といったニュアンスで使っているケースがある、という話を耳にします。
社会人向けのビジネスeラーニングや、接客英語の書籍などでも、「差し支えありません」のパタンで、“You may..."としているケースがあるようです。
商業施設での、“You may eat and drink only on this floor." 「当フロアでのみ飲食可能です」といった張り紙も、やはり同じパタンですね。
断定のmustと比べて、推量のmayが持つ、「~かもしれない」というソフトランディングな意味合いも、mayは丁寧だという理解につながっているかもしれません。
この、may=丁寧という理解に当てはめれば、王女の二つのセリフは、それぞれ、「お座りください」、「アーニャと呼んでください」ぐらいのソフトな言い方だということになります。
しかし、実のところ、mayというのは、かなり強いイメージの言葉です。mayのコアは、「力/できる」です。名詞のmightは、文字通りに「力」ですし、全能の神は、“God Almighty”です。余談ですが、『BLEACH』のラスボス、ユーハバッハのチート能力が、“The Almighty”(全知全能)です(すみません。漫画も大好き人間です)。
“You may~”は、「力がある→妨げるものがない→力のあるものが妨げを取り除いてくれる→~してよい(目上の者からの許可)」という流れで考えると分かりやすいと思います。
May I~?の場合は、ベクトルが変わって、自分に対する許可を乞うために、丁寧になるわけです。
王女のセリフは、臣下に対する言葉ですから、極論すれば、「お掛けなさい」、「アーニャと呼んでよくってよ」です。ずいぶん偉そうな言いかたなんですよね。自分のアパートに、わざわざ泊めてあげた相手から、いきなり「お掛けなさい」ですし、「アーニャという愛称で呼ぶことを特別に許可します」ですから。
もちろん、王女は別にわざと偉そうにしようとしているわけではありません(そもそも、正体は隠したいわけですから)。ふつうに、彼女にとっては日常である言い回しをしているだけです。ただ、教科書の「丁寧な言い方だ」という説明とは違いますよね。ジョーは、最初は、“Thank you very much.”、次に“Thank you.”と答えていますが、こころの声は、「ありがたき幸せ」ぐらいだと思います。
さて、“Thank you, Anya.”ですが、王女から許可をいただいて、早速それを実行し、「分かりました。それじゃ、アーニャ」と言っています。こころの声は、「ありがたき幸せ。それでは、お言葉に甘えてアーニャと呼ばせていただきます」ぐらいでしょうね。
このセリフに続く、コーヒーのくだりですが、スクリプトは、“Coffee?”だけのようです。でも、これだと、あまりにもくだけすぎだとペックは思ったんでしょうか。結局、フォーマルで丁寧な、“Would you…?”を選択しています。
もう少しmayに関して、深堀しておきましょう。mayを使って許可をしてくれる一番上の存在は誰でしょうか。そして、どんな文章で使われているでしょうか。
祈願文というのがありますね。たとえば、“May you both be very happy!”「お二人のご多幸をお祈りします」を考えてみましょう。二人の幸せを願うのは私ですが、それを許可してくれるのは神様です。“May God bless you!” は「神のご加護のあらんことを」です。
こう見てくると、「許可」の意味では、不用意にmay を使ってはいけないことがよく分かります。目下のものが目上のものに使うのは厳禁です。
同じ許可を与える言葉で、canも見ておきましょう。canの原義は、know(知っている)です。「知っている→ノウハウを知っている→実行できる→できる」となるわけですね。“You can…”ですと、「(できるのだから/できるのなら/状況が許しているのだから)・・・してもいいですよ」と考えてください。もし王女が、“You can sit down.”と言っていたとしたら、「お座りいただけますよ/立っておられる必要はないですよ」、“You can call me Anya.”でしたら、「アーニャと呼んでもらっていいですよ」ぐらいの意味でしょうね。
“Can God bless you!” とは、普通言いません。神の威厳がなくなってしまいます。
最後に、mayの「~かもしれない」という推量の用法について、少しだけ触れておきます。これは、「できる→可能性をもてる→否定しきれない→かもしれない」という流れでご理解ください。
『ローマの休日』は、面白く、聞きやすく、なおかつ「生きた正統の英文法」の宝です。教壇に立っていたころは、学生の皆さんとこの映画を見て、英文法の話をしたことを思い出します。
次回は、「mustとhave to、そして、幻(まぼろし)のmust、進行形」を扱います。
―― 筆者紹介 ――
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