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あなたの1年後の健康リスクをAIが予測 Epic社CoMETの医療イベント生成技術

 医療の世界に、患者一人ひとりに合わせた「個別化医療」を現実のものにする新しいAIモデルが登場しました。その名もCoMET(Cosmos Medical Event Transformer)。

 CoMETは、なんと3億人以上の患者の診療記録からパターンを学び、まるで「未来のカルテ」を描くように次に起こり得る医療イベント(診断や処置など)を予測します。

 従来は専門家が手作業で分析してきた膨大な医療データを、AIが自動で読み解き、患者ごとに最適な診断・治療の判断を支援する。そんな近未来が、すでに動き出しています。

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まえがき

 画像生成AIや文章生成AIなど、生成AI技術の進展は様々な分野に影響を与えています。医療分野においても、この技術を活用した研究開発が加速しており、特に電子カルテに蓄積された大規模データの解析に注目が集まっています。

 しかし、医療は専門性が高く、誤った判断が患者の生命に直結する領域です。そのため、AIの導入には単なる技術的な精度だけでなく、安全性の確保と医療現場での実用性の両立が求められます。

 本稿で紹介するCoMETは、患者の医療イベント(診療記録上の出来事)を時系列で生成することにより、個別化医療の実現を目指した大規模言語モデルの一種です。

 このモデルの特徴は、特定の疾患予測に特化するのではなく、診断・処方・検査・入院など、あらゆる医療イベントを包括的に扱える汎用性にあります。また、1億人を超える実際の診療データから学習することで、統計的な妥当性を持った予測を可能にしています。


背景

解決する課題

 個別化医療とは、一人ひとりの患者の状況に合わせて最適な診断・治療を提供する医療のことです。理想的な個別化医療を実現するには、患者の長期にわたる医療記録(診療履歴)をもとに、将来起こりうる疾患や必要な治療を予測・判断する必要があります。

 しかし現実には、電子カルテなどに蓄積されたリアルワールドデータ(RWD)から有用な知見を引き出すには、データの統合や人手による分析コストが非常に大きく、日々の臨床現場で活用するのは困難でした。

 例えば、ある患者さんの何年にもわたる診療記録(処方歴・検査値・診断名など)を全部読み込み、「この人は今後○年以内にどんな病気になる可能性が高いか?」「入院は必要になるか?」といった問いに答えるには、人間の医師でも莫大な時間と労力がかかります。

 また個々の疾患予測モデル(糖尿病予測モデル、心不全予測モデル…)は数多く提案されていますが、それぞれ特定の課題に特化しており、患者の総合的な将来像を描くには限界があります。

 そこで登場したのが、あらゆる医療イベントを包括的に予測できるAIというアプローチです。大量の医療データからパターンを学習し、個々の患者の将来をシミュレーションすることで、診断・治療の最適化に役立てようというわけです。

既存研究の流れ

 患者の診療履歴データをAIで扱う研究は、この10年ほどで大きく発展してきました。当初は診療記録中の限られた項目を取り出し、統計モデルや機械学習モデルで個別の予測タスクに挑むケースが主流でした。

 2016年には、Choiらによる「Doctor AI」という試みが話題になりました。これはリカレントニューラルネットワーク(RNN)で時系列データとしての電子カルテ情報を解析し、次回診療時に起こりうる診断や処方を予測するモデルです。Doctor AIは26万人分のEHRデータで学習し、深層学習によって医療イベント予測が従来より向上する可能性を示しました。

 その後、電子カルテの大規模データを活用した自己教師あり学習による基盤モデルの研究が進みます。例えばStanford大学のチームによるCLMBRは、EHR上の医療コード列を次々に予測する言語モデルとして学習し、患者表現ベクトルを得る手法でした。

 CLMBRは約250万人分の診療データで事前学習され、下流の様々な予測タスクで精度向上を示しています。他にも、診療記録のコーディングデータを扱うMed-BERTやBEHRTなどBERT系モデル、あるいはTransformerを用いたTransformEHR、MOTOR、ETHOSといった手法が次々と登場し、電子カルテデータからの包括的な特徴学習が模索されてきました。

 これらは患者タイムライン上のイベントを系列データとしてモデルに読み込ませ、事前学習によって汎用的な知識を獲得しようというアプローチです。

 しかし、既存のEHR基盤モデル研究にはデータ規模と汎用性の限界がありました。過去の研究の多くは数万〜数百万規模の患者データに留まっており、モデルのサイズも数千万パラメータ程度でした。

