#344 「。」をつけてもいいですか。
文章の最後に句点——「。」をつけると教わったのは小学生の頃。
当時はなんとも思っていなかったけれど、こうして日常的に文章を書くようになって、「。」をつけることに美しさを感じていることに気が付いた。
エッセイなどを書く上で、句点も読点もかなり考えながらつけている。
けれどそれ以外の場では、どこか最近、肩身が狭い。
連絡手段としてLINEを使うようになって久しい。
使い始めたのは大学生の頃。今から10年以上も前のことだ。そのときは「へえ、こんなに便利なアプリがあるんだ」と思っていたのだが、心の重しになることもしばしばあった。
「既読」という2文字。たびたび来るメッセージの通知。アプリの右上に表示される赤丸に記された白い数字。それらが「連絡しなくてはならない」というマスト思考を促進させた時期があった。最近は通知も切っているし、この重い気持ちを共有できる友達としか連絡はとらない。どうやら「既読」という2文字に辟易しているのは僕だけではないようだ。
一方、数年前からそんな友達たちからのメッセ―ジに違和感を覚えるようになった。
「おつかれさま
今度の日曜、呑みに行こうぜ」
「こちらの図書館はだいぶ忙しいです
立竹さんのところはどうですか」
あれ、なんで皆「。」をつけないのだろう?
もちろん「。」がないだけでコミュニケーションに支障はない。だけど、それが文末にないだけで多大なる違和感を覚えている自分がいる。なんかちゃんと終わっていない感じ、合図もなく試合が終わっている感じがする。メールでやり取りしてたときから「。」ってなかっただろうか。
そんな周囲の潮流に流されることなく、僕はLINEでも「。」をつけることを貫いた。だって、いくら軽いコミュニケーションだからといって、文章は文章なのだから。文章を書くなら、自分が好きな形で書いていたい。僕は自分が思っている以上に「。」を愛していたのである。
しかし、そんな「。」に美を思う僕に、世の中から強い逆風が吹き荒れた。
マルハラ、という言葉の登場である。
この言葉を知ったときは、驚きのあまり心が凍り付いた。
え、僕が今までやっていたことってハラスメントになってしまうの?
ただただ「。」をつけることが美しいと思っていただけなのに? 人によっては、それが怒っていると感じてしまうなんて……!
それからというもの、僕もLINEにおいては周囲の人に倣って「。」を外す努力をしている。けれど、2026年現在、未だにそこへの違和感を拭うことができない。ただ、スタンプやら絵文字やらが飛び交うLINEという世界において、「。」は不機嫌を覚えさせてしまうというのはわからなくはない。
「。」が悪いのではない。それ以外の表現方法が明るくなりすぎているだけなのだ。相対的に「。」は真面目キャラになってしまっただけなのだ。「。」はとうの昔から存在していたのに……!
ゆえにその反動からか、僕は日記やエッセイを書く際には、とことん「。」をつけることにこだわるようになった。思う存分「。」をつけて文章を書くことが心地良いと思うようになった。
多様性/ダイバーシティという言葉が流布して久しいが、その多様化にはうなることもしばしばある。
「。」をつけない文章ももちろんいいけれど、「。」をつける文章もハラスメントなんて言わずに、今まで通り認められて欲しいなと思う今日この頃である。
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