#159 謝りすぎにはご用心
すみません。
ごめんなさい。
申し訳ありません。
日本語には、さまざまな謝罪の言葉がある。
それらを聞く機会はとても多い。毎日必ずどこかで聞く。
主語が大きいのは承知の上だけど、日本人って謝りすぎでは?
……と、ときどき思うのである。
挨拶代わりに「すみません」
仕事中、僕もかなりの頻度で謝っていることを最近再認識した。
例えば、先週僕はライブに行くために時間休を取った。
そのときも帰り際に僕はこう口にしていた。
「すみません。お先に失礼します」
「お先に失礼します」だけでもいいのに、なぜ謝ってしまったのだろうと、僕は帰りの自転車に乗りながら考えてしまった。
心のどこかで、他の人より早く帰ることを悪だと思ってしまっているから?
同僚から「忙しいのに早く帰るなんて」と思われている気がするから?
時間休というのは、会社の正式な制度である。
しかも1か月前から申請しているわけで、突発的なものでもない。
ゆえに謝るところなんてどこにもないはずなのに。
僕は自分が思っている以上に、謝ることが口癖になっていることに気づいたのだった。
もはや挨拶代わりといっても過言ではないほどに、僕は謝っている……!
なぜ謝ってしまうのだろう?
謝る理由は明白である。
自分が相手に対して悪いことをしてしまったと思っているから。
これに尽きるはずなのだが、必ずしもそれだけではない気がする。
例えば感謝の意味でも使うことがある。
何かしてもらったり、何かをいただいたりしたときに、
「すみません、ありがとうございます」
と感謝の言葉とセットで使うこともある。
だけど僕のように口癖になっている場合、心のどこかでこう思ってしまっているケースもある気がする。
相手に嫌われたくないから、先に謝っておこう。
相手が不愉快にならないように、まず謝っておこう。
相手より上に立たないように、先に謝ってへりくだっておこう。
言うなれば――
自分の心が傷つかないために、盾として謝ってはいないだろうか?
盾としての謝罪は謝罪じゃない
先に挙げた時間休のケースはまさにこれなのかもしれないと思った。
時間休を取ることを、僕は悪いと思っていますよ。
皆さんより早く帰ることを申し訳ないと思っていますよ。
だから、僕のことを傷つけないでね。
という意味で、僕は謝ってしまっているなと思ったのである。
過去に関わった人の中にも、謝ることが口癖の人がいた。
事あるごとに「ごめん」「悪いことをした」と謝ってきて、「別に悪いことなんてしてないのにな」とその人に対して思っていた。
だが、本当にその人から嫌な気持ちにさせられたときがあった。
そのときも「ごめん」と言われたのだが、「そういうのはやめてね」と指摘をしたら、なぜか不機嫌になったのである。
おそらくこれは、
「こっちは謝っているのに(=傷つけないでと言っているのに)、注意をしてくるなんてひどい」
と思っていたのだと、今では推測している。
これでは、本来の謝る理由とはだいぶずれてしまっている。
ゆえに、自分を守るための「すみません」は誤用でしかないなと強く感じたのだった。
もはや、それは謝罪でもなんでもない。
謝罪の言葉を盾にするのはもうやめる!
謝りすぎてしまうことって、自己否定にも繋がる気がする。
たとえ盾として使っていたとしても、多少なりは「自分が悪い」と思っているところもある。
つまり、謝る数だけ「自分が悪い」と思っていることになる。
口癖になり、それが無意識的だったとしても、人の心というのはしっかりと自分が感じたことをインプットしている。
だから、自己肯定感が低い人というのは、謝る癖を持っている人が多いのではないかと思うのである。
もしかしたら逆かもしれない。
謝る癖を持っているから、自己肯定感が低いのかもしれない。
自分に自信がないから、ひとまず謝っておく。
こんな使い方を、僕はしてしまっていたなと強く気づいた。
この気づきをこうして記事にすることで、謝りすぎてしまう癖を治していきたい。
「ごめんなさい」を盾にするのはもうやめだ!
自分が本当に悪いことをしたときだけ、謝れる人間になりたい。
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