 例えばCLMBRでも最大4,200万パラメータ規模であり、一般のLLM(GPT-3は1,750億パラメータ)と比べると桁違いに小型でした。また扱うタスクも限定的で、モデルごとに専用の微調整や入力設計が必要な場合が多かったのです。

 Microsoft ResearchのZhangらは2023年にEHR版スケーリング則(データ量やモデル規模を増やすと性能がどう向上するか)を初めて検証しましたが、そのデータも7万患者の救急診療記録に限られていました。このように、「より大規模なデータで汎用的に学習し、多彩なタスクにゼロショットで対応できる」モデルは、まだ十分に実現されていなかったのです。

この研究が解決する課題・どう解決するのか

 以上の背景を踏まえ、本稿の主題であるCoMETは、これまで難しかった「医療ビッグデータからの包括的知見抽出」を可能にし、個別化医療に役立てることを目指した取り組みです。

 具体的には、Epic社が運営するCosmosデータベースの膨大な電子カルテ情報(全世界3億人・163億件の診療データ)を活用し、1150億件にも及ぶ医療イベントを学習したTransformer型モデルを構築しました。従来研究を遥かに上回るスケールで事前学習を行い、そこから得られたモデルを用いて様々な予測タスクに挑戦しています。

 CoMETが狙いとする課題解決のポイントは、大きく2つあります。1つ目は、患者個人の「未来の医療イベント」を直接シミュレーションできることです。

 過去の診療履歴を入力すると、CoMETはその先に起こり得る診断・処方・検査などのイベント列を次々と生成します。これにより「将来どんな疾患が起こりそうか」「次回来院時には何が必要か」といった問いに、個々の患者の文脈に沿った形で答えを出せます。

 2つ目は、単一の汎用モデルで多数のタスクに対応できることです。CoMETは汎用的な事前学習モデルであり、特定のタスク用に個別のモデルを作らずとも、生成した未来のシナリオから様々な指標を算出できます。

 例えば生成した多数の患者シミュレーションを分析することで、任意の疾患発生確率や予後予測、医療資源の利用予測などを追加の学習なしで行えるのです。これらにより、医療従事者が必要とする様々な意思決定支援を一つのモデルで幅広く提供できる可能性が開かれました。


方法論

提案手法

 COMETの核となるアイデアは、患者の生涯にわたる医療記録を、時系列に並んだ一連の離散的な「医療イベント」の系列と見なすことです。そして、その系列における「次に来るイベント」を予測するようにモデルを学習させます。これは、文章の文脈から次に来る単語を予測するLLMと全く同じ、自己回帰的な生成モデルのアプローチです 。  

提案手法の直感的な説明

 この手法を直感的に理解するために、「患者の健康は一つの言語である」というアナロジーが役立ちます。

 ある患者の出生から現在までの全医療記録「診断名、検査結果、処方薬、手術歴など」が、時系列に沿って一冊の本に書き記されていると想像してみてください。この本は、その人の健康に関する壮大な「物語」です。

 COMETは、この物語を最初から丹念に読み込み、その「文法」や「語彙」(例えば、特定の症状の後にどのような検査が行われやすいか、ある薬の副作用としてどのような診断が下されやすいか、など)を学習します。

 その根源的なタスクは、物語のある時点までを読んだ上で、次に続く最も可能性の高い「単語」(=次の医療イベント)を予測することです 。  

 そして、この「次の単語を予測する」という行為を繰り返し行うことで、COMETは物語の続き、すなわち患者の未来の健康に関する「段落」や「章」を丸ごと生成することができます。

 これらは決定論的な予言ではなく、統計的に可能性の高い複数の未来の健康シナリオ(シミュレーション)なのです 。このアナロジーは、難解な臨床予測というタスクを、我々が既に知る生成AIの文脈で捉え直すことを可能にします。  

提案手法詳細

 COMETの実現には、二つの強力な柱が存在します。それは「巨大なデータセット」と「それをAIが理解できる言語に変換する技術」です。

The Dataset: Epic Cosmos

 本研究の基盤となるのは、前例のない規模と多様性を持つEpic Cosmosデータセットです。この研究のために、310の医療システムから収集された1億1800万人の患者記録が利用され、そこに含まれる医療イベントは1150億件、AIが処理する単位であるトークンに換算すると1510億トークンにも及びます 。

