心をなくす寸前。抱き寄せてくれたのは、あなたでした。
仕事に洗脳されていた。
3年前のわたしを表現する場合、そのように言っても、決して過言ではないだろう。
公私ともに捧げていたと言ってもいいくらいに、わたしの脳内は、仕事のタスクで埋め尽くされていた。
朝早く起きて支度をして、夫より早くに家を出て職場に向かい、夫より遅く帰宅する日々。
仕事以外の全てが、もはやどうでも良いと本気で思ってしまうくらいに、やさぐれていた。
疲労負債は、溜まりに溜まっていたはずだが、見ないことにしていた。
そこをしっかりと見透かしてしまうのが、交際期間10年、結婚2年を経過して、出会いから干支一周まわってもなお、頑固なわがまま妻のご機嫌取りをしてきた夫のなせる業なのである。
コロナ禍で、県外に行くどころか、家から出ることさえもタブーとされていた中、夫から突然とある打診を受けた。
迷った。
なぜなら、当時のわたしは、職場の事業の責任者。
管轄にいるスタッフたちに、県外どころか、県内出張さえ最低限にするよう伝えていた。
ーーバレなきゃいいか…。
そんな思いを知られまい、と何食わぬ顔をして、仕事に奔走した。
ようやく迎えた週末の夜。
残り少ない体力を使いきる勢いで支度をして、まるで夜逃げかのようにひっそりと家を出て、朝一番の新幹線に乗り込み、向かった先があった。
思いがけず、その地で運命的な出逢いを果たすこととなる。
それは、わたしにとって、愛よりも深く、人として生きる上で大切なものを知ることとなるのだった。
この序章の場面から、2週間ほど遡る。
心身のHPが限りなく限界に近い状態で帰宅して、一度も座ることなく、台所に向かう。
帰宅直後に台所へ向かってすることと言えば、何も考えずともできるくらいルーティーンと化した、夜ご飯の準備だ。
みそ汁用に、鍋に水を入れ、粉末だしをファサ~ッと入れる。そこに、カットされた状態で冷蔵庫に入れられていた2種類ほどの野菜と冷凍庫に眠っていた油揚げを適当に入れた鍋を、火にかける。
その間、冷蔵庫で解凍された塩こうじ漬けにされた鶏むね肉と、これまた冷蔵庫に眠っている野菜、冷凍庫で眠っていたキノコ類を適当にフライパンに入れて、炒め物を作る。味付けは、冷蔵庫にある調味料を適当に入れる事が多かったが、ポン酢+オイスターソース味が、我が家の定番となりつつあった。すでに鶏肉に下味が付いている状態のため、調味料を入れすぎないように、この時だけはしっかりと意識を調理に向ける。
次に、レタスをさっと洗い、適当にちぎってお皿へ。豆腐を水切りせずに手でちぎり、レタスの上にのせたら、ドレッシングをかけて、サラダを完成させる。
ここまでくると、鍋やフライパンに入っている食材たちに火が通った頃だ。
鍋に味噌を溶き入れ、炒め物の味を確認して、盛り付け。ごはんは、すでに炊き置きしてあるものを、電子レンジに入れて、温める。
小さな長方形のこたつテーブルに、とりあえず作られた料理を運び、2人並んでテレビを見ながら食事をするのが、いつもの流れだった。
コロナ禍だったこの頃、テレビでよく流れていたのは、YouTube動画だった。旅行動画だったり、東京ディズニーリゾートに関する情報がまとめられた動画だったりをよく観ていた。
いや、ちょっとここに語弊がある。
この時のわたしは、見ているようで、観ていなかった。体力はすでに底尽きそうな状態で食事を食べているわたしの心は、もう無でしかなかったからだ。
そんな具合でも、「明日、どう立ち回るか。」「どんな電話が入るだろうか。」など、私の脳内では仕事づくしで忙しかった。これでは、夫の独り言さえ、わたしの耳には入ってこない。
ぼーっと考え事をしていたら、肩を叩かれ、夫から話しかけられていたことに気づいた。
ハッとして横を見ると、まじめな顔をした夫が、こう言い放った。
「ホテルミラコスタの予約が取れた。こんな時期だけど、ディズニーシーに行こう!!」
コロナ禍だったこともあり、ホテル料金が安くなっているという情報に目を付けた夫は、「今しかない!」と狙いを定めて、予約を取ったとのこと。
直前まで、仕事に翻弄され、思考能力皆無だったわたしが、この時ばかりは、すぐに首を縦に振ることができず、考え込んでしまったのは、わたしのバカ正直さと小心者ゆえだ。
ーー直属のスタッフたちに、あれほどまでに出張をしないように!と強いているのに、そのわたしが、県外…しかも関東方面に行くなんて、許されるのだろうか。
かなり葛藤したけれど、心の奥底にいた小さな私の声を聞き逃してはいなかった。
『ねぇ。このチャンスを逃していいの?』
という、微かな声を、キャッチしてしまっていた。
この食事の場面で、夫の声がちゃんと聞こえたのは、きっと気のせいではなかった。夫の目が輝いているのもよくわかる。
これは、行くか行かないかという意思を確認しているふりをして、行かないという選択肢は最初からないやつだ、と直感的に悟った。
ホテルミラコスタ。
言わずと知れた、ディズニーテーマパーク一体型ホテル。どんなに景観が良くない部屋であれ、1泊10万円近くすることもザラにある。
ディズニーのオタクと言えるほどでなくても、その存在は、確かに知っていた。
ディズニーシーに入園すると、その入り口に優美な佇まいで鎮座している、東京ディズニーリゾートの中でも、高級層のホテルと言えよう。
入園してパークを歩いていると、必ず客室から覗いている人がいる。
「なんて高貴な方たちなんだろう。わたしには、縁がないけどね」と、どこか皮肉っぽく自虐しながら、うらやましく思っていた。
とはいえ、当時は、今ほどディズニーの虜とはなっておらず、東京ディズニーリゾートは、「遊びに行く特別な場所」という感覚だった。
ただ、コロナウィルスが猛威を振るい始める直前に行った新婚旅行でハワイに滞在した際、アウラニのディズニーリゾートへ伺ったこともあり、ちょっと興味が湧いていた。

