人付き合い、日本酒派?ワイン派?私は断然ワインです♡
減点より加点。私はワイン方式で人を味わいたいの。
「ねえ、知ってる?」
日本酒の審査って、“減点方式”なんだって。
100点からスタートして、にごりとかバランスの悪さとか、欠点を見つけて点を引いていくスタイル。
一方、ワインの審査は真逆で、“加点方式”。
ゼロから始まって、香りの良さ、余韻、深みなど…素敵なポイントを見つけて足していく。
これは私がなんとなく聞いた話なんだけど、実際にそういう傾向があるみたい。
日本酒は「いかに欠点がないか」で評価されて、
ワインは「どれだけ魅力があるか」が加点されていくんだって。
この話を聞いたとき、私は「あ、私、断然ワイン派だわ」って思ったの。
なんでそう思ったかっていうと、この世の中って、なんとなく“減点方式”が主流じゃない?
学校では、先生の言い間違いを見つけて話題にしたり、家庭では「なんでこれできてないの?」って指摘が飛んだり、子育てでも「できてること」より「できてない部分」に注目されがち。
褒めてるつもりでも、実はその倍くらい、減点してたりする。
でもね、人って完璧じゃないんだよね。
誰だって失敗するし、間違ったことも言うし、感情が高ぶることもあれば、ちょっと意地悪になることだってある。
政治家だって、芸能人だって、インフルエンサーだって、みーんな昔は赤ちゃんだった「ただの人間」。
それなのに、失言ひとつで一気に叩かれたり、スキャンダルで人格そのものが否定されたり。
そういうのを見るたびに、ちょっと苦しくなる。
そして気づくんだよね。
誰かを減点方式で見ていると、自分のことまで減点してしまうってことに。
「こんな自分じゃだめ」
「また余計なこと言っちゃったかも」
「こんなこと思われたらどうしよう」って。
完璧な人間であろうとするばかり
出来てない事ばかりに、目がいってしまうんだよね。
自分で自分をチェックしすぎて、どんどん萎縮していく。
そのうち、人と話すのも慎重になって、何気ない雑談すら“失言にならないように”気を張るようになる。
X(Twitter)で呟く事すら考えちゃう始末。
でもさ、そんなの楽しくないよね。
SNSでただ話すだけなのに、気疲れしちゃうなんて。
加点方式の人間関係って、もっとふんわりしてて。
「こういうとこ、素敵だな」
「ちょっとクセあるけど、そこがまた魅力だよね」
「全部は分かんないけど、この考え方はいいなあ」って。
まるごと“味わう”感じ。
完璧じゃなくても、その人らしさがある。
言葉や行動の一部を切り取るんじゃなくて、その人全体を“見ようとする”目線。
減点方式で生きていると、誰かを嫌いになる速度がどんどん早くなっていく。
気づけば、自分が好きな人なんてほんのわずかしかいない世界になる。
だけど、加点方式で見ていれば、「ここはちょっと合わないけど、あそこは好き」って思える人がどんどん増えていく。
そして不思議と、自分のまわりには同じように加点方式で人を見る人たちが集まってくるんだよね。
減点方式と加点方式、どっちのほうが心地いいかな?
そんなふうにちょっとだけ、自分に問いかけてみてもいいかもね。
減点しあう世界より、加点しあえる世界へ。
人付き合い、私はやっぱり
断然ワイン派です♡
本音で話せる関係って、減点方式じゃきっと育たない。
だから私は、自分にも人にも、ちょっとずつ加点していきたいの。
周りがどんな目線でも、自分だけはそう在りたいって思ってる。
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これからも知らない何かに←チャレンジさせて頂きます。