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教育改革と99%の幻影

熊です。

久々にあのシステムを使います。

今回の気持ちの天気予報は
「誕生日が過ぎた1時間後」です。

伝わるかな?🐻

今回は様々な話をするが、
積極的分離は極めて強いストレスや生存危機に直面しないと進まない現象なので、そういった状況に遭遇しやすいグループに関心を寄せてもいいかなと。


事故と事件は油断から

不登校、
いや、学校に通っていない、
いや、学校に行かないと決めた、
いや、学校を自主的に選択しない子供
の保護者はよく「学校が合わない」
「うちの子は時間がかかる」と言います。

学校は社会の縮図で、
学年が進むにつれ、
人間は落ち着いてくるように見えるが、
ますます雰囲気は社会に似ていく。

知性の低い人間は、
欲求を満たすことだけを考えて生きている。
知能によって実行できる手段は違うが、
望んでいるものは同じ。

知性の高い人間でさえも、
やがて訪れる死への恐怖から目を逸らすため、最期に自分を麻痺させるための材料として「慰めの実績」を作ろうとする。
ここから人によっては
「生き急ぎ」の心理に繋がり、
「成功保証」に拘り、
「コスパ志向」が生まれ、
「利己的な行動」が促され、
「冷淡と鈍感と麻痺」で回り道を回避、
「結果論」で迷いと不安を打ち消し、
「利用と裏切り」で効率よく資源を略奪し、
「みんな同じはず」と自己正当化しつつ、
「お前らもやればいい」で開き直り、
生まれ持った知性を台無しにする。

これはある種、
大半の人間の社会化の一環である。

「学校が合わない」のであれば、
学校からリリースされた人間によって構成された社会は何故合うと思うのか?

合わなかった人々と、
将来社会でストレスなく関わることができる条件は論理的に2つしかない。
①あなたが、彼らと同じ認知になる
②彼らが、あなたと同じ認知になる

①で良いなら、
何故学校から離れたのか?

②が良いなら、
学校の全員に何かしらの影響を与え続けるか、彼らの中から相性の良い人を区別し関わり方の練習が必要だ。

「うちの子は時間がかかる」
これも個人差があって当然だと思うが、
他に同時に注意すべき観点もある。

例えば「定期テスト」がないと、
自分の子の成長は分からないはず。

環境を学校から家庭に変え、それで
「被験体の行動に変化あり、順調に成長しています」と言っても、理科の実験でそれをやると先生に怒られるでしょう。

特性だとしても、
最終的な到達点が違っても、
訓練自体に価値はあると思う。
失敗に終わった訓練でもね。
※成功体験が要らない意味ではない

人間はすぐ環境をコントロールしようとするが、コントロールできない環境でも凌ぐのが人間である。

「我慢」は目標を持たない受身、
「凌ぐ」は信念あっての自身の意思。

趣味興味得意と違い、
凌いでる最中でしか起きない成長もある。
それが積極的分離である。

子供が弱音を吐くとすぐ合わせるのが優しさと思われるが、子供はそれを「苦手なことはすぐ逃げればいい」と受け止める可能性がある。

「大人の善意」と
「子供の受け止め方」は同じとは限らない。

そもそも善意なのか?
それとも辛さに共感した自分を楽にしたいだけなのか?

コロナ後に皆めちゃくちゃ風邪を引くようになったでしょう。
免疫を鍛えることは社会性においても一緒、そして子供の頃が一番重要だ。

毎日通えるべきとは言っていない。
ある程度自分らしくいられなかったら、
ストレスが溜まるだけだし。

ポイントは
・変化を観察すること
・そこで出来ることを増やすこと
・健康被害が出ないストレスを許容してみること(気分程度に左右されてはいけない)

