乗り越えた挫折体験は、自分の生きるカタチ
失敗が怖くて怖くてたまらなかったあなたは、緊張も強くて、だいたい試験本番に実力が出せないタイプ。
模試とかだとうまくいくのに、試験会場に行った途端まるで人が変わったかのように解けなかった。
規模が大きい大学受験の怖さは、もう尋常じゃなかった。
試験本番に強くないというのは、高校受験の時も、英検の実技試験の時も、同じく感じていた。
中3の三者面談で、第一志望の高校を受験したいという意思を伝えた時。まだ合格ラインまで達していなかったからか、担任から首を傾げられた。それでも、両親と同じ高校を卒業したいという謎の使命感で、勉強を頑張った。そんなプレッシャーがありながらも、第一志望の高校に合格できたあの受験は、きっと奇跡だったのだと思う。
話が逸れたので、戻そうか。
雪が降る中、センター試験(※現在の大学入学共通テスト)の会場に向かい、受験番号の書かれた部屋に入室すると、同じく受験をする生徒たちがごまんといた。ここでみんなが同志だと思えたらよかったのだけれど、みんな勉強を頑張ってここに来ているんだ…と思ったら、どんどんネガティブ沼にはまっていった。
寒いはずなのに、手には汗をかいていた。
まわりが自信に満ち溢れているように見えて、萎縮してしまった。
家庭の事情があり、近隣地域の国公立大学への進学をするように、と言われて育った。だから、その第一関門であるセンター試験での失敗は、許されなかった。
そのはずだったんだ。
試験日のことは、試験会場に入室した時までのことしか覚えていない。
他にはっきり覚えていることといえば、試験前日に、初孫だったわたしへ祖父からの激励の手書きメッセージが届いたことと、自己採点後に泣き崩れたこと。
自己採点結果を見て、第一志望としていた国公立大学への受験は、叶わなくなった。父とも喧嘩した。担任からも期待されていて、ちょっと呆れられたように感じた。
自己採点結果だけでもかなり凹んでいたのに、身近な人の期待に添えなかったことも、わたしをかなり落ち込ませた。
当時の担任は、生徒たちからは〇〇様と呼ばれていて、ちょっと厳しい、いろんな意味で印象強めな女性の先生だった。
高校の先生としての評価も、国公立大学への進学率で決まるとかなんとかで。だけど、田舎出身者としては、関東のまあ名の知られた私立大学への進学を目指す子が圧倒的に多くて、そもそもクラスに国公立大学進学希望者が少なかった。
結果として、滑り止めの国公立大学を受験しつつ、私立大学を第一志望にシフトした。
第一志望の私立大学は、合格した。
滑り止めの国公立大学は、当然のように落ちた。二次試験の願書こそ出していたものの、受けにさえ行かなかった。
祖父は、わたしが受験に失敗して落ち込んでいると思ったのか、最初で最後の家族旅行を企画してくれて、みんなで沖縄に行った。
このきっかけとなったのが、大学受験失敗ということにちょっとだけ傷ついていたけれど、生まれて初めての飛行機と初めて降り立つ地で感じる空気の新鮮さを体験できたことは、いい気分転換になった。
沖縄から帰った翌日は、バタバタと引っ越しの準備を終え、翌々日には、実家を出て、ドキドキのひとり暮らしとともにキャンパスライフがスタートした。

時は経ち、現在。
社会人になってから、干支が一周以上してしまったタイミングで、この受験エピソードについて振り返る。
今、言うなれば専門職として、働いている。
それも、親の言われるがまま国公立大学に入っていたら、きっと出会えていなかった資格だ。
夢を見つけられず、現実と相手の顔色だけを窺ってきた学生時代。
家から一歩出て、「せっかく学費をかけて大学に入ったなら、何か資格を取ろうかな…」というなんとも軽いノリで専攻した分野。
その軽い思いつきが功を奏しているとは、過去の自分は、きっと想像していないだろうと思う。
試験に対する挫折が心の奥でくすぶりながらも、資格試験をなんとかクリアして、大学を卒業できた。
職場や領域は変わりつつも、その資格を記して働くことができていることは、今でも信じられない。
こうして見ると、センター試験+国公立大学受験に失敗した挫折から、人生の風向きが変わったことは、間違いないのだと思う。
最後になりますが
メッセージを届けたい人がいるので、この場をお借りします。

緊張と不安と恐怖に押しつぶされていたあなたへ
そのうまくいかないことへの恐怖も、緊張や不安を感じやすいということに悩まされた日々の記憶も、すべて消し去りたいと思っているかもしれないけれど、どの出来事も、あなたにとってちゃんと意味があったよ。
失敗だと思っていたことが、蓋を開けて見てみたら、別に失敗なんかじゃなくて。
むしろ、自分がより苦しまない道を教えてくれたようにも感じる。
暗い中でも、あった道を歩いてきたら、まるで自分の表通りだったみたいなんだよね。
誰かの思い描いた道ではなく、自分にしか歩けない道がある。失敗は、自分の苦手から離してくれる良い機会だったんだな、って今となれば理解できる。
まだ、信じられなくても、大丈夫。
生きることを諦めなければ、いつかきっと、出会えるものがたくさんあるから。
これからも一緒に歩んでいこうよ。

自分でした。
受験シーズンですね。
もちろん勉強の思い出もないわけではないですし、「受験の乗り越え方」って言えば勉強法を書くのかもしれませんが、わたしの勉強法は、ひたすら書いて身に染み込ませるというスタイルなので、おもしろくありませんでした。
そして、わたしにとって受験は、あまりいい思い出がありません。むしろ、うまくいかない自分ばかりが目につき、消し去りたい過去でした。
この経験は、ある意味本当の自分が生まれた瞬間で、消し去る必要はないんだと思えるようになったのは、有資格者として仕事を続けられたんだと実感できるようになったここ1年のことなのです。
そして、何よりも驚くべきは、もしも国公立大学に入ることができていたら、夫とも出会っていないことなんですよね。
今思うと、受験失敗という挫折体験は、当時この世の終わりくらいに失敗だと思っていましたが、むしろ成功体験でした。
人生は何があるか分からないものですが、自分が心からありたい姿を思い描きながら、歩いていくことで、出会えるものや立ち向かう壁が変わってくるのかもしれません。
そんな気づきがあったので、今のわたしの生きる道として、記しておきました。いや…、大人になりましたね。笑
このエピソードが、広い世界のどこかで悩まれているどなたかの背中をそっと支えたり、動き出すきっかけになれたらいいな。
◎
最後までお読みくださり、
ありがとうございました!
ここまでお読みいただいたあなたに、
幸せが訪れますように🍀
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