愛の醸成
身体が弱く、運動音痴。
人付き合いには常に強い緊張が伴い、等身大の自分というものをひた隠しにしていた、ひとりの少女がいる。
交流は、浅く狭く。
浮かずにその場にいることさえできれば、それでいい。
その場しのぎな人間関係では、ライフステージが変わるごとに、交友のつなぎ目もあっさりと解かれてしまう。
人間関係の質を求めず、「愛」という言葉は知っていても、その意味に実感が伴わないまま、20代半ばまでを必死に生きていたひとりの少女が、本当の愛を知るまでのお話をさせていただきたい。
2008年。
「人の役に立ちたい」という漠然とした願いを持ったひとりの少女は、心理学や福祉について学ぶことのできる大学へ進学した。
少女にとっての「人の役に立つ」とは、自己犠牲による奉仕だ。
自分の一部を切り売りしてでも、アンパンマンのように、人の役に立ちたかった。
アンパンマンには、自分の一部を相手に分け与えた分を補給してくれる存在や、協力し合える仲間がいて、スムーズに回復できる一方で、この少女の場合は、そんな回復アイテムを持ち合わせていなかった。
回復するために、ただひたすら自分の殻にこもる。この方法は、時間がかかるだけでなく、切り売りした部分が元に戻ることはない。
どう見ても継続性のないことは明らかなのだが、少女にとっては、自己犠牲の奉仕という概念以外を知らず、誰かを頼ることさえ、選択肢になかった。
夢を抱いて、学び始めた半年後。
等身大の自分を見ることができずにいた田舎者な少女は、2歳年上の男子大学生と出会った。
出会ってすぐに、距離感を縮めてくるこの男子大学生は、今までに出会ったことのない人種だった。
若さ故の髪色に、アルバイトリーダーとしての仕事や、男女混合グループでの飲み会。いずれも、わたしは経験したことがない話ばかりだった。
この男子大学生は、少女とは噛み合わない容姿や話題ばかりなのに、交際までに時間がかからなかったのは、少女の若さ故の軽薄な判断だったのかもしれない。
相手のことを信頼できなかった少女が、彼と関係を深めていくまでには、しばしば困難が起きた。
少女は、等身大の姿を見られることを恐れて、何度も離れようとした。
それでも、彼は諦めなかった。
じっくり様子を窺い、
ただただ待っていた。
待って
待って
待った
「いつか来る」という確証もない、その時が来るのを、辛抱強く。

解けそうになった糸を、何度もつなぎ合わせた。
10年の月日を経て入籍し、さらに1年2ヶ月後に式を挙げた。
幾度となく、彼の「待つ」愛は発動された。
全てにおいて、時間がかかるヤツだった。
田舎者で世間知らずな少女だったわたしは、「人の役に立ちたい」という志はそのままに、今では、福祉職としてのキャリアが、10年を超えた。
明るい長髪の見た目かなり陽キャだった彼は、わたしの最大限の理解者である夫として、社会人の先輩として、今も一緒に暮らしている。
彼が、わたしの等身大な思いをありのままの形で受け取ろうとしてくれた日々は、わたしの他人に対する信頼度を深め、価値観までも変えた。
これを「愛」と呼ばずに、何と呼ぼうか。
***
「愛」とは…
目に見えないものだからこそ、それを受け取りたいと思う意思が、必要なのかもしれない。
「愛」を受け取る受容体である自分自身も含めて、人生をかけて、醸造していくことができるものなのだろう。
「愛」を受け取れるようになった今のわたしを、わたしはようやく好きになれた。
この「愛のバトン」を、未来へつないでいく任務ができた。
積み上げてきたこれまでの時間と愛の深さに、感謝の花束を捧げ、未来の自分へ託すことにしよう。


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