週三(仮)登校で学習と社交性と健康のバランスが取れていれば、それは予定として問題ない。

ただ、週二変化になっても、
安易に原因も探さずに「大丈夫でしょう」と言わないほうがいい。

超えられる限界であっても、
まずは困難や苦手なことに挑み、
試行錯誤しないと起きないのだ。

言い換えれば、
負荷のかからない環境は、
機会損失を生み出し続ける環境でもある。

「自分が聞きたいこと」を言ってくれるだけで安心するのは危険なので、ちゃんと確証を取りましょう。

学校だろうが、病院だろうが、福祉だろうが、適当なことを言って責任を取らない人がいっぱい居るので。

年だけ取っていく引きこもりの人々は、
「◯◯をやらなければよかった」ではなく、「◯◯をやればよかった」と思っている。

99%の幻影

人間はとても不思議な生き物で、
学校を卒業、
就職、
結婚、
出産までは眠れるライオンのようだったが、子供が学校に通い始めると教育のことに夢中になる❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥

まるで初めて教育に触れたかのように。
初めてのはずがないよね・・・?

そして子供が卒業したら、
また眠っていく。

その前後の熱意の差は、
エゴそのものである。

「自分の子供のため」を、
「教育のため」にすり替えると、
社会の人々や他の保護者、学校の先生などに冷めたい目で見られる。

かつて同じくいつも「教育改革」を掲げた保護者のうち、子供が卒業しても戦い続ける割合はギフテッドよりも少ない。

これが、99%の幻影の意味。

そして教育に限らず、
全ての社会改革に通用する現象でもある。

ただ、本熊は子供を大人の社会改革に巻き込んでほしいとは思わない。

彼らは改革実行者ではなく、
観察者と思考者であるべきだ。

↓番宣

予防線と責任逃れ

知能テストは全てが測れるわけではないと推奨派はいつも予防線を張るが、測れないものに対して、例を一つも言わない、言えない。

あくまで都合の悪いことに対する反射的に使った漠然とした予防線責任逃れのため、自分の言葉に興味がない、考えてもいない。

無理やり一つを言って張り合わなくてもいい。その仕事を本当に大切に思っていれば、自ら次々と問題を発掘していくはず。

人間の行動は嘘を付かないから。

逆に問題が見えていれば、
何故解決に移さない?
他の誰かがやる/やっているはず?

だとしてもあなた自身にやれることは、
本当に何一つもないのか?

小学生だって自由研究あるのに

知能とコミュニケーション

知能テストは、低い項目があれば困難を引き起こす場面はあるかもしれないが、
高すぎたり他の項目との差が大きすぎたりすると問題が起きるとかは単なるデタラメである。

例えば「言語理解が高すぎて一般人とコミュニケーションが取れない」という話はよく聞く。

となると、本熊の記事を理解できない人々は、言語理解が低すぎた裏付けにもなってしまう。
そんなわけ無いだろう。

本熊も4つの言語を習得したが、
別に言語理解だけでコミュニケーションを阻害できるとは感じない。

そもそもこのグローバル社会で複数言語を操れる人間なんて溢れているのに、言語理解を単一の言語でしか測れない時点で時代遅れだと思っている。

大学生が高校生のテストで満点が取れなくても、実力は高校生とは限らない。

高校生では取れない問題を大学生が解ける場合もあるから。

測量か理解か

偏見は脳の省エネモードだから、
子供に知能テストを測らせたい気持ちは分かる。

しかしそういった習慣によって、
自ら答えを考える能力を無くしてしまう。

そうすると、
自分の子供と対話できなくなり、
向こうも本音を言ってこなくなる。

知性を重視しない人間の特徴は、
本やマニュアルを通して世界を見る、
そしてマニュアルにない問題に興味を持たない。

↓番宣

「理解しやすいものを信じる」
という普遍的に存在する偏見によって、
本当のギフテッドに関する知識と情報は無視される。

毎日一緒に生活してる人に対して、
あの4つの項目 ”すら” を肌感で分からなければ、自分の心も分かっていないことになる。

自分にもある項目なのに?

そしてその4つの項目以外のものを、
どうやって理解してあげるのか?

ここは考えるところだと思う。

人間は様々な知能を補い合って使っている。
自分の知能を狭い枠にはめる必要はない。

見る専ギフテッド

知能の高低より、
知能を誰のためにどう使うか
すなわち知性の観点のほうが重要。

ギフテッドや高知能、HSP界隈で、
見えすぎる、
気づきすぎる、
感じすぎる、
解像度が違う、
といった自己憐憫をよく見かけるが、

君たちはずっと世界を見てるだけだよね👀

新種:「見る専ギフテッド」爆誕!

