思い出した3人の影の濃さで、時間の経過を思い知る
先日、とある作品を読んでとっても感銘を受けて、感傷に浸っていたんだけれど、少しずつ心がざわめきはじめた。
恐る恐るそのざわめきを覗いてみたら、とある3人の男性の姿がぼんやりと見えてきた。
この3人のタイプは、全く違うことは覚えている。この記事を書き始めた段階では、その方の顔はほぼ見えない。影だけ。わたしの中で、それだけの時間が流れていったのだと気づいた。
そのうちの1人がいちばん書きやすい(いろんな意味で被害が少ない)と判断して、ちょっとだけ、思い出に浸ってみることにした。
ほぼ実話に近いお話です。思い出消化のために投稿します。
自慢をしたいとか、マウントを取りたいとか、そういうことは一切ございません。
これから書くことは、どこか自分ではない時期のもので、どちらかといえば、わたしにとって傷つきの部類。これを語れるようにまでなったのだという、わたしの心の寛解具合だと言うことを付け加えておきます。
さすがに全てをあからさまに書くのは違うかなと思い、ある程度脚色を加えています。
ここから書くわたしの属性を書いておく。
この後、人生経験が格段にアップ する機会に恵まれた させられる出来事が重なったから、今のわたしとは違うように感じられる部分もあるかもしれない。
でも、いろんな出来事のおかげで、メンタルはそこそこ鍛えられて、今日もちゃんと生きている。
この3人に出会った時は、いずれも、彼(今の夫)と交際中である。ただ、遠距離期間もあったし、バイトやら仕事やらといったその時のメインのものたちに、かなりの時間を費やしていたから、わたしから交際関係の雰囲気は感じられなかったのかもしれない。さらに、聞かれたら答えるけど、あまりプライベートは語らない主義だったので、謎に包まれたタイプだった模様。
基本的に断れない。当時は、関係性的に断るのが怖かったというのもある。
男性が相手だから、猫なで声で話していたわけではない。特に、電話対応中やインカムマイクで話す時は、相手が少しでも聞きやすいようにと思い、声を変える。こればかりは、仕方ないんだ。
身長が低めだから、たいていの人に対して見上げることになる。別に、上目遣いをしたいわけではない。そんなことより、長女としてちゃんとしていることを求められながら育ったからか、人への甘え方は知らなかった。
人に対して、とりあえず良く思われるように振る舞うことが多かった。それは、反射的であり、無意識のうちにやっていた。これが、人付き合いの基盤にあったために、こんな事態になっていたと、今となっては思う。
大学時代、ズボンは一切履かなかった。なぜなら、スカートしか持っていなかったから。まだ若かったので、ミニ丈にニーハイ。今考えると、そこそこやばい。若いって、それだけで無敵なのかもしれない。バイト先には、制服があったので、着替えのしやすさを考えると、スカートは好都合だった。
ということで、本日の記事で挙げるのは、大学生時代のバイト先の社員だった方。
大学卒業と共に離れ、もうすでに干支が一周以上経過しているから、今この方がどこで何をしているかは、知らない。

アルバイトを始めたのは、19歳になりたての春。
生まれて初めてのアルバイトだった。
それまでは、親の仕送りで生活していたのだけれども、彼がやたらとお出かけしたがるが故、人と付き合うのはお金がかかるということを思い知った。さすがにバイトしないとな…と思った。
社会のことを、なんにも知らなかった。
そんなわたしが、まさか飲食店(居酒屋だと思っていたけど、当時の店長によると、あくまで飲食店らしい)の店員になるとは思ってもいなかったのだけれど、ご縁があり、約3年間働かせていただいた。
当時、男性の店長、片平さん(仮名)が面接をしてくれた。
鈍くさいわたしがなぜ採用されたのかはわからないけど、アルバイト採用の連絡が来た時、とても嬉しかったことを覚えている。
アルバイト先に入っての第一印象は、アルバイトの方たちの仲の良さだった。
そして、さらに驚くことに、人が良いだけでなく、容姿も驚くほど良かった。
男子も、女子も。
さらに驚くことに、どの先輩も仕事ができる方たちばかりだった。
片平店長の人を見る目が、ずば抜けているということなのだと察した。
この状況により、田舎から来た右も左もわからないような小娘のわたしが、なぜ採用されたのか、さらにわからなくなった。
片平店長は、忙しいはずなのに、いつも余裕そうだった。
タバコを吸いながら、事務スペースでアルバイトたちと談笑している姿が、今でも脳裏に浮かぶ。社員からも、アルバイトのみんなからも信用されていた、かっこいい大人の男性だった。
少しずつバイトにも慣れてきたある日、店長の異動が発表された。
全国チェーンだから、もちろん異動はあるのだけれど、意外な赴任地だった。
送別会はしんみり…とまではならなかったけれど、片平店長も、これまで一緒に頑張ってきたみんなも、どこか切なげな様子で、もれなくわたしも寂しかった。
当時社員だった女性が店長に昇格し、その社員枠に新しく異動してきたのが大川さん(仮名)。
細身の男性で、背筋をきれいに伸ばして、静かな歩き方をする人だった。
この大川さんこそ、今回わたしの脳裏に浮かんだ1人目の男性である。
前段が長くなりすぎて、申し訳ないです。。。でも、片平店長は恩人ではあるので、ちょっとだけ触れさせていただきたかった…。
