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#257 ものを長く使うこと

先日、近所のカフェに寄ったときのこと。
大きな長机に十の席。そのうちの角の席でエッセイを書くことにした。

長机を共有する人たちは皆、PCを開いている。詳しくはないけれど、少なくともそのどれもが、僕の使うPCより新しいものであるのはわかった。
僕のPCはかなり古い。約10年前に伯母から譲ってもらったもので、調べてみると発売されたのが2012年のものだった。

今のPCは薄くて、スタイリッシュでかっこいいな――。
それに比べて僕のPCは、汚れているし、ごつい……。

一瞬……ほんの一瞬だけ、恥ずかしさを感じてしまった。
「何あれ、まだあんな古いPCを使ってるの」——という誰とも知らない声が、僕の頭の中に響いたのだ。

ハッとし、アイスコーヒーをがぶりと一口飲んだ。
いけないいけない、また周りと比べてしまった。
自分が思うほど、周りは自分に関心がない。あるわけがない。
気を取り直して執筆に打ち込もう――そう思ったとき、僕はさっき感じた恥ずかしさを振り返った。

古いものを使うって、別に恥ずかしいことではないよな。
なんで恥ずかしいと思ったのだろう……?


――俺、新しいゲーム買ったんだ。
――俺の家にあるテレビ、一番新しいんだぜ。
――いいだろ~。

急にそんな言葉が、頭の中をよぎった。
小学生の頃、近くに住んでいた友達が言っていたものだ。
その友達はお金持ちで、ゲーム機だったり、玩具だったり、あらゆる新型のものを買ってもらっては、僕に自慢してきた。

そうだ。そのとき、僕は友達からこういうことも言われていた。

――お前、まだそのゲームで遊んでるの?
――お前、まだそんなものを使ってるの?

その友達は、自分のことを大きく見せることに必死だった。
そのためには、誰かを下げることも厭うことはなかった。

その友達の言葉や表情が深く心に刻まれているからか、
新しいものはかっこいい。古いものはかっこ悪い。
そんな定義が、僕の心に刷り込まれているのだと思う。

前者は間違っていないと思う。
実際新しいものを買ったときって、なんだかレベルがいくつか上がったような心地がする。いち早く新しいものを買いたい人の気持ちはよくわかる。

だけど、後者は間違っていると、個人的には考える。
古いものをいつまでも使うことは、むしろかっこいいと思うのだ。

noteを書くようになってから、辞書をひく機会がとても増えた。
今ではネットで簡単に辞書を使うこともできるけれど、紙の辞書も持っておきたいとふと思った。
だがどうやら学生時代に使っていた辞書は、あるときの断捨離で全て捨ててしまったらしい。なんともったいないことをしてしまったのか。

母に紙の辞書を持っているかを尋ねると、目が悪くなりもうあまり使うことはないからと、一冊僕に譲ってくれたのである。
その辞書が、とてもとても古いものだった。
昭和30年代生まれの母が、小学生の頃から使っていたものらしい。

表紙はしわしわだし、ページもかなり焼けて茶色になっている。
おまけに背の部分は養生テープで補強されており、一見すればボロボロだ。

「すごい年季が入ってるね」と僕が呟くと、母は答えた。
「うん、すごくいい辞書だからね。たくさん言葉を教えてもらったよ」

それを聞いて、辞書のしわも焼けも、養生テープさえも、僕はかっこいいなと思えるようになった。
何より、ものを長く使い続ける母を、かっこいいと思ったのだ。
これから僕も、この古い辞書から、たくさんの言葉を教えてもらうことになりそうだ。

新しいものを持つことは、かっこいい。
だけど古いものを持つこと、ものを長く使うことだって、かっこいい。
この価値観は、これからの時代を生きる上で、必要になる気がする。




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