モーツァルト ピアノソナタ第11番 K.331で、寝てもいいですか?
モーツァルト ピアノソナタ K.331 第 1 楽章について
「眠りに就きたいときにおすすめのクラシックのピアノ曲は?」と聞かれたら、私は迷わず「モーツァルトのピアノソナタ第 11 番の第 1 楽章」と答えたいです。
実際、この曲の多くの演奏を聴くと眠くなります。寝る前に流すには丁度いい。でも、これは本当に眠くなるように書かれた音楽なのでしょうか。
第 1 楽章が眠くなる話
テーマも変奏も眠い
モーツァルト作曲、ピアノソナタ第11番 イ長調 K. 331/300i《トルコ行進曲付き》。この第 1 楽章は変奏曲です。譜例 1 は冒頭に演奏されるテーマです。

普通に考えれば、変奏が進むにつれて性格が変わり、眠気もどこかで覚めそうなものです。ところが実際には、変奏においてもテーマの眠さを引きずったまま進んでいくことが多く感じます。この楽章は、同じテーマに基づく変奏が何度も続き、尺が長いです。そのため、最初のテーマの性格設定が生気に欠けていると、それが変奏の演奏にも影響し眠さが蓄積される、ということなのかも知れません。
或いは、脳科学的にも説明できます。のっぺりした眠くなるような演奏を聴いていると、聴き手の脳は外界の変化を積極的に追う必要がなくなり、覚醒度が下がりやすくなります。このとき脳活動は、注意が内向きになった状態に対応する脳波の α 波が優位になり易くなります。α 波が安定して出始めているときは、脳は既に起き続けることよりも休む方向に傾いているため、その後も刺激に対する反応が鈍くなります。その結果、更に覚醒度の低い θ 波が出易くなり、うとうとした状態へ移行します。つまり、冒頭で注意を引き留める要素が乏しい演奏では、それ以降の変奏などで表情や変化を加えても聴き手の覚醒状態を立て直すのは難しくなり、聴き手の脳は休息へ向かってしまうのです。
なだらかすぎるテーマ
世の中には、跳躍やリズムだけでキャラクターが立つ旋律もあります。しかし、このテーマはそうではありません。
この楽章が眠くなり易い理由は、演奏解釈だけではなく、旋律そのものの性質にもあります。この、モーツァルトが書いたシチリアーナ風のリズムのテーマは、大きな跳躍が殆どなく、音域も比較的狭く、リズムも素直ななだらかな旋律です。
言い換えればこの主題は、何もしなくても勝手に表情が出るタイプの旋律ではありません。そのため、リズムを整えてきれいな音で弾くことだけを意識し、更にレガートに寄せて演奏すると、驚くほど簡単にのっぺりした眠い音楽になってしまいます。これは欠点というより、意図的に中立な変奏曲の素材として書かれたと考えた方が自然だと思います。
Andante graziosoと 𝒑 の解釈
第 1 楽章には Andante grazioso と書かれています。grazioso は、一般に「優雅に」「上品に」「優美に」などと訳されます。しかし、実際の演奏では、これがいつの間にか「柔らかく」「繊細に」「穏やかに」という意味にすり替わっているように感じることがあります。この解釈で弾かれたテーマは確かに眠くなります。ただ、それは grazioso だから眠いのではありません。grazioso を平凡に何もしないことだと誤解しているからだと思います。
Andante だから、抑揚を付けないと言う人もいそうです。しかし、 Andante は歩くという意味の andare から来た言葉です。歩いている人は、抑揚ゼロということはありません。Andante とは、静かと言うよりも制御された運動です。言い換えれば、「Andante だから抑揚を付けない」ではなく、「Andante だから抑揚を誇張しない」ということです。
また、このテーマには、冒頭から強弱記号の$${\boldsymbol{p}}$$が指定されています。この$${\boldsymbol{p}}$$があることで、「静かに」「控えめに」演奏すべきだと考える人は多いと思います。しかし、$${\boldsymbol{p}}$$自体には「生気を抑えろ」「抑揚を消せ」「何も起こすな」といった意味は含まれていません。生気のない演奏だと、ところどころに現れる$${\boldsymbol{s\!f}}$$が取って付けたように聴こえがちにもなります。
Andante grazioso と$${\boldsymbol{p}}$$が重なることで、安全に何もしない演奏になってしまうことがあります。しかし、その結果生まれるのは、上品さや気品ではなく単なる無表情です。
Andante grazioso も$${\boldsymbol{p}}$$も、音楽の生命力を下げる指示ではありません。寧ろ、このテーマは、音量を抑えたまま、いかに気品を纏って歌わせるかが、凡庸な演奏になるか卓越した演奏になるかを分ける要素なのだと思います。
声楽曲だとしたら
もし、これが歌曲だったとしたら、眠くなるような、生気のない歌い方はしないはずです。声楽として考えれば、フレーズは呼吸で区切られ、文末には方向が生まれ、装飾音も言葉の抑揚として機能します。強弱記号に$${\boldsymbol{p}}$$が指定されていても、小さな声で語ることと無表情で話すことは別です。
ピアノ演奏でこの楽章が眠くなるのは、旋律を鳴らしてはいても、語らせていないからだと思います。
演奏例
まず、デイヴィッド・エルンスト・モルナール (David Ernst Molnar) の演奏を挙げたいと思います。
彼の演奏では、テーマが最初から明確に語られており、Andante grazioso ― 𝒑 が無表情ではなく上品な生気として機能しています。そうすることで、この先どうなるんだろうという期待も持てるようになります。この先である変奏も、音符が増えただけではなく、話し方の違いとして自然に聴こえてきます。
その結果、派手な演奏ではないですが長い第 1 楽章が長く感じられません。
眠くならないのは、テンポを速くしているからではなく、気品のある生気が持続しているからだと思います。
気品のある演奏として、ユリヤ・チャプリーナ (Yulia Chaplina) の演奏も貼っておきます。英国王立音楽検定 (ABRSM) の公式教材として、このような演奏が模範として示されていること自体が、Andante grazioso をどう理解すべきかの一つの答えなのかも知れないと思いました。

おわりに
この第 1 楽章が眠くなるのは、モーツァルトのせいではありません。テーマを歌わせない演奏が、この楽章を下手な子守歌にしてしまっているのだと思います。
声楽として考えれば、答えは単純です。歌なら、眠くなるようには歌いません。この第 1 楽章も、「尺の長い変奏曲なので眠ってやり過ごしてください」という音楽ではないとと思います。
ところで、このピアノソナタの第 3 楽章 Alla Turca(トルコ行進曲)は Allegretto の速度指定ですが、Allegro どころか Presto かという勢いで疾走する演奏をよく耳にします。あれはもしかすると、前の楽章までに溜まった眠気を、なんとかして叩き起こそうと、演奏者が一生懸命頑張っているからなのでしょうか。もし、そうだとしたら本当に目を覚ますべきなのは Alla Turca ではなく、最初の Andante grazioso の弾き方そのものなのかも知れません。

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