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月謝か、ご祝儀か⸺ピアノ教室など習い事の《新札ルール》を考える

世の中には、思わず「そこ?」と聞き返したくなるルールが存在します。

その代表格のひとつが、個人経営のピアノ教室や様々な習い事などで見かけることがある、
「月謝は新札でないと受け付けません」
「月謝袋には新札を入れるが常識です」
といったものです。

初めてこのルールに出会ったとき、多くの人は一瞬考え込みます。これはマナーの話なのか、それとも義務なのか。そして、財布の中の、少しだけ年季の入った紙幣たちが、急に肩身の狭い思いをし始めます。

今日は、この月謝新札問題をちょっと真面目に眺めてみたいと思います。


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1. 新札で払うのは礼儀?

まず、新札でお金を支払うという行為には、確かに文化的な背景があります。ご祝儀やお祝い事では新札を使うのが望ましいとされています。これは「この日のために準備していました」という意思表示でもあり、ある種の美意識です。逆に、しわのある紙幣は急ごしらえのニュアンスを帯びてしまいます。ここまでは分かります。とても分かります。

しかし、それが毎月の月謝にまで拡張されてしまうと話は少し変わってきます。習い事のレッスン料は、結婚式ではありません。毎月訪れる極めて定期的で現実的な支払いです。

それでもなお「新札で」と言われると、わざわざ銀行の両替機に通うことも月謝の一部なのかと考え始めてしまいます。

2. 紙幣にも人権(?)はあるのか

ここで、少し法律の話をしてみましょう。

日本の紙幣、つまり日本銀行券は、額面どおりの価値で通用することが法律で定められています。要するに、「1 万円は 1 万円として使える」という、当たり前のようでいて非常に重要なルールです。

(日本銀行券の発行)
第四十六条 日本銀行は、銀行券を発行する。
2 前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。

日本銀行法(平成九年法律第八十九号)より

このルールのもとでは、綺麗かどうかは価値に影響しません。多少しわがあろうが折り目があろうがそれは立派な 1 万円です。それにもかかわらず、
「新札でなければ受け付けません」
と言われてしまうと、その 1 万円はまるで身だしなみチェックで落とされた就活生のような扱いを受けることになります。
「君、能力は認めるけど、ちょっと服装がね」
いや、額面は同じなんですけど。

3. ルールは自由、でも無敵ではない

もちろん、教室側にも言い分はあるでしょう。それは、
「綺麗なお金のほうが気持ちいい」
あがめられている実感が得られる」
というような感覚的な理由でしょう。個人経営であれば、ある程度のルール設定の自由は認められています。

ただし、その自由は無制限ではありません。現金での支払いを受け付けている以上、「どの紙幣なら OK で、どの紙幣は NG か」という条件は合理性が問われます。冷静に考えると、新札である必然性はほとんどないのです。

4. 月謝に求められるものは何か

結局のところ、月謝というのはサービスの対価としてきちんと支払われることが本質です。そこに求められるのは、期日を守ることや金額が正確であることです。紙幣のコンディションは重要な要素ではないはずです。

もちろん、相手への配慮として新札を用意するのは美しい行為ですし、それ自体は否定されるべきものではありません。ただ、それが義務になってしまうと少し窮屈になります。そして、その窮屈さは財布の中の紙幣たちにも伝わってくる気がするのです。

5. お金は綺麗さで価値が変わる?

もし本当に綺麗さが価値を左右するのであれば、世の中の多くのお金は、流通のたびに価値を下げていくことになります。財布の中で折られ、レジで渡され、人の手を何度も渡るうちに、だんだんと評価が下がっていきます。そんな通貨は、きっと長くは機能しません。

だからこそ、法律は見た目に関係なく価値は同じと定めているわけです。そう考えると、「新札でないとダメ」というルールは、紙幣に対して少し厳し過ぎる気もしてきます。


おわりに

もしかすると、この「新札で」というルールの正体は、単なる支払い条件ではなく、「あなたはこの場にどのような姿勢で臨みますか」という問い掛けなのかも知れません。サービスとして受けるのか(サービス提供者と顧客の関係)、それとも教えを授かる場として向き合うのか(師弟関係)。その答えが、新札というかたちで試されているのだとしたら、少しだけ納得できそうです。しかし、その問いに対して毎回、銀行の両替機で答えを用意しなければならないのだとしたら、やはり少し大袈裟な気もします。

もし、そのピアノ教室が、毎月のレッスンをまるでお祝いの席のように演出してくれて、扉を開けた瞬間に祝福のファンファーレでも鳴り響くのだとしたら、そのときは喜んで新札を用意しようと思います。

できれば、拍手と紙吹雪もつけていただけると、なお嬉しいのですが。


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