 この多様性は、特定の地域や病院に偏らない、汎用性の高いモデルを構築する上で極めて重要です。また、データの質を担保するため、学習に用いる前には、意味のある縦断的フォローアップを持つ成人の記録のみを抽出するなど、厳格なフィルタリングと前処理が施されています 。  

Tokenization: 医療の辞書を作る

 AIが医療データを直接理解することはできません。そのため、診断名や検査値といった生のデータを、AIが処理できる数値の羅列に変換する「トークン化」というプロセスが必要になります。COMETでは、7,105語からなる医療専門の「辞書(語彙)」をあらかじめ定義し、以下のように変換を行います 。  

各イベントのトークン化
 人口統計情報(性別、人種)、診断、検査、投薬、処置、そして「時間の経過」そのものに至るまで、あらゆる医療イベントがこの辞書内の固有のトークンに割り当てられます。

具体例
・国際疾病分類第10版(ICD-10)に基づく診断コードは、その階層構造を反映するように1〜3個のトークンに分割されます。これにより、モデルは関連する疾患間の関係性を学習しやすくなります。

・検査結果のような連続値は、値を10段階の分位数バケット(値の大きさ順で10等分したグループ)に離散化され、いずれか一つのトークンに変換されます。

・イベント間の時間の経過も、「1-5分」や「3-6ヶ月」といったトークンで表現され、モデルが時間的な関係性を学習できるように工夫されています 

 このトークン化戦略は、モデルの性能を左右する重要な設計判断です。連続値を離散化することは情報の精度を一部犠牲にしますが、モデルの学習を単純化し安定させる効果があります。

提案手法の構成コンポーネントや、仕組みの詳細

モデルアーキテクチャ

 COMETは、現代のLLMで広く採用されている「Qwen2」というデコーダオンリー・トランスフォーマーアーキテクチャを基盤としています 。このアーキテクチャは、ロータリー位置エンベディングやSwiGLU活性化関数といった最新技術を取り入れており、学習の安定性と効率を向上させます。  

COMETファミリー

 本研究では、サイズの異なる3つのモデル、COMET-S(Small)、COMET-M(Medium)、COMET-L(Large)が学習されました。これらはそれぞれ約6200万、1億1900万、そして最大10億のパラメータを持ちます 。

 重要なのは、これらのモデルサイズが恣意的に選ばれたのではなく、後述するスケーリング則の分析に基づいて、与えられた計算資源に対して最も効率が良い「計算量最適」な値として決定された点です 。  

シミュレーションによる推論

 COMETが未来を予測する際の仕組みは独特です。まず、モデルに特定の時点までの患者の医療履歴をプロンプトとして与えます。すると、モデルはモンテカルロサンプリングという手法を用いて、確率的にn通りの異なる未来のタイムラインを生成します。

 例えば、「1年以内の心筋梗塞のリスク」といった臨床的な予測値は、生成されたn個のシミュレーションのうち、心筋梗塞が発生したシナリオの割合を集計することで算出されます 。  

 このアプローチは、単に「リスク75%」という一つの数値を出す従来の分類器とは根本的に異なります。COMETはn個の「物語」を提示し、そのうちの75%でイベントが起こるという、より解像度の高い情報を提供します。

 これは、単一の確率値だけでなく、可能性のある未来の分布そのものを示すことを意味します。また、このシミュレーション回数nを増やすことで(推論時の計算コストは増加するものの)、特に稀なイベントに対する予測の精度を向上させることができるという、このアプローチならではの利点も存在します 。  

図1: COMETの事前学習と推論の概要。 患者の歩みは医療イベントの系列として定式化され、COMETは次の医療イベントを予測することで学習する。推論時には、COMETに患者の医療イベント履歴がプロンプトとして与えられ、次のイベントを自己回帰的に生成することで、将来の潜在的な軌跡をシミュレートする。  COMETの語彙に含まれる任意のターゲットに対する予測は、これらのシミュレートされた軌跡から得られ、タスク固有のファインチューニングや少数ショットのプロンプトなしで、下流タスクへの広範な即時利用が可能になる。