諸事情により、顔は隠しているけれど、
それはもう幸せそうな顔をしている。
挙式2週間後なので、まだ肌艶良い状態。
ミッキーマウスのハグが優しすぎて、イケメン。
アウラニディズニーといえば、界隈の中では有名なリゾート地。
毎晩YouTubeで動画を観ているとはいえ、ディズニーにハマりきれていない夫婦だったわたしたちは、「アウラニディズニーは、日帰りでレストランで食事でもできればいっか」と、安易な気持ちで旅行プランを組んだ。
今となっては、激しく後悔している。
時を戻せるものなら、新婚旅行の滞在期間中に、1泊分の追加料金を課金してでも、アウラニディズニーでの宿泊をプランに入れる。この円安というご時世では、提示される価格に恐れ戦くかもしれないけれど、そう思わせるだけの価値の高いリゾートな時間に憧れを抱くほどの贅沢品なのだ。
そんなわたしたちが、高級ホテルミラコスタに宿泊できる機会なんて、この先、二度と訪れないかもしれない。
予算的に、憧れのパークビューの部屋ではない。
とは言っても、パークに最も近いホテルに宿泊できるなんて、逃してはいけない機会であることには、間違いなかった。
結局、夫に言われるがまま、誰にも告げずに、旅立つことを決めた。
それが、ひっそりと家を出るという、夜逃げスタイルになったのである。
時は、2022年8月下旬。
日曜日と月曜日が週休日だったわたしの都合に合わせて、夫は休暇を取ってくれた。
コロナ禍真っ只中。
街中のいたるところに、体温計機能を持つモニターが設置されていて、風邪をひくことはおろか、ちょっとでも、咳をするものなら距離を置かれかねないくらい、体調不良にナーバスとなっていた時期だった。
こっそりとディズニーへ行くなんて、まるで駆け落ちをするかのようなもので、そんなことをするものなら、日の目を浴びてはいけない、と思うほどだ。
この旅行の前後を問わず、体調を崩すことは、許されないことだったが、毎日しっかりと不織布マスクを着用し、密を避ける生活をしていたためか、体調を崩すことはなかった。
ちょっと崩しているものといえば、仕事でとある事件に巻き込まれたことによる、精神不調だろうか。
この時に起きていた、とある事件。
正直なところ、事業の責任者であるわたしが、休んでいるどころではないような深刻な事態だった。
良くも悪くも、リモートで仕事ができる環境が整えられており、外出先でも、簡単に仕事メールの確認が取れるようになっていた。
まさか旅行中だなんて、口が裂けても言えない。
外部との緊急なやりとりをしながらの、ディズニー旅行となってしまったのである。

