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犬を抱きしめて 5


「人間というのは、喧嘩して喧嘩して、肚を全部出してあって、分かり合って、仲良くして行くんだ!良いか!分かったか!」



父親は私に、そう教育した。

・・・・・・・・・。

私の心には、何とも言えない気持ちが渦巻いた。




ある時、弟のあつが、
「テメェ、テメェ。」
と、母親に言い放った。
小学校で、誰かが言った言葉か何かを、覚えて来たのだろう。未知の言葉に遭遇した、嬉しさか。音の響きが、楽しかったのかも知れない。その時の場の雰囲気が面白く、印象に残っただけかも知れない。相変わらず人形の様に愛らしい顔に、屈託のない笑顔を浮かべていた。



するとその時だ。
父親が、スクッと立ち上がり、あつに向かって走って行った。
息をする間も無かった。
あつの胸ぐらを掴んで、物凄い勢いで殴り始めた。私は目の前で起きている事を、理解出来ない。
父親は、あつを殴り続ける。それも、1発や2発では無い。20発も30発もである。ただ、黙々と、殴り続けた。



そして、止まった。
あつは、あまりの恐怖に、声も出ず泣きもしない。小さな体を、フラフラさせながら、部屋を出て行った。
そんな様子を、私の眼は呆然と観ていた。身体が硬直して、びくとも動かない。その場に座り込んでいた。



動けない私の横に、母親がそっと寄って来た。そして、私の耳元で囁く、
「お父さんも、途中から、頭はまずいと思っただな。叩くのを尻に変えた。親に逆らうと、どういう事になるか、教えただ。うさ、分かるか。」



暴力と言葉の支配。恐怖、脅し......
親と言う名の得体の知れない物。



生物は等しく、幼少期は姿形が可愛く創られている、と読んだ事がある。百獣の王で有るライオンでさえも、仔ライオンの時のあの愛くるしさ。猫好きの方には、たまらないだろう。それは、保護してやらなければ、生きて行けないからだと言う。周りが手を差し伸べる様に、創造されているのだ。
平安時代の歌人、清少納言も枕草子で語っている。【何も、何も、小さきものは、みなうつくし】と。


どうして・・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・。






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