慣れない場所で、自分をすり減らさないために決めた、たったひとつのこと
同じ条件で始まる日は、ひとつもない。
とりわけ、新年度の四月はそうだ。始業前から、空気が少し張りつめている。
これまでにうまくいったことが、今日も通用するとは限らない場所で、わたしは働いてきた。
行く先々で出会う人も、その日に求められる役割も、その場に流れる空気の温度も違う。扉を開けた瞬間に聞こえてくる声の大きさや、忙しさの気配だけで、その日の景色は、過去のそれとはまったくの別物になっていることに気付かされる。次々に変わる状況に合わせて、頭の中で優先順位を組み替える朝も、少なくない。
その空気の違いを肌で感じるたび、わたしの心は、少しずつすり減っていく。
わたしは、変化と向き合いつつも、相手に自分の基盤の揺らぎを悟られないように、自分の職務を遂行しなくてはならない。気づけば、必要以上に肩に力が入り、呼吸を忘れて、次の動きを考えている朝もある。
そんな変化の中で、自分をすり減らさないために、たったひとつだけ決めていることがある。
それが、呼吸をすることだった。
その場に立てば、求められることに応えようと、自然と動けてしまう。
周りの空気を読みながら、今何を優先すべきかを考え、目の前のことをひとつずつこなしていくことも、なんとなくやってしまっている。
けれど、その無意識の頑張りは、音もなく、少しずつ身体に現れていく。
張りつめていた緊張の糸がふっと緩んだその瞬間に、頭の奥がずきりと痛む。その場で急いで頭痛薬を飲み、一時的に痛みは和らぐ。
薬が効いて、通常の働きができるようになっても、緊張と責任で、肩や首は凝り固まり続けている。
忙しさの中では、自分の身体の不調さえ、ごまかせてしまう。
休日になってようやく、自分の身体の重たさに気づくことも、わたしには、よくある話だった。
一生懸命になっている時ほど、わたしは、呼吸ができていない。
目の前のことに必死になるあまり、気づけば息は浅くなり、身体の隅々まで酸素が行き渡っていないような感覚になる。
小さく、些細なことであっても、積み重なると、わたしの中に起こる違和感は、想定以上に大きくなっているものだ。
変化についていけず、心が大きく揺さぶられた時。
以前の私は、そのまま前に進もうとしていた。
ただ、今のわたしは、違う。
人目の少ない場所にそっと身を置いて、いったん目を閉じる。ふぅーっと、身体の奥にたまっていた緊張ごと吐き出すように、深く息を吐き切る。そこから、すぅーっと静かに息を吸い込む。
数回、ゆっくりと呼吸を繰り返していると、少しずつ脳内の靄が晴れるような感じがする。押し流されそうになっていた思考が落ち着き、今、自分が何をするべきかが見えてくる。
慌てて答えを出すのではなく、まず自分を自分の場所へ戻す。
これこそが、大切な一歩だった。
意識せずにしていたはずの呼吸を、あらためて見つめ直してみる。
ありきたりな「呼吸」を丁寧にするだけで、私はいつでも原点へ戻ることができるのだと気づいた。
わたしが見つけた小さな呼吸は、どんな時でも、自分を見失わないための拠り所になった。
誰にも気づかれないほどの、ほんの数秒。耳の奥には、自分の呼吸だけが静かに響いている。その「余白の呼吸」が、わたしをすり減る一歩手前で守ってくれるのだ。
今日も、外に出る前に、ひと息つく。
自分の一日を、静かに歩んでいくために。

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