あたたかさに包まれて、成長できた日々だった【モノカキングダム2024感想】
12月のnote風物詩『モノカキングダム』。
※風物詩は、RaMが勝手に言っています。笑
ついに結果発表が行われましたね。
入賞されたみなさま
本当におめでとうございますっ🎉✨
結果を受けて、知っているお名前がたくさんあって、嬉しくなりました。
もう納得の結果と言う感じです。
心からの、おめでとうございます🙌
を届けたいと思いました💕
そして、結果に関わらず、
モノカキングダムに関わったすべてのみなさま
お疲れさまでした👏
そしてそして、もっと大切なことを。
わたしの作品に、貴重な一票を贈ってくださった方。
その一票にかけたお気持ちの重みを、しっかりと両手で受け取りました。
本当にありがとうございます💐

さて、ここから、今の気持ちをつらつらと書いていこうと思います。
メンバーシップ書く部に所属しながら、企画に参加させていただいたので、ここは誠心誠意向き合わないと、と思いまして。
本日の書く部のお題にもなりましたし、いきますよっ。
RaMというひとりのクリエイターにとって、
モノカキングダムとは何だったのか?

モノカキングダムの醍醐味は、作品をエントリーして、選考までできることですよね。
これは、書くも読むも、どちらもしんどかったー。
正直、どの作品にも投票したかった…。
読めば読むほど、しんどくて。
書けなくなりそうで。
だから、自分が投稿を終えるまで、あえて読まないと決めました。
怖かったから。(←ただのチキン疑惑。笑)
なんで怖いかと言えば、それだけ書くことと向き合うことに真剣になってきたのだろうと思います。
真剣に、まじめに、向き合うことは、こわいです。勇気が必要です。
今回のモノカキングダムは、初挑戦でした。
本当は、エッセイでいくのは、いろんな意味でしんどいと思っていました。
それなのに、なぜわたしは自分の過去を書くという選択をしたのか。
モノカキングダム期間を通して、
過去のわたしを超えたかったからです。
だめだと思って自己否定してきた過去の自分を許したかったからです。
この言葉や声が響くのは、少数派だろうと思います。
なかなか言語化が難しい生きづらさだと思います。
そんな中でも、たくさんの方に読んでいただき、スキをいただいて、さらにコメントまでいただけて。
こんな、少数派と受け取れる言葉に耳を傾けていただけたこと。
とても幸せだと思いました。
わたしが自分のために書いただけでは、過去の自分を超えられても、自己否定してきた自分を許せませんでした。
許せたのは、読んでいただけて、受け取っていただいた、あなたがいたからです。
このあたりで、いい記事として選ばれたいということ、目標ではなくなってしまいました。
もちろん、いい記事として選ばれたいという思いで書きましたし、願いこそありましたけれど、エントリーされた作品を読んでいる時点で、気づいています。
いい文章って、読ませることで、情景や心情も全てを、言葉に乗せて魅せてくれるんだな、ということに。
そこで、自分の記事に立ち返るとですね。
人に読ませる力が、まだまだでした。
エピソードが弱い。
どうしても抽象的になってしまって、これ!という一文を残せなかったのです。
いい文章として、認めてもらいたい。
とはいえ、全方位をカバーすることなんて無理。
わたしは、ほっそい直径1センチほどの円型の穴を通る人にしか見られないかもしれないし、振り向いてもらえないかもしれないけれど、モノカキングダムの前と後では、RaMというクリエイターの何かが違ってきたと感じています。
そうそう。
わたし初めてちゃんと悔しいって感じることができたんですよ。
悔しいを感じられるくらい本気になれたってことは、感情が平坦だった過去のわたしから見たら、とってもすごいことなんです。
一歩以上の成長をできたかもしれない。
そう思いました。
だから、これからも書きます。
楽しいこと。
悲しいこと。
うまく言い表せないこと。
こころの声を言葉にして、届けたい。
わたしの最終的なゴールに向けた歩みは、まだ始まったばかり。
いただいたスキの数も、コメントも、記事でのご紹介も。
一度でも目を通してくださった方も。
モノカキングダム2024の経験は、宝物です。
関わってくださったすべてのみなさま
本当に、ほんとーに、ありがとうございました!
モノカキングダムとは何だったのか?
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