甘さ旨さも、遠回りの先に |【短編小説】
こちらは、RaMの創作ストーリーです。
本日の🍀nanohanacafe🍀のお客さまは、2人の子育て中のパパさん(再来)です。
完全フィクションのなんのはなしですか短編小説です。あまり重くならずに、お読みください。
あらすじ
言葉にならない思いを抱きながら、とある路地裏に佇むカフェ「🍀nanohanacafe🍀」へ向かう。
ここのカフェ店主の粋な計らいで、静かな甘さと、沁みわたる旨さを知ることとなる。
人とは違う道のりをたどる。遠回りの旅路の先にあったのは、今日を越えるための、ささやかな光だったー。

甘さ旨さも、遠回りの先に
今日は、早めに仕事を終わらせて、定時で退勤した。
家族には、今日は、帰りが少し遅くなることを伝えていて、了解をもらっている。
夫婦の決めごととして、月に1回、それぞれがリフレッシュデーを設ける権利を持っていて、今日が、自分にとってその日に当たる。リフレッシュデーを終えたら、いつもよりもちょっとだけ家事を頑張れる。お互いにそんな気がして、そういう制度にした。
今日の自分に与えられているのは、退勤後の4時間。日が変わらないうちに家に帰れば、そこは日常で、やらねばならないことが山積みなのだ。
その時の状況によって、実家にサポートを依頼することもあるが、今回は、週末ということもあって、妻と子は、妻の実家へ泊まりに行くことになっていた。どうやら、いとこも来るらしく、下の娘はとても楽しみにしていた。
上の子は、行かないんじゃないかな…。
息子は、相変わらず学校には行けておらず、家にいる。最近は、何でもない話が少しずつできるようになってきたけれど、未だにぎこちない。

今回は、誰の案内も借りずに、とある場所に向かった。
相変わらず人気のない路地だ。他の誰も、まさかこの先に素敵なお店があるなんて、思いもしないのだろう。
少し歩いていくと、散歩していると思われる黒猫が視界に入ってきた。
黒猫が歩いているということは、目的地は、こっちの方向で間違いないはずだ。
一軒のカフェの前にたどり着いた。
以前来た時よりも、店前に掲げられている看板の字が、🍀nanohanacafe🍀と、はっきりと見えた気がした。
ドアノブに手をかけて、開けようとする。
『あれ…開かない??』
今日は、店休日なのだろうかと思ったけれど、そのような張り紙はされていない。
さて、このまま帰るか。
それとも、さっき見かけた黒猫を探しに行くか。
せっかく楽しみにしていたところだけれども。
店の前で悩んでいたところ、後ろの方から声がした。
「あー、すみません。ちょっとお待ちくださいねぇ!!」
ひとりの男性が、走ってくるのが見える。
店主だ。
「いやあ。すみませんねぇ。もしかして、結構待ちました?なんだか予感がしたので、食材を調達しに行ったら、お店の人と話が弾んでしまって。ステキな方がいるんですよね。元気をもらえるというか。」
『なんのはなしですか…』
「ふふ。やっぱり、お客さんも、物好きですね。」
『えっ…?』
「どうぞ、お入りになってください。今日は、どんな気分ですか?」
『前回、ノンアルで済ませてしまったことが心残りで。一緒に乾杯したくて、今日定時で退勤してきたんですよ。』
「いいっすねぇ。そうかなと思いました。前回は、軽めでしたけど、しっかりお食事されていきますか?ちょっとお待ちいただければ、ご用意できますよ。」
『はい。よろしくお願いします。』
「承知しました。おかけになってお待ちください。ちょっと前より時間いただくかもです。すみません。」
『いえ。今日は時間があるので、全然大丈夫ですよ。』
店主と話をしたくて、お店に来たのだから、店主にも座ってもらいたい。
カウンターではなく、テーブル席を選んだ。

今日ここに来たのは、気分転換をしたかったからだ。
春は、いろいろと忙しい。
何よりも、感情面が揺さぶられることが、一番しんどい。
自分に期待するのは、まだいい。その期待のベクトルを、自分ではない誰かに向けてしまうことは、あまり功を奏しないということは知っていても、応援という名の期待をしてしまう。
子に変な期待を持ってしまい、それがプレッシャーになっているのではないかと思うと、しんどくなるのだった。
でも…これも全て、本人に確認したわけではなくて、勝手な想像だということを、自分で気づいている。
こんなことを一度考え始めると、思考は止まらなくなる。
考えたくない一心で、家でもお酒を飲む事が増えた。ただ、身体は年齢相応に反応していて、消化が遅くなってきている実感がある。少し控えなきゃな…と思いつつ、やめられない。ひとりで飲むのもいいけれど、家でない場所で、誰かと飲むのは、適度に緊張感を保てるから、いいのではないかと考えた。