チェーン店とはいえ、このアルバイト先の店舗は、ちょっと高めの居酒屋飲食店として展開されていた。
ただ、食べ放題もあって、ホットペッパー等のクーポンも準備していたから、若年層も来ることがあり、お客さんの層がとにかく多様だった。
わたしは、他のアルバイトとは違い、混んでる日にバイトに入りたくなかった。
みんなからは、「暇な方が、イヤじゃない?」と不思議がられたけど、こなせる自信がなくて、避けていた。
マンパワー不足の連絡が来た時だけは、重い腰をあげてシフトに入っていたけれど、そうでなければ入りたくなかった。
居酒屋の日曜日は、祝前日でない限り、ピークの終わりも早く、しんどくないことが多い。そうこうしていたら、気づけば、わたしは日曜日の女王に成り上がっていた。
このあたりを話すと長くなるし、脱線にもほどがあるから、ここでは割愛したいと思う。
わたしの筋力不足を見抜かれたのか、響かない声量のために大人数でのご予約層の対応ができなさそうと不安にさせていたのか…
わたしに当てられるポジションは、店の入り口でのお客さまのお出迎えと案内係、電話対応と会計(レジ)が多かった。
このポジションのことをレセプションと言い、『レセ』と略して呼んでいた。
レセになった日のわたしの仕事は、こうだ。
エレベーターでお客さまが上がってくる。
「いらっしゃいませ」と声をかけて、ご予約のお客様かどうかを確認する。
人数を確認した後、どの席へ案内するのかを決め、担当者に引き継ぐ。
「ご新規3名様、Dゾーン、32卓にご案内します。Dゾーン、32卓です。」

ずっと立っています。
インカムマイクに向かって伝えると、そのゾーンの担当者、もしくは動ける人が入り口の方まで、お客様を迎えに来てくれる仕組みとなっていた。
つまり、全員が対応中というような状況でなければ、レセ担当者がそのポジションから離れることはない。
そして、わたしは、そんな忙しいタイミングでシフトに入ることはほぼ稀だったので、わたしは確実に所在がわかる場所に置かれている、ということ。
そして、シフトに入ったその日のアルバイトたちのポジションを決めるのが、大川さん始め社員の役割だった。
わたしは、自分が接客に向かないから、レセにつくことが多いのだと思っていた。
でも、バイトの人たちから言われたことは、違った。
「レセだと、声たくさん聞けるし、会計とかで行けば会えるわけだし。置いときたいよねぇ〜。」
…?!
一部のメンズから、インカムから発されたわたしの声が癒やしだと、噂になっていたらしいことを知った。
「いやいや、そんなことある?コアな人もいるもんだ。」と、当時のわたしは大真面目に思っていたわけだけど。
今残っている当時のかすかな記憶を辿ってみると、確かにその社員からは、ちょっかいをかけられることは多かったし、実際にプライベートで飲みに行ったこともある。
わたしが仲良くしていた女性の先輩と3人のこともあったし、何がどうなってそうなったか分からないけれど、2人で飲んだこともあった。
人見知り×コミュ障なわたしは、社員と何を話していたんだろうかと思い起こそうとしたけれど、そのあたりはまったくと言っていいほど記憶がないので、覚えている必要がないほど、なんてことない話だったのかもしれない。
もし万が一、相手にその気があったとしても…こちらにはそんな気が全くないものだから、失礼極まりない話である。
バイト中に置き手紙されて、ちょっかい出されながらもなんやかんや仲良く遊んで(←ちゃんと仕事しなさいww)、数回飲みに行ったくらいで、その他に何があったわけでもないけれど。
こうやって、誘われたものは拒まずに行くから、ちょっとした勘違いはきっと生まれやすくて、好意を寄せられやすいタイプだったのかもしれない…と、今振り返って思う。
大学卒業と同時に、楽しかったバイト先も卒業した。
その社員とは、卒業後一切連絡を取っていないし、今どこにいるかもわからないけれど、たまに、元気かな?と思うことはある。
表情を、かすかに思い出せるくらいの記憶だから、もしも今、どこかですれ違ったとしても、気づけなさそうだけど。
生活、落ち着いているといいなぁ。
幸せになってくれているといいなあ。
相手にそんなことを願うくらいだから、わたしも嫌いというわけではなかったのだと思う。
ただ単純に、そういう対象ではなかった、というだけ。友だちのような、先輩のような感じだったのかもしれない。
バイト先の卒業生がもらう恒例の色紙は、みんなが協力しあって作っていた。
飲み会とか花見とかイベントはよくやっていたから、写真が盛り沢山。
まるで、卒業アルバムのようだった。
心がこもっているものだから、なかなか捨てられなかったそれが、実家に置きっぱなしになっているのを、昨年の夏に見つけた。
せめて、写真だけでも撮ってきたら良かったかな。
今度帰省したら、もう一回目を通して、思い出に浸ってこよう。
やっぱり、手書きの文字っていいよね。
なんのはなしですか
キラキラしていて、自由だった大学時代に戻りたいとはあまり思わない。
なんだかんだ言って、今が一番暮らしやすいと思う自分がいるから。
わたしは、いつの間にか、かつての誰かわからない自分を卒業して、自分を生きる道を進めているのかもしれない。そう思ったら、この春も悪くはないなあと感じた。
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