ホテルのチェックイン時間までは、東京ディズニーシーに入園して、楽しむことになった。
そこは、真夏日の日陰の少ないテーマパークである。
太陽カンカン照りの中を歩き回ることは、普段朝から晩まで仕事に追われて、ほぼ日の光を浴びていなかったわたしの身体が堪えた。
ちょっと休憩がてら、室内のアトラクションに入ることにした。

東京ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントエリアにある、ブロードウェイという看板を掲げている建物。
ここブロードウェイ・ミュージックシアターでは、毎日5回ほど、エンターテイメントショーが行われている。
会場に入った後、ふかふかの椅子に腰かけ、冷房のしっかり効いた館内で、ほてった身体を冷やしていた。
開演を待つ時間も、メールのやり取りに追われていた。
メールに追われている…とはいえ、職場関係と物理的に距離が離れていることは、わたしにとって安全地帯であることを意味していた。
徐々に館内の明かりの照度が落とされていく。
「少しくらい返信が遅くなってもいいでしょ?」と、どこか強がりな気持ちで、スマートフォンの電源を落として、ホッとしたのもつかの間。すぐに、ステージの方へ目を向けた。
濃い赤色をした幕にスポットライトが当たり、会場の熱気に負けないくらいのボリュームで音楽が鳴り響く。
幕が上がるのを、今か今かと待ち望んでいる観客の手拍子が、少しずつ大きくなっていき、会場全体の鼓動となっていった。
これからどのようなショーが始まるのか。
まわりにつられて手拍子をするが、過去の鑑賞時の記憶を思い出せないまま、この時を迎えた。
いよいよ、ビッグバンドビート ~ア・スペシャルトリート~の開幕である。
コロナ前は、トランペット等の音楽を奏でてくれる輝かしいバンドもいてくださったのだが、コロナ禍に規模縮小が行われて、一部ショーの内容が変更された。これだけが、悲しい現実。昔、2回程見たことがあるのだけれど、当時は若かったからか、そこまで心に響かず。もっと前から推して、たくさん見ておきたかったものだ…と、今さらながら感じる。
かっこいい服に身をまとったミッキーマウスと、ダンサーさんたちが表れた。
スポットライトによって、より輝きを増したミッキーマウスが、目の前のステージで、華麗にタップを踏んでいる。
開幕した直後から、心を掴まれ、ステージに目が釘付けとなった。
胸の奥が、ぎゅっと熱くなるのを感じた次の瞬間、わたしの目からは、大量の涙が溢れ出ていた。
踊っている姿も。
ピアノを弾いている姿も。
ミニーマウスと並んでいる姿も。
ショーを楽しんで観ている姿も。
ドラムをたたいている姿も。
どの瞬間を切り取っても、かっこよくて尊かった。
隣にいる夫を一瞬で超越してしまうほどの存在が、目の前にいたのだ。
ビッグバンドビート ~ア・スペシャルトリート~。

