羽ばたくべきステージで踊る為に這いつくばる
今日、母親の友達が「気分転換にどう?」との事で、バレエのレッスンに参加させてもらいました。新鮮な身体の動きは「ピラティス」のようで、怪我をしない体づくりや、今でも続けている野球にも活かせるなと感じた、そんな特別な時間だったと思います。
難しいものだと頭の中で変換していましたが(でも難しいものは難しい)、身体を思いどうりに動かすこと、ただ『体が柔らかい』だけじゃ限界があること、骨盤の前傾や後傾、指先の感覚、様々な関節や筋肉を動かして表現をする。ストレッチの仕方や呼吸を意識することも全て野球に繋がる素晴らしい時間を体験させてもらいました。
特に印象に残ったのは、重心の置き方です。つま先立ちをするためには、ただ足先に力を入れるのではなく、体の中心を感じ続けなければなりませんでした。軸がぶれた瞬間、すべての動きが崩れてしまいます。この感覚は、野球にもそのまま通じるものだと思いました。バッターボックスでの構え、ピッチャーが軸足に体重を乗せる瞬間、どれも“どこに自分の重さを預けているか”が結果を左右します。
独特な立ち方をするのも、普段使わない神経や筋肉を刺激して『怪我をしない身体』を刷り込ませて錬成していくにはうってつけの立ち方だとも感じました。去年自分はふくらはぎをの痙攣に悩まされていたので、つま先で歩いたり、上に跳ね、音が出ないように膝で衝撃を吸収したりといったエネルギーやストレスの受け流し方もある意味柔軟性に通ずるものがあるのかな、とも感じました。
しかし、教えられたものだけでは、自分の身体に落とし込むのは完成しません、型に嵌め込まれた踊りでも、神経を研ぎ澄ませなければ「人間」が作る「芸術」にはならない。これは野球でも同じです。
気分転換で行った体験ですが、色々なことを考えるいい時間になりました。『踊る』ということを人生という舞台で絡繰人形のように『踊らされている自分』のようにも感じて、backnumberが歌っていた「青い春」はこういう心情を言霊に乗せていたのかな?とも感じてみたりみなかったり。
青い春といえば、北海道日本ハムでいまやチームの顔とも言える郡司裕也選手のテーマ曲ですが、じつは中日ドラゴンズ時代から使われていました。
ドラゴンズブルーからファイターズブルーへ、何かの因果で繋がった縁のようで偶然には思えません。おや、スピってきましたね自分、日ハムの話をするのはまた別の記事にしようと思います。
なので、必然的に自分はこういう状況になったのかなとも感じてみたりします。「羽ばたくためのステージで踊るまで今は羽を休めなさい」というメッセージなのかもしれませんね。
バレエ体験を終え、汗をかいた体でスタジオを出たとき、少しだけ世界が違って見えました。体をどう使うかを知ることは、生き方を知ることにも近いのかもしれません。野球も、踊ることも、結局は自分の体と誠実に向き合う行為です。
軋んだレールの上でも、艱難辛苦の道でも、負けじと這いつくばって「それでも」と願い続ける。それが「希望」なんですかね?光を渇望する自分たちですから、何とか何とか明日へと向かっていきましょう。
今日学んだこの感覚を、私はきっと忘れないでしょう。青くて、少し不器用で、それでも確かに前に進んでいる、この“春”のような時間を、大切に抱えながら。
その中で信じ続ける、光に包まれるその日々を。
ではまた
