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【プロフィール】68歳起業40年目の挑戦@生まれ変わるなら生きてるうち


どうもHiromiです。
プロフィールページなので
私のことを少し書きます。

history

21歳で高専を卒業しました。

卒業後は東京のプラントメーカーの大企業に就職しました。

退職して函館に移り28歳で起業して
38歳の時までに
設備工事会社
建築工事会社
一級建築士事務所
不動産会社を設立し
年商20億円のグループ会社の代表取締役就任しました。

バブル崩壊で会社倒産を経験。

自身は5億円以上の負債で破産。

インターネット事業に挑戦し成功。

リアルでは、飲食店9店舗を展開。

想像を超える費用で全身整形して女性になりました。

現在はオフィス結城CEO投資家 



人生はいろいろ大変な時期がありますよね~
私も代表をしていた20億円企業がバブル崩壊で倒産を経験。
負債6億円という経験をしました。

でも、生きてます。

事業は一度終わっても人生は終わってない。
生きるとは諦めないこと!

支えてくれたお母さんやお父さん
そして元気づけてくれた人がいたことを覚えています。

今こそ、全ての人へその恩を返したく
夢を目指すあなたのために包み隠さず書きました。

パラレルシフトの経緯


1979年、高専のキャンパスを後にした私は、希望と少しの不安を胸に東京へ向かった。

日本の心臓部ともいえるこの大都市で、プラントメーカーの大企業に就職し、キャリアの第一歩を踏み出した。

初めての都会の風景は、息を呑むほど刺激的でありながら、どこか孤独感も抱かせるものだった気がする。

職場では、プロジェクトの複雑さに驚きながらも、知識を吸収することの楽しさを知り、同僚たちから学び、技術の世界へ深く足を踏み入れていった。

函館の静かな街並みとは異なるスピード感と喧騒の中で、たくましさを身につける日々は、確実に私を成長させていた。

しかしその一方で、故郷の魅力や家族との絆が私の心に静かに響いていた。

数年が過ぎるうちに、次第に自分の進むべき道が霞むような感覚に陥った。

大企業での安定したキャリアは心地良い一方で、私の内なる声は「何かもっと大きなことをやりたい」という思いを叫んでいた。

そんな時、ふと思い出したのは、函館の自然と人々のぬくもり。そしてその思いが、私を東京から再び北へ導いた。

28歳のとき、私の人生の新たなページが開かれることとなった。

函館へ戻る決意を固め、故郷に根を張りながらも大きな挑戦に挑む。

函館高専で培った知識と東京での経験、そして何より「未知への挑戦を恐れない心」が私を支えていた。

「あの時があったからこそ、今がある。」
そう思える人生を、これから自分の手で築いていこうと心に誓ったその瞬間、私の未来は無限の可能性で輝いていた。


第1章:若き起業家の野望

28歳の時、私は故郷である函館に戻り、一大決心を胸に新たな挑戦を始めた。

東京での経験を糧に、設備工事会社を設立し、最初の一歩を踏み出した瞬間は、まるで荒波の中を進む船のようだった。

不確かな未来に心を躍らせる一方で、多くの障害が待ち受けていることを覚悟していた。

事業を拡大するにつれて、建築工事会社や一級建築士事務所、不動産会社を次々と設立。

10年という短期間で、それぞれの事業が力強く成長し、ついには年商20億円を誇るグループ企業へと進化を遂げた。

各業界での競争は激しく、それに伴う緊張感や困難が私を試す日々だったが、その壁を乗り越えるたびに自信と成功への道が広がっていくように感じられた。

仲間たちとの絆も、私の野望を支える大きな力となった。

ビジョンを共有し、協力し合うことで、事業の基盤を強化するだけでなく、逆境にも負けない強さを手に入れることができた。

私は「一人では何も成し遂げられない」と強く実感した。

この期間は私にとって、挑戦と成長の連続だった。

函館の地で築いた企業は、地域に新しい価値を提供し、雇用を生み出す役割を果たした。

そして何より、私の心の中には「挑戦を恐れず未来を開く」という決意が燃え続けていた。

しかし人生は時に厳しい試練を与えます。

バブル崩壊による20億円企業の倒産という苦い経験を味わいました。

しかし、失意に沈むのではなく、その状況を新たな挑戦の出発点と捉えました。


第2章:飲食業への新たな挑戦26年で9店舗出店

1996年、私は新たなステージに立ち、飲食業界へ挑戦する決意をしました。

バブル崩壊という試練を乗り越えた私にとって、この挑戦は地域に根ざし、新たな価値を創り出す機会でした。

故郷である函館を拠点に、地域の魅力を発信しながら、人々に愛されるお店づくりを目指しました。

最初の店舗は小さな規模から始まりましたが、地元の食材や心を込めたサービスが評判を呼び、徐々に拡大していきました。

多忙な毎日ではありましたが、お客様との触れ合いやスタッフとの絆は私のエネルギー源となりました。