このショーの売りは、何といっても、スウィングジャズの音楽と共に、キャラクターやダンサーとの掛け合いを楽しむことが出来るというものである。
日本国内のパークにいながら、ブロードウェイさながらの雰囲気を感じることが出来る。
つまり、非日常を味わう時間を持てるのだ。
当時、仕事以外のものと一切の距離を置き、心が動かされる経験から離れていたわたしにとって、とても刺激的な時間だった。
そして、その刺激が、心の柔らかいところを、はちきれない程度に優しくつついてくれた。
心が浄化されて、みるみる澄んでいく様子が感じ取れた。
それは、自分の心身をも巻き込んだ、これまでに経験したことのない、エンターテイメントだった。
わたしの不意打ちに流れ出た涙が、今観た景色は、心から出逢いたかったものだ、ということを証明している。
これほどまでに一瞬で感情が動かされたことは、あっただろうか。
こんなに涙が止まらないことが、果たしてあるのだろうか?
自分でも若干引いてしまうくらいに泣いていて、着用していた不織布マスクは、すっかり使い物にならなくなっていた。
ショーの幕が下りてしまった後、大粒の涙を流しながら、会場を後にする。
会場を出た後も、珍しく興奮状態が冷めなかった。
すっかり、ビッグバンドビートの虜となったわたしは、「なんかわからないけど、すっごく良かった!もっと観たい!」と、これまたわがままに夫へ懇願した。
この日のメインは、ホテルミラコスタへの宿泊だったはずなのに、その座がすっかり変わってしまったのだ。夫は、落胆していたかもしれない。
感動そのままの熱量で過ごしたその後のディズニーシーは、心から楽しかった。
視界がスカッと開けていて、とても澄んでいる綺麗な時間だった。
半日ディズニーシーにいたら、解放されて幸せになってもいいんだ…と僅かに思えるくらいには、回復していたくらいに、凄まじい影響を及ぼした。
その後、ホテルミラコスタのチェックイン時間を迎えたため、一旦パークを出て、優美な建物へ向かった。

憧れのホテルミラコスタを目の前にした瞬間、「わたしなんかが入って良いものか…??」と萎縮してしまうほど、圧倒されていた。
ドキドキしながら、隣に目を向けると、夫もやや緊張している様子。ふと目が合い、2人で苦笑いしながら、建物に入った。

チェックインを済ませて、提示された部屋番号へ向かう。
部屋に行くまでの廊下でさえ楽しませてくれるのは、さすがのディズニークオリティである。


直前の感動イベントのおかげで、影が薄くなりつつあったけれど、そこは、さすがのミラコスタ様。
尊い推しの存在を忘れてしまいそうになるほど、ステキな空間だった。
照明のやや暗い感じも高貴な雰囲気を醸し出してくれて、「憧れがかなうとは、こういうことか」と、ドキドキが止まらなかった。


いろんなところに、ディズニーのキャラクター要素が見え隠れしている。夫婦そろって、明らかにテンションが上がっていた。
窓の外を眺めても、室内を見渡しても、そこは、ディズニーの世界観でしかなく、オフィシャルホテルの高価格帯である所以が感じられた。
ある程度荷解きを終えた後、夕食までの時間は、部屋でゆっくり過ごすことにした。

ホテルの部屋での休憩中。
これまたステキな書斎スペースで頬杖をつきながら、ビックバンドビートを鑑賞して止まらなくなったわたしの涙の理由を探った。
わたしは、なぜこんなにも心が動かされたのか。
それは、わたしが、見えないようにと必死に隠していた心を取り戻したからだと思った。
「わたしが我慢して、頑張れば、丸く収まる」
「自分で覚悟を決めたこの1年間だけは、何を捨てたとしてもやり切る」という、何度見返しても、わたしには似つかわしくない、苦しいスタイルで仕事をしていた。
ただ、こう思うなりの背景がもちろんあったわけで、わたしが望んでこうなったわけではない。
決めたからにはやりきる!というのが、頑固なわたしのやり方で、簡単には撤回できない覚悟そのものだった。
この覚悟の結果、ないものとしてやり過ごすことになったものは、自分自身の感情だ。
いろんな人がいて、その人なりのやり方があって、不具合が生じた先に、とある事件が起こるくらいの職場環境なんだから、どうやったって、心が揺さぶられることしか起こらない。
でもその揺さぶられる感情に、いちいち付き合っていたら、仕事どころではないことは、明白だった。
繊細なわたしにとって、自分の感情に触れないということは、まるで自分を捨てるようなもので、致命傷ともなりうる痛手だったが、この時は、仕事を優先させることにした。
自分をなきものとして、やり過ごして仕事をしていたのだ。
今書きながら思い返して、この字面を見ても、本当に痛々しいと感じる。
だけど、その時は、その痛々しいということさえ、気づいていなかったのだから、人の思いの強さとは、恐ろしいものだ。
仕事によって奪われたことさえ忘れ去られていた心を、たった1つのエンターテイメントによって取り戻すことができたわたしは、まるで初めて世界に降り立ったかのような感覚だった。
取り戻した心には、純粋さも合わせて装備されていた。ショーの最中どころか、パークで過ごしたすべての時間、目を輝かせて、キュンキュンできたのだった。
尊い姿のミッキーマウスは、心をせき止めていた厄介な曲者を優しく除けてくれた。
わたしの中にある心が、色を感じる機能も取り戻して、再び明かりが灯されたのだ。
人として大切なものをなくしかけていたわたしにとって、この日出逢ったスターとも呼べるミッキーマウスの存在は、紛れもなく人生の恩人なのである。
このことに気づいた時には、目に涙が浮かんでいた。
近くで休んでいる夫に気付かれないうちに、こぼれ落ちた涙をしっかりとふき取って、化粧を直した。
そんなことを考えながらも、夢の国に浸っていると、あっという間に夜が更けていく。
部屋からは、私の心揺さぶるビートを刻んでくれたブロードウェイこそ見えなかったものの、閉園前の時間、最後の川旅を楽しむゲストの陽気な声と波の音が聞こえてきた。