実験方法

 COMETの真価を問うため、研究チームは広範かつ多様な臨床タスク群に対して、その「Zero-shot性能」を評価しました。「Zero-shot」とは、事前学習を終えたモデルを、一切の追加学習やタスク固有の調整なしに、そのまま評価タスクに適用することを意味します。

 これは、モデルが学習データからどれだけ汎用的な知識を獲得できたかを測るための、最も厳しいテストと言えます。

 比較対象として、各タスク専用に学習された3種類の強力な教師あり学習モデル(ロジスティック回帰、XGBoost、教師ありトランスフォーマー)が用意され、その中で最も性能の高かったモデルがベンチマークとして採用されました 。

 この実験デザインは、「一つの汎用モデルは、数十の専門モデルに太刀打ちできるのか?」という、本研究の中心的な問いに答えるためのものです。 


実験結果

 実験結果は、COMETがスケールアップに伴い、驚異的な汎用性を獲得することを示しています。

 まず、研究全体の結論を要約した図2をご覧ください。この図は、COMETがS(小)、M(中)、L(大)とスケールアップするにつれて、性能が一貫して向上し、78のタスクの大部分において、専門の教師ありモデルの性能に追いつき、さらには追い越していく様子を明確に示しています 。これが、本研究における最も中心的な経験的結果です。  

全体性能の概観 (図2)

図2: COMETの評価性能の概要。各点は、主要な評価カテゴリそれぞれにおいて、最も性能の良いタスク固有の教師ありモデルと比較した、COMET-S、COMET-M、COMET-Lの中央評価スコアの変化を示す。AUCROCとPR-AUCでは、正の値はCOMETがタスク固有モデルを上回り、負の値は下回ることを示すが、MAEではその逆である。COMETの性能はスケールとともに向上し、一般的に最高のタスク固有教師あり手法と同等か、それを上回った。

生成の妥当性 (図3, 4)

図3:遭遇頻度の校正図。CoMET-Lは、3つの異なる遭遇タイプ(外来受診、救急、入院)ごとに、各患者が 今後1年間に経験する遭遇の確率を予測しました。各点は、類似した予測確率を持つ患者を等しい数で含む 四分位群を表しています。各点の水平位置はグループの平均予測確率を、垂直位置は指定された1年間の遭遇回数を持つ患者数の割合を 示しています。一部の線は水平軸全体に及んでいないのは、その予測確率を持つ患者数が少ないためです。対角線は 完璧な確率校正を示しています。

 予測性能を評価する前に、モデルが生成するタイムラインがそもそも現実的であるかどうかが検証されました。COMETは、構文的に正しい医療コードを生成し、将来の通院回数を高い精度で予測し(図3)、

 特定の診察(外来、救急、入院)で発生する診断や検査などを、過去の履歴を単純に参照する方法よりも高い再現率と適合率で充填できることが確認されました(図4) 。これらの結果は、モデルの出力に対する信頼性を担保するものです。  

図4:単一診療における予測された医療イベント。外来診療、救急診療、入院 入院について、それぞれ10,000件のランダムな診療事例が選択され、その医療イベントはCoMETが20世代にわたって予測した医療 イベントと比較されました。診断、検査、薬剤、手技の医療イベントタイプごとに、さまざまな 閾値におけるマイクロ平均精度と再現率がプロットされています。CoMETの性能を説明するため、患者の過去のイベントを さまざまなルックバックウィンドウでプールし、各ルックバックウィンドウごとの精度と再現率をプロットしました。 各曲線下の面積が大きいほど、性能が優れています。

疾患リスク予測 (図5, 8)

図5:2型糖尿病(T2DM)特異的アウトカム予測。各CoMETモデルにおけるT2DM特異的アウトカム予測タスクに対して、 各タスク特異的監督学習モデルのうち最も性能の高いモデルから、受信者動作特性曲線(ROC曲線)の曲線下面積(AUCROC)の 増加率(%)。

 COMETは、具体的な疾患リスクの予測において、特に高い能力を発揮しました。

疾患特異的アウトカム
 2型糖尿病のような慢性疾患を持つ患者において、COMET-Lは心血管イベントや腎臓病の進行といった重要なアウトカムの予測で、多くのタスクで専門の教師ありモデルを上回る性能を示しました 。  