この店では、前回も、完全にお任せでオーダーをした。何が出てくるかは、その時までのお楽しみなのだが、カウンターの方から香ってくるもので、心まで刺激されるようだ。
より、お腹が空いてくる。
「お待たせしましたね。後で、お食事ものを出そうと思っていますが、とりあえず乾杯しましょうか。」
そう言いながら、店主が運んできてくれたのは、キンキンに冷えたビールと枝豆、お豆腐といったお通しだった。
「枝豆は、ガーリックオイルで炒めてます。お豆腐は、水切りをして、オリーブオイルと岩塩をかけてます。このお豆腐を買うのに、行ったお店で、ステキな出会いがあったのですよ。これがですねぇ…。あ…そんなことより早くって顔されていますね。まずは飲みましょうか。乾杯。」
『ありがとうございます。乾杯』
乾杯の挨拶と共に、コン、とジョッキが触れ合う音がした。
はあ。仕事終わりのお酒は、なんて美味しいんだろうか。この瞬間のために働いていると言っても過言ではないくらいだから、幸せな時間であってほしい。この時だけは、いろんなことを頭の隅という隅に追いやって、目の前の物だけを見るようにしている。
店主に促されて、料理にも手を伸ばす。
枝豆は、ビールに合う濃い味だ。この類は、手が汚れる前提で食べるけれど、指先まで美味しくなるから、お酒が進む。酒飲みをだめにしちゃうやつ。
オリーブオイルと岩塩なんて、自宅で豆腐を食べる時には使わないおしゃれな装いだ。お豆腐の下には、ポン酢で合えられた新玉ねぎのスライスが敷かれていた。先に食べた枝豆とは打って変わって、素材そのものを楽しむタイプの料理だと感じる。興味深くて、次々と口に運んでいったら、あっという間にビールも料理もなくなっていた。
ビールが無くなりそうな頃合いを見計らって、店主が立ち上がり、次の料理の支度を始めながら、「お味はいかがですか?」と尋ねてきた。
最初のお通しだけ見ても、この店で提供されるものは、間違いなく美味しいということは、知ってい
る。
『美味しいです。きっとこの後出てくる料理たちも、美味しいことを知っています。』
「期待に応えられたら、と思うんですけどねぇ…。戦略はないので、どうだか。」と、店主は自信なさげにつぶやきながらも、厨房の方からは、良い香りが漂ってきている。
店主が1枚のドリンクメニューを持ってきた。
店内にあるものが書かれているらしい。
アルコール欄は、ビールかハイボール、ワイン(赤・白)、レモンサワーと、割とシンプルなメニュー表だった。
ハイボールをお願いすることにした。
ふと、店の入口付近に座っている黒猫に目を向ける。あくびをしながら、入口の先、しかも遠くを見ているように見えた。