お店の雰囲気を大切にし、家族のような温かさを感じてもらえる場を提供することが信念となったのです。

26年の間に店舗数は9店舗に達し、そのピーク時には4店舗を同時運営するなど、繁盛期を迎えました。

各店舗で独自のスタイルと特色を持たせることで、お客様に多彩な選択肢を提供することができました。

その成功は、地域社会との絆を深めるだけでなく、雇用の創出にも寄与しました。

一方で、数々の困難もありました。スタッフの教育や経営戦略、予期せぬ問題への対応など、決して順風満帆な道のりではありませんでした。

しかし、その都度学びを得て、より良い方法を模索することで事業を強化していきました。

この挑戦は、単なるビジネスだけでなく、人と人が繋がる大切さを教えてくれる旅でもありました。

函館の地で築いたお店は、地元の人々にとって思い出深い場所となり、私自身の人生に深い喜びをもたらしてくれました。

店舗の一部紹介



第3章:自分自身との向き合い

ナンバーワンより
オンリーワンを目指した私

人生には、外からではなく、自分自身の内側と深く向き合わなければならない瞬間があります。

私にとって、その瞬間は性同一性障害という挑戦でした。

この大きなテーマと向き合うことで、真に自分らしい生き方を見つける転機が訪れました。

長い間、自分の心に抱えていた違和感や葛藤。
それは時に私を不安にさせ、時に勇気を奪いました。

しかし、ある日、自分を否定するのではなく、自分を受け入れる道を選ぶ決意をしました。

この決断は、恐怖と希望の交錯した道であり、心の深い部分を掘り起こしていく過程でした。

そして、全身女性化手術や戸籍名変更を通じて、私は新しい自分を迎え入れることができました。

この変化は単なる外面的なものだけではなく、心から自分を肯定できる瞬間をもたらしてくれました。

初めて、他者だけでなく、自分自身を愛する感覚を手に入れたのです。

この経験は、私に強さと柔軟性、そして真の自己理解をもたらしました。

人は自分自身を尊重し、真摯に向き合うことで、逆境を乗り越え成長することができると感じています。

性同一性障害というテーマが、私の人生に新しい価値と深い意味を加え、さらなる挑戦の原動力になりました。

全身整形これが私の人生。


第5章:現在への軌跡

時代が変化する中で、私は自分自身を常にアップデートし、新しい挑戦に身を投じてきました。

1996年、飲食業と並行してWEBマーケティングの分野に飛び込んだのは、その時代に先駆ける選択でした。

インターネットがまだ広く普及していない中、データを分析し、人々のニーズを掘り起こす手法を模索しました。

この挑戦は私にとって、未開の地に地図を描くような冒険でした。

また、FX投資の世界にも果敢に挑みました。

最初は価格の動きや相場の心理を読み解くことに苦労しましたが、冷静さと分析力を磨き上げることで、成功への道筋を掴むことができました。

この分野での経験は、リスクと向き合う勇気と、柔軟性を持った思考の重要性を教えてくれました。

現在、私はこの両分野での実績を基盤に、さらに進化を続けています。

テクノロジーの進化を見据えたビジョンを持ちながら、時代の流れに即した新しい方法を取り入れることを恐れません。

このチャレンジ精神こそが、私の人生を豊かにし、新たな扉を開く原動力となっています。

未来はまだ白紙の地図のようなものですが、私はこれまでの経験を活かし、自分らしい道を描き続けています。

そして、これからも挑戦を通して多くの人と繋がり、より良い世界を築くことを目指していきます。



焦らず、おごらず、流されず自分の道を一歩、また一歩、そしてまた一歩

1996年、飲食業と並行してWEBマーケティングの分野に飛び込んだのは、その時代に先駆ける選択でした。

インターネットがまだ広く普及していない中、データを分析し、人々のニーズを掘り起こす手法を模索しました。

この挑戦は私にとって、未開の地に地図を描くような冒険でした。

また、FX投資の世界にも果敢に挑みました。

最初は価格の動きや相場の心理を読み解くことに苦労しましたが、冷静さと分析力を磨き上げることで、成功への道筋を掴むことができました。

この分野での経験は、リスクと向き合う勇気と、柔軟性を持った思考の重要性を教えてくれました。

現在、私はこの両分野での実績を基盤に、さらに進化を続けています。

テクノロジーの進化を見据えたビジョンを持ちながら、時代の流れに即した新しい方法を取り入れることを恐れません。

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未来はまだ白紙の地図のようなものですが、私はこれまでの経験を活かし、自分らしい道を描き続けています。

そして、これからも挑戦を通して多くの人と繋がり、より良い世界を築くことを目指していきます。


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