慢性疾患の急性増悪
 COPD(慢性閉塞性肺疾患)の増悪や鎌状赤血球症クリーゼといった、慢性疾患患者における急激な悪化イベントの予測においても、COMET-Lは5つのタスク中4つで専門モデルを凌駕しました 。  

図8:急性期慢性期タスク。3つのCoMETモデルそれぞれにおけるAUCROCの増加率を、 急性期慢性期アウトカム予測タスクにおいて最も性能の高いタスク特異的監督学習モデルと比較した結果。CoMET-M およびCoMET-Lは、5つのタスクのうち4つでベースラインを上回った。

鑑別診断 (図10)

図10:肝膵胆道系疾患の鑑別診断。CoMET-Lは、指定されたHPB診断のいずれかを受ける1.5年リスクの予測に評価されました。 各列は、最終的に指定された診断と診断された患者のコホートを表します。最初の行の各行は、そのコホートにおいてCoMET-Lによって 少なくとも10%の診断リスクがあると flag された患者の割合を表します。正しい診断は太字で表示され、誤診は薄い文字で表示されます。各行の色は、その行内の同じ診断を表します。2行目は、3つのCoMETモデルと、指定された診断を予測するためのタスク特異的監督モデルにおけるAUCROCの経時変化を示しています。

 より高度な臨床的推論能力が試されるのが、鑑別診断タスクです。肝臓疾患が疑われるような曖昧な症状を持つ患者に対し、COMETは可能性のある診断名のリストを確率とともに提示することができます。

 図10が示すように、患者が実際に診断を受ける日に近づくにつれて、COMETの正しい診断に対する確信度は高まっていきます。一方で、教師ありモデルは、似通った症状を持つ疾患群を区別することに苦戦しています 。

 これは、COMETが単に二値予測を行うだけでなく、複数の可能性を天秤にかけ、新たな情報(医療イベント)が入るたびに確信度を更新するという、臨床医の思考プロセスに近い推論を行っていることを示唆しています。 

医療オペレーション (図12, 14)

図12:1年間の受診頻度予測。CoMETモデルは、18,400人の患者を対象に、1年間に発生する入院、救急、外来の受診件数を予測する 最も性能の高い監督学習タスク特化型回帰モデルと比較されました。予測誤差の指標として平均絶対誤差(MAE)が使用され、 値が小さいほど精度が高いことを示します。

 COMETの能力は、臨床予測だけでなく、医療システムの効率化に貢献する運営上のタスクにも及びます。将来の入院回数(図12)や入院期間を、専用の回帰モデルよりも正確に予測しました。

 特に、医療の質を測る重要な指標である「30日以内の再入院予測」では、COMET-Lは教師ありベースラインを大幅に上回るAUCROC(0.770 vs 0.717)を達成し、その実用性の高さを示しました 。  

図14: 30日間の再入院予測。 30日以内の再入院を予測するためのROC曲線 10,000件の入院事例を対象に。CoMET-Lは AUCROC 0.770を達成し、最も性能の高い 監督学習タスク特化モデルは0.717を達成した。

考察

なぜこの手法が優れているのか

 COMETがこれほどまでの性能を発揮する理由は、いくつかの要因に集約されます。

 第一に、患者の全体像を捉える表現力です。COMETは、患者の医療の歩み全体から学習することで、異なる臨床領域間に存在する複雑で長期的な依存関係(例えば、糖尿病が腎機能や心血管系に与える影響など)を捉えることができます。特定のタスクに特化したモデルは、このような領域横断的な文脈を見逃しがちです。

 第二に、スケールの力です。Cosmosデータセットの圧倒的な規模と多様性が、トランスフォーマーアーキテクチャの潜在能力を最大限に引き出し、小規模なデータセットでは見出すことのできない微細なパターンを学習することを可能にしました。

 そして第三に、生成モデルならではの柔軟性です。シミュレーションに基づく予測アプローチは、従来の分類器よりも本質的に柔軟です。一度学習されたモデルから生成される一連の未来の軌跡は、「イベントXのリスクは?」「イベントYまでの時間は?」「最も可能性の高いイベントの順序は?」といった多種多様な問いに、モデルを再学習することなく答えることができます 。  

この手法を既存のものと比較した優位性・劣位性

優位性1: スケーリング則の発見というブレークスルー

 本研究がもたらした最も深遠な貢献は、医療イベントデータにおける「スケーリング則」の存在を実証したことです。図15に示されるように、研究チームはまず、様々なサイズのモデルを様々なデータ量で学習させる予備実験を行いました。

