🧸育児エッセイ|アクエリオンの神曲『君の神話』が、私に教えてくれたこと
この記事は投稿コンテスト「#あの日母になった私へ」のために書いた記事になります。
コンテストは別記事を投稿しましたが、
この記事も日の目を見せてあげたくて。
今回公開に踏み切ります。
コンテスト投稿作品「10分の鼓動」が生まれるきっかけになった記事です。
アニメ、アクエリオンEVOLのオープニング『君の神話』という曲をご存知だろうか。
発売された2012年当時、私は毎日満員電車に揺られながら聞いていた。
まるで教会のパイプオルガンを聞いているような始まり。「畏れ!」から始まる歌詞。
何もかもが憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれるように感じられた、まさに私にとっての「神曲」だった。
仕事に追われ、仕事が終わったら遊び、帰ったら眠るだけ。
瞬く間に時間が過ぎていく日々でも、この歌を聞いていたら救われるような気がした。
過ぎていくその”瞬間”を大切にしようと思えた。
だからこそ仕事に邁進し、全力で遊んだ。
私は「完璧」という言葉が嫌いだ。昔も今も。
「完璧な仕事って何だよ。」と思いながら仕事をしていたし、母親になってからは「完璧な母親って何だよ。」と思うようになった。
人の匙加減一つで変わるものじゃないか。
そんなものに振り回されてたまるか。
だからこそ、『君の神話』に出てくる「全力で未完成」というフレーズが大好きなのだ。
私が母になった日。
それは妊娠検査薬で陽性が出た、あの日だと思う。
長い不妊治療に心も体も疲れ果て、夫婦で「最後の1回」と覚悟して臨んだ体外受精だった。
「あぁ、やっと子どもができた!」
「頑張ってきて良かった!嬉しい!!」
親になるった瞬間はそういう感情を持つのが普通なのだろう。
だけど、私は違った。
「嬉しい!」という感情より高齢出産への恐怖が勝ったのだ。
もちろんそれついては夫とも何度も話し合ったし、覚悟をしていたはずだった。
それなのに。
不安で不安でたまらなくなった。
真夏の暑い日だったのに、布団中に潜り込み小さく丸まった。
私は、息子の誕生を心から喜ぶことができなかった。
その負い目は今も私の心に影を落としている。
そしてあの日から、私は彼の健康を祈り、幸せを祈った。
そのためにできることは何でもしようと思った。
ほんの少しの綻びでも直そうとしてもがき、悩み、苦しんだ。
丁寧に丁寧に向き合おうとした。
ちょっとの歪みも見逃さないよう必死だった。
もしかしたら「あの日素直に喜べなかった」という罪悪感を「完璧」になることで上書きしようとしていたのかもしれない。
「完璧なママって何だよ」と思う一方で、「”完璧なママ”になろうとしてる」自分がいる。
それに気づいて「何やってんだよ」と苦笑いする自分がいた。
でも、この曲が再び私に教えてくれた。
『君の神話』の歌詞はこう続いていく。
全力で未完成
君がいるから
繰り返し芽吹く一瞬こそ全て
そう。息子がいるから私は未完成でいられるのだ。
息子のことを思い続ける限り、完璧なママになどなれるはずもない。
そして歌詞のとおり「繰り返し芽吹く一瞬」が私の全てになっている。
首が据わった、ずり這いをした、初めて歩いた、言葉を発した。
その姿に愛おしさを感じ、勇気をもらい、その度に心の中で小さな光が灯る。
あの日、母になったわたしへ。
もしあなたが今の息子を見たら、どう思うだろう。
「こんなに大きくなって」と泣くだろうか。
それとも、「なかなか頑張ってんじゃん」と笑うだろうか。
未完成のまま、母を続けていけばいい。
その罪悪感はずっと消えない。
でもその闇を照らす光は、いつだってあなたのそばにいる。
▷この記事が原点となり生まれた作品です。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援よろしくお願いします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!