#219 執筆は、筋トレだ
むむっ、うまく書けない。
noteのおかげで書く習慣が身について9か月半。
先週は初めて書く余裕がない時間を過ごした。
たった5日間、執筆から離れていただけなのだが、いざ書こうとするとなかなか思うように文章が書けないことに焦った。
この感覚、何かに似ている。
そうだ、病み上がりのときの筋トレと一緒だと思ったのである。
筋肉も体力もすぐ落ちる
僕は自宅で週に5回、筋トレをしている。
目的は健康維持。太りやすい体質というのもあり、体型を維持するためには筋トレは欠かせない。
だが、過去には体調を崩してしまい筋トレができない期間もあった。
一昨年、風邪をひき1週間ほど筋トレができなかったときのこと。
ようやく元気になり、はりきって筋トレをしようとすると、
プルプルプルプル……ぐはっ、きついっ!!
え、もう筋肉落ちたの!? と驚いたものである。
体力もガタ落ちしたのを感じた。体調を崩す前、メニューをこなしていた自分が最強だったのではないかと思えるほどだった。
「継続は力なり」と最初に言った人は、きっと筋トレからこの言葉を生み出したのだろうなと勝手に思っている。
「筋肉は裏切らない」という言葉が広まって久しいが、僕たち自身も筋肉を裏切らないようにする必要があると、心底感じた経験だった。
そして今回、それは書くことにも同じことが言えると思った。
「執筆筋」なるものがあったとしたら、それも「継続は力なり」であると。
執筆と筋トレの共通点
執筆と筋トレにはさまざまな共通点があると思う。
上記のように継続の面もその一つだ。
少し間隔が空いてしまえばすぐに筋肉が衰えるのと同じように、しばらく書くことをやめてしまえば、それだけ書く能力が落ちてしまう。
またフォームという面でも共通点がある。
筋トレというのはただやるだけでは筋肉がつかない。
正しいフォームで行うことで、初めて効果が表れてくるのである。
正しくないフォームで筋トレを行っても、筋肉はつくかもしれない。
だが狙った箇所とは違うところに筋肉がついたり、あるいは無理な姿勢でどこかを痛めてしまったりというリスクがある。
執筆というのもこれと一緒である。
もちろん自分が書きたいように書くだけでも力にはなると思う。
一方で、他人の文章をたくさん読み、読んでもらえるような文章やテーマを学び、その中で自分の型を見つけていく。
その型こそが執筆における正しいフォームなのではないだろうか。
そんなフォームを意識しながら書き続けていくうちに、次第に文章能力、もとい「執筆筋」が鍛えられると思うのだ。
初めての書けない期間から僕は学んだ。
執筆とは、筋トレなのだと。
noteで定期的に記事を書くことは、「執筆筋」の鍛錬だったのだと。
さらなる執筆筋の増量を目指す
昨日今日と記事を書いて、早くも執筆の勘が戻ってきた。
これも筋肉と一緒だ。
筋肉にはマッスルメモリというものがあり、一度鍛えた部位の筋肉が落ちても、再び鍛えれば取り戻しやすいのである。
少しずつ執筆筋が戻っているのを感じ、書くことが楽しい。
実はこの春、エッセイの公募に三つ出すことを目標にしている。
うち二作品は一通り書き終え、今推敲の真っ最中である。
執筆筋を鍛えた成果を、外に出してみたい。
そしてもちろんそれで終わりではない。
今後の公募にも積極的にチャレンジする所存である。
そのために、これからもnoteで執筆筋を鍛えていくつもりだ。
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