 その結果、与えられた計算資源に対して、モデルの損失を最小化する最適なモデルパラメータ数と学習トークン数の間には、明確なべき乗則の関係があることを見出しました 。  

図15: CoMETモデルの最適化トレーニングはパワー法則に従う。固定された計算リソースと変動するモデルパラメータの数で実行されたトレーニング ランで達成された最小損失(左)。各isoFLOP曲線に対数スケールの放物線がフィットされ、 各曲線の最小点がダイヤモンドでマークされています。中央と右は、isoFLOP放物線の 最小点NoptとDoptが、対数-対数スケールで計算リソースのisoFLOPに依存して変化する様子を、べき法則のフィットで示しています。

 この発見は、単なる学術的な知見にとどまりません。これは、計算資源を追加投入すれば、性能が予測可能かつ体系的に向上するという、今後の医療AI開発における明確なロードマップを提示するものです。

 実際、図16が示すように、モデルの学習損失が低下するにつれて、30日再入院予測や糖尿病合併症予測といった具体的な臨床タスクの性能(PR-AUCやAUCROC)が滑らかに向上していく関係が確認されています 。

 これは、今後の開発において、学習損失を代理指標として性能向上を追求できることを意味します。  

図16: トレーニング損失が減少するにつれ、ダウンストリーム性能が向上します。私たちは、CoMET モデルの各モデルおよびCoMET-SとCoMET-Mのトレーニング実行から取得した以前のチェックポイントについて、当社の多様なダウンストリーム 評価で評価しました。CoMET-Lを除くすべてのデータポイントにシグモイド曲線をフィットさせ、シグモイド曲線の予測精度を評価しました。 これらのモデルを、より保守的なn = 20のシミュレーションを使用して評価しました。

優位性2: 比類なき汎用性

 78もの多様なタスクで示された強力なZero-shot性能は、医療AIにおけるパラダイムシフトを示唆します。これは、将来的に、一つの大規模な事前学習済み基盤モデルが、これまで個別に開発・維持されてきた何十、何百ものタスク特化型モデルを置き換える可能性を秘めていることを意味します 。

 これにより、医療システムにおけるAIの開発、展開、保守のプロセスが劇的に簡素化されることが期待されます。  

劣位性・限界点1: データへの依存

 COMETの性能は、Cosmosのような巨大で質の高い縦断的データへのアクセスに依存しています。このようなデータセットは世界でも稀であり、利用可能性や、学習データが特定の集団に偏っていた場合の公平性、バイアスの問題が課題となります 。  

劣位性・限界点2: トークン化の制約

 検査値のような連続値を離散的なトークンに変換する手法は、必然的に情報の精度を損ないます。また、事前に定義された語彙では、未知の医療イベントに対応できません。

 さらに、現在のモデルのコンテキストウィンドウである8,192トークンは、多くの患者の全医療履歴を収めるには短すぎるという制約もあります 。 


結論

 本稿では、医療イベントを生成して個別化医療に活用する基盤AIモデルCoMETをご紹介しました。CoMETはEpic社のCosmosという巨大な診療データ基盤から生まれ、1億人以上の患者の経験をもとに仮想的な患者未来像を描き出すことができます。

 従来の専門モデルと比べても遜色ない予測精度を示しつつ、単一モデルで幅広い課題に対応できる汎用性を持つ点で、医療AIの新たな可能性を示しました。これは、まさに「医療の未来を読むAI」が現実味を帯びてきたことを意味します。

 もちろん、現場への導入に向けては慎重な検証が必要です。AIが提示する未来予測をどのように医師が解釈し活用するか、誤った予測が出た場合にどう担保するか、といった課題もあります。

 しかし、電子カルテという宝の山から有用な知見を抽出しリアルタイムに個別患者へ還元するというCoMETのコンセプトは、今後の医療の在り方を大きく変えるポテンシャルを秘めています。

 事実、Epic社はこのCoMETを実際の医療機関で試験運用すべく動いており、2026年にはCosmos利用病院でその予測能力をテストする計画も発表されています。AIが医師や患者と協働し、より的確な意思決定や予防医療を実現する日も遠くないでしょう。