パーク内にあるホテルへの宿泊者の特権は、一般ゲストよりも早く入園できることだけではない。
中でも、最上級の特権だと思っているのが、キャストやゲストがいない時間帯のパークの様子を、この目で見ることができることである。
この日は、まだお披露目されていなかった、現在東京ディズニーシーで行われている大人気のナイトショー『ビリーヴ!〜シー・オブ・ドリームス〜』の練習と思われる音源が聞こえてきたり、開園準備をしているキャストさんの動きなんかをこっそりと見たりして、優越感に浸ることができた。
こっそりと味わう幸せなひとときは、敢えて写真を撮らなかった。なぜだかわからないが、そっと自分の中に納めておきたかったのかもしれない。
ホテルミラコスタに宿泊したのは、かれこれ3年前の話であるが、この体験以降、ビッグバンドビートのミッキーマウスを拝むために、東京ディズニーシーへの入園機会が増加したことは、言うまでもない。
この間、すべての席が抽選制となってしまったために、入園しても観ることが叶わない日もあった。
どんなに日常を頑張っていても、報われないことだって、お金で解決しないことだって、この世にはありうることなのだ、と思い知った。
ただ、それでも諦めきれずに、通い続けた。
わたしが、わたしの心が、ちゃんと生きているということを実感できる時間であり、そこでしか感じられない心情を受け取れる場所である。
何よりも、わたしにとって他の誰にも代えられないスターがそこにいるからだ。

今にも幕が開きそうな、その瞬間。
わたしにとっての恩人が、「こっちにおいで」と、手を差し伸ばしてくれている・・・
と錯覚をしてしまうほど、温度感の高い音楽に身を包まれる。
この体験が、何度もわたしを救ってくれた。
どんなに仕事がしんどくて、心をなくしそうになった日も、輝かしい姿を思い浮かべるだけで、自分を失わずに生きてこれた。
東京ディズニーシーにあるブロードウェイ・ミュージックシアターには、わたしにとって欠かすことのできない、失いたくない存在があった。
わたしを救ってくれた恩人の存在は、永遠にあるもの…と、いつしか信じてしまっていた。
2024年11月11日。
とある知らせが目に入ってきた。
ビッグバンドビートの終演を告げる新着情報である。
始まりがあれば、終わりがある。
そんな当たり前のことを理解していたはずだったのに、新着情報を見た時、切ない気持ちでいっぱいになった。
これほどまでに「時が経たないでほしい」と、わがままなことを願う日が来るなんて、思っていなかった。
今年の9月末に、わたしの心(命)の恩人は、勇退を迎えることとなる。
どんなときも輝いていて、スターという言葉がぴったりな恩人のことを、わたしは、一生忘れることはない。
いつ見ても、純粋にかっこいい彼の姿は、ショーの幕が閉じた後でも変わらずに、わたしの心の中で永遠に輝き続け、わたしが生きる道標となってくれることだろう。

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