#363 手を振る人は、きっと優しい
通勤中、歩いていたときのこと。
真っすぐな道を一台のゴミ収集車が走っていた。そこから勢いよく二人の男性が降りてきて、ガードレール近くに置かれたゴミ袋を、収集車へと投げ込んでいく。その姿はさながらスポーツ選手のように華麗で、無駄がない。
彼らの仕事ぶりを眺めていると、お二人は次のゴミ置き場へ小走りで向かい始めた、そのとき。
彼らは、急に左を向いて、大きく手を振ったのだ。
いったい誰に向けて手を振ったのだろう。
その方向を見てみると、そこには一軒の家の大きな窓。そこから、小さな女の子が無邪気に手を振っていたのだ。
——なるほど、この女の子に手を振っていたのか。
炎天下の中で小走りをしながら、ゴミ袋を集める二人。とても苦しいはずだ。そんな中で女の子に手を振るこの二人は、とても優しい人たちなんだろうなと思った。
誰かが誰かに手を振る姿が、僕は一番好きかもしれない。
外を歩いていると、そういう光景をよく見る。
ご老人たちがお互いに手を振っている姿。
保育園の子たちが、電車に向かって手を振っている姿。
デート終わり、女の子が男の子に手を振っている姿。
そういう姿は、僕の胸を優しく打ってくる。いったいなぜなんだろう。
それはきっと、手を振っている人って皆笑顔だからだ。その笑顔を見ていると、手を振っている人の優しさまで伝わってくるような気がする。
僕も誰かに手を振ることはある。図書館で働いていると、カウンターに立つ僕たちの顔を見ながら手を振ってくれる子どもがいる。
それに僕は全力で手を振り返す。そのときの僕は、満面の笑顔だ。もちろん作っているわけではない。手を振ると、自然と笑顔が出てくるのだ。
手を振ると、優しい気持ちになれる。だから人は笑顔になるし、僕は誰かに手を振るのも、誰かが手を振る姿を見るのも好きなのだろう。
だけど、手を振るということに恥ずかしさを感じる時期もあった。
実家にいたとき。
僕が出かけようと玄関で靴を履いていると、母は決まって駆け付けてくれて「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。
僕はそれに手を振り返すことをしなかった。照れ臭かったのである。実家にいた長い年月、僕は「いってらっしゃい」と手を振ってくれる母に、手を振り返すことができずにいた。
そんな僕は、この夏に実家を離れた。
それまで毎日会っていた母の存在が、当たり前だが遠くなった。実家を離れられたのは嬉しい。だけど、母とのその距離に、どこか寂しさを感じる自分もいた。
先日実家に帰り、愛猫と戯れ、美味しいご飯を作ってもらった。大満足の数時間。満ち足りた気持ちで「そろそろ帰るよ」と言うと、母は「ポストを見に行かなきゃ」と僕と一緒に家を出た。「じゃあね」と母は言ってくれたが、やはりそのときも僕は手を振れなかった。
少し離れた自転車置き場で、僕は自転車にまたがった。長い間過ごした実家のマンション。そこから離れることが、今でも名残惜しく感じてしまう。
ふと、実家の扉の方に目をやる。
すると、母はそこから大きく手を振っていた。
声こそ聞こえないが、「いってらっしゃい、気をつけてね」という母の声が、心に聞こえてきた。
僕は自然と、母に向かって大きく手を振った。「行ってきます、また来るね」と、心で声を返しながら。
一番近い存在である母に手を振っただけのことだ。だけど、それができたことが、何かを達成したときのように嬉しかった。
この夏、僕は少しだけ優しい人間になれた気がした。
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