見る専・・・
 ミルセン・・・
   ミルク・・・

↓ちなみにギフテッドと乳脂肪分に関する考察はこちら

今の知能テストは人間の全ての知能ではなく、数値化できる一部のものを測っているだけ。

これを踏まえ、
測定可能前提での高IQが生きづらさの原因なら、高い数値を叩き出したAIも孤独のはず。

「いやいや、AIは人間と違うでしょう」
と反論する方も居るかと、
まさにその違いを考えようと伝えています。

人間ならではの色んなものが、
悪さをしている。

そのいったものを直視し深掘りしないと、
高IQの泥沼にハマってしまう。

・自ら作った問題に対処しない、
・他人が作った問題も止めないから、
不平不満だらけの世界になってる。

そしてより大事なのが後者だ。

自分の内心に潜む悪さを止められても、
あと80億人分があるから。

そういう意味で、悟りや解脱、調和優先といった究極の無関心と鈍感と自己催眠のような思想には絶対深入りしないでね。

あの人たちはあなたが通り魔に刺されそうになっても何もしないから。

その後に不安な人々を集めて、
金と承認欲求と支配欲をチャージする。

薬物依存

薬物依存は、最初は気分や快感を得るための行動だったが、長期的に使用する場合は脳が変異し、使用しないと禁断症状が出たりします。
治療施設でも治しきれない場合がある。

しかし不思議なことに、
医学的に脳が薬物に対する依存がなくなったのを確認、すなわち完治してから退所した人でも、すぐ薬物を再開する人が多い。

彼らは「薬物を使用することによってストレスから解放された記憶」を頼りに、薬物を問題解決の効果的な手段として位置づけた。

それ以上の効果的な手段を提示できない限り、認知行動療法でも効かない。

しかし、そういった手段があっても、
実行するのは本人だ。

新たな自分を定義する勇気がないと、
新たな行動には踏み出せない。

痛み依存

機能不全家庭や虐待、ネグレクト、ヤングケアラーを経験した子供は、大人になったら「補填心理」に陥る場合がある。

過去の失敗体験による悲しみや失望、悔しさといった感情を上書きするように無意識に同じシチュエーションを探し、
かつてと違う結果を作ることに執着する。

だから機能不全家庭を経験した子供は、
自分を大事にしない友人とパートナーをよく選ぶ。

そしてもう一つあまり知られていない現象は「痛み依存」である。

希望や期待は、
確率的に絶望と失望を引き起こす。

理不尽な経験をしてきた子供は、
「愛情」「未知」なる存在と感じ、
そして「未知」「恐怖」と感じる。

しかし、「痛み」はどうでしょう。

色んな痛みを経験し続けると、
慣れてくるものもある。

長期的には破綻するが、
とりあえず耐えたい、
 前より長く耐えた、
  そして慣れたい、
    最後は慣れたと思い込む。

そうすると、
愛情を探す勇気と機会恐怖体験を避け、
たとえ暴力でさえも
「関心」
「愛情表現」
「愛情を得るためのコスト」
だと自己催眠する。

コミュニケーションのパワーを盲信する人の多い社会は、問題が起きるとすぐ「当事者同士のコミュニケーション」だけに焦点を当てようとする。

夫婦仲が悪いと聞いたら、
すぐコミュニケーション講座を勧めるとか。

本人は自分の気持ちを話したくない
自分の気持ちを意識したくないなら、
コミュニケーションどころじゃない。

必要なのは心理的治療である。

相手からの暴力を防ぐ行動や相手に変化を促す行動も望んでいない。

暴力を振るってくれることが愛情表現だから、相手の行動が変わることは、慣れないこと、そして「怖いこと」を意味する。

「私はこれでいい」と沈んでいく。

心の病を軽視する社会は、
治る病気も治らないのだ。

夢落ちテスト

これまで「夢落ち」という独特な言葉を使ってきたが、夢落ちというのは積極的分離のレベル1と2を指す意味です。

🐺チワワ「4年前に説明してほしかった」
🐻