あとがき

 本稿では、Epic社が開発した医療イベント生成AI「CoMET」について、その技術的背景から実証結果まで詳しく解説しました。3億人の診療データから学習したこのモデルは、従来の専門特化型AIとは異なるアプローチで、包括的な医療予測を可能にしています。

 CoMETの登場は、医療AIが個別のタスクごとにモデルを開発する段階から、汎用的な基盤モデルを活用する段階へと移行しつつあることを示しています。

 ただし、実際の臨床応用においては、予測結果の解釈や責任の所在、データバイアスへの対処など、技術面以外の課題も残されています。AIは医療従事者の判断を代替するものではなく、より良い意思決定を支援するツールとして位置づけられるべきでしょう。

 本稿を通して得られたアイデアや知識が、あなたのビジネスに少しでも役立つことを願っています。もし、本稿が参考になったと感じていただけましたら、ぜひ「いいね」や「フォロー」をしていただけると励みになります。今後も実践的なノウハウやAI最新動向を共有していきますので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


注記
 
本稿は2025年8月に発表された研究論文を基に執筆しました。AI技術は急速に進化しており、本稿の内容は執筆時点での最新情報に基づいています。実務への適用を検討される際は、最新の技術動向と規制要件を確認することをお勧めします。


Appendix

Appendix A: CoMETで使用したCosmosデータセットの統計まとめ(患者数やイベント頻度など)
Appendix B: 評価タスクの詳細な結果表(各モデルの指標値を一覧化)
Appendix C: 複数トークンから成る医療イベントの生成妥当性検証(無効コード生成率の分析)
Appendix D: 医療イベントの出現頻度・共起頻度に関する分析(生成データと実データの比較)
Appendix E: 論文本文2.7.1節で触れられた追加結果
Appendix F: モデルのバイアスや公平性に関する検討結果
Appendix G: 疾患別アウトカム予測に関する追加結果
Appendix H: 評価に用いたデータセットの性質(患者集団の特徴など)
Appendix I: 疾患表現(フェノタイプ)に関する定義一覧
Appendix J: ベースラインとなるタスク固有モデルとの比較詳細


References

 本稿の内容にさらに深い関心を持たれた読者のために、参考文献をいくつか紹介します。

Kaplan, J., et al. "Scaling Laws for Neural Language Models." (2020). 
 
LLMの性能が、モデルサイズ、データセットサイズ、計算量の3つの要素に対してべき乗則に従って予測可能に向上することを示した独創的な研究です。本稿のCOMET研究におけるスケーリング則分析の理論的基盤となりました 。  

Hoffmann, J., et al. "Training Compute-Optimal Large Language Models." (2022). 
 
Kaplanらの研究を発展させ、多くの既存LLMがモデルサイズに対して訓練データ量が不足している「計算非効率」な状態であったことを指摘しました。与えられた計算予算内で性能を最大化するための、モデルサイズとデータ量の最適なバランスを示しました。COMETのモデルサイズ(S, M, L)はこの研究の方法論に基づいて決定されています 。  

Renc, P., et al. "Zero shot health trajectory prediction using transformer (ETHOS)." (2024).
 
患者の医療イベントの時系列をトークン化し、次のイベントを予測する生成モデルの有効性をゼロショットで示した先駆的な研究です。COMETのトークン化手法や、シミュレーションによる予測というアプローチに大きな影響を与えました 。  

Zhang, S., et al. "Exploring Scaling Laws for EHR Foundation Models." (2025).
 
医療記録データにおけるスケーリング則の存在を、MIMIC-IVという比較的小規模な公開データセットで初めて体系的に調査した研究です。COMETの研究は、この先行研究の仮説を、300倍以上の規模を持つ巨大な実世界データで検証し、確定的なものとした点で重要です 。   


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生成AI時代の羅針盤となる決定版。東京大学松尾・岩澤研究室が総力を結集し、生成AI最新動向を徹底解説。ChatGPT登場以降、急速に進化する生成AI技術の現在地と未来を、日本を代表するAI研究者たちが包括的に分析しています。
2025年3月刊行、技術の核心からビジネス活用、国内外の法規制、そして安全性に至るまで、今知るべき情報を網羅的に解説。AIエージェントやマルチモーダル化といった最新トレンドも押さえています。
生成AIビジネスに関わるすべての方にとって必携の一冊。激動するAI業界で確かな判断を下すために、信頼できる情報源です。












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