絶妙なタイミングで、ハイボールとミックスナッツが入った小皿が運ばれてきた。少しつないでいて、ということらしい。
その後、数分して、鶏肉と野菜のオーブン焼きと共に、店主がテーブル席に戻ってきた。
「お待たせしちゃいましたね。ちょっと春を感じたいと思って、春野菜のグリルをご用意しました。春とはいえ、まだ朝晩は冷えますよね。じっくり火を通しているので、キャベツの甘さを感じていただけると思います。新玉ねぎは、火を通してもおいしいんですよ。塩コショウで味をつけておりますが、味変のソースも3種類ご用意しています。一番左は、大葉のジェノベーゼソース、真ん中は柚子胡椒マヨネーズソース、一番右は完熟トマトを使ったミートソースです。おつまみに、モッツァレラチーズも置いてますので、組み合わせて食べてもらってもいいですよ。どうぞ、お気に召すままに。」
鶏肉も美味しそうに焼けているが、おすすめされたキャベツを口に運ぶ。甘い。新玉ねぎも、美味しかった。振りかけられている塩のおかげもあってか、野菜の良さが際立っている。
生で食べられる程の新鮮な野菜を、ひと手間かけてもらって食べるのは、なんて贅沢なのだろう。
鶏肉がなんともジューシーで、ものすごく満たされる味だ。普段から食べているような食材なのに、何かこう、違うように感じる。
ここでは、何を食べても、間違いないのだ。
店主とたわいもない話をしながら食事をした。その内容の殆どは、覚えていない。話した途端、その内容は留め置くこともなく抜けていく。お酒も入っているからなのか、それは、心地の良い抜け感だった。ふと、気になったことを店主に尋ねた。
『あの…なんでこの店は、お客さんが少ないのでしょうか?こんなにおいしい食事が楽しめて、とてもいいところだと思うんですけど。』
店主が、口角を上げた。それは、初めて見た表情だった。
「ありがとうございます。あなたが、そう思えたのは、まるで奇跡のようで、うれしいです。でも、どうしてだと思われますか?」
不意を突かれた。まさかの、逆質問が来た。
『そうですねぇ…。』
この店に最初に来た日のことを思い返してみる。
あの日、子どもとの関係に、仕事も行けないほどに思い悩んでいた。そんな時に、黒猫が近づいてきてくれて、寄り添ってくれたっけ。その黒猫にもう一度目をやると、自分の目の前でたそがれている。夕日を見る女性の姿のようにも見える。近すぎでもなく、離れるでもなく、適度な距離感で、ただそこにいるといった感じだ。
道端を歩いている黒猫を見かけただけなら、なんでもない日常だ。そこから、黒猫に導かれるがまま、この店に入った。
まず、この出逢い方が異質だった。
普段の自分なら、ここでよくわからない黒猫の後を追ったりはしなかっただろう。しかも、黒猫から「ついてきて」など言われたわけでもない。
あの日の自分は、どうかしていた。
しかも、誘われるがまま、怪しいお店に入店して、店主からお酒まで勧められていた。
関係がまだ浅い、というか出会った直後だというのに、自分の好みに合う料理と飲み物をいただき、話も聞いてもらって、心がふわっと軽くなったのだ。
家に帰ってからも、その心の余裕が少し持続していた。この変化は、自分にとって、「また来たい」と思わせる、立派な理由となった。
自分のことはわかったけれど、これは、あの問いの答えになるのだろうか。うまい言葉が見つからない。何と表現していいかわからないけど•••
『自分が、一歩踏み出して、体験したから…ですかね。初めてやってみるということも、ハードルが高いですが、その次は、さらにハードル高くなりますもんね。行った先で、いい体験をしないと、なかなか、またあそこに行こう!って、ならないです。ここでいっか。ではなく、ここがいい!と思えることとか、そんな場所があるって、大人にも必要ですよね』
「そうですね。誰にも合う合わないはありますけど、自分が楽しいと思えることは、素直に従ってもいいんじゃないかなと思うんですよね。」
『今、家からあまり出られていない子がいるんですけど。どうしても、環境が変われば…季節が変われば…と、期待しちゃうんですよね。それが、プレッシャーになるということもわかってはいて。毎日、何もやってないように見えて、そのハードルをなんとか越えようともがいているのかなと思ったら、一緒にそのハードルを避けて、遠回りできる道を探しえみようよ、って言える気がしました。』
少し間をおいて、「なるほど…」とつぶやいた店主が、話を続けた。
「こちら🍀nanohana cafe🍀では、どんな歩みでも受け入れるし、応援する場所なのでね。正解は、その人が持っていると思うので、他人の私がどうこう言えるものではないですけど。でも、1つ言えるのは、遠回りでも、毎日生きている。そのことが、大切なんじゃないですかね。生きていれば、未来があるじゃないですか。私は今も遠回りしながら、ふらふらしてますけど、でもそのおかげで出逢えるご縁もあったりするのですよ。いいものだったりします。」
ま、私はまだ咲いてもないけどね…と、店主がつぶやいたのは、気のせいだったかもしれない。
テーブルの上に乗っていた食事と飲み物が全て空になったところで、お暇することとした。
『ありがとうございました。いい時間を過ごすことができました。』
「それは何よりです。またのお越しをお待ちしておりますね。もしよければ、お子さんも一緒に連れてきてくださいよ。誰か第三者がいることのほうが話しやすいこともあるかもですよ。」
『確かにそうですね。今度誘ってみます。ありがとうございました。』
「その子も、もしかしたら、この店に用事があるかもしれませんしね。」
『えっ???』
「ふふ。なんでもないです。ありがとうございました。お気をつけてお帰りください。」
お代を払って、店を後にした。
出口には、黒猫が座っていて、まるでお見送りをしてくれているかのようだった。
『今日も、美味しくて、良い時間だったな。』
すっかり暗くなり、星が輝き始めた空を見上げながら、思った。
来た道をたどり、家に向かうまでに考える。
自分が、家族のためにできることは、何なのか。
口に出すことが、全て良しということでもないし、かと言って言葉にしないと伝わらない。
家族というものは…
人というものは…
なんて複雑で、難しくて、奥深いのだろう。
自宅に到着し、鍵を開けて家に入る。
玄関には予想通り、息子の靴だけ置いてあり、出かけずに在宅しているということだけがわかる。
おそらく起きているであろう、息子の部屋に向かって、「ただいま」と小さく声をかけた。
もちろん返事はない。
落ち込まないといえば、嘘になるが、もしかしたら声にならない声で何らかを発しているかもしれない、と都合よく受け取ることにする。
どんなに遠回りしても、どんなに時間がかかる方法でも。
それぞれの子に必要な時間であれば、ちゃんと大切にしたい。
季節によって、野菜の旬があるように。
毎日、どんな時間も、良い人間でいることは難しい。
抜く時間は、誰にでも必要だし、その時期があるからこそ、甘さや旨さにも気づくことができるのだ。
この時間は、息子にとっても、父親でありひとりの人間である自分自身にとっても、この家族が家族であるためにも、きっと意味のあるものになる。
そう信じている。
そんな未来の扉を開くために、今できることは何だろうか…と考えながら、洗濯機を回す準備を始めた。
甘さ旨さも、遠回りの先に
《了》
月1開店している🍀nanohanacafe🍀。
これまでの物語は、下記マガジンに収容しております。
noteの街に、こそっと生まれた不思議な喫茶店で起こるお話の集合体。ご入店の合言葉は、「#なんのはなしですか 」です。
前回のご来店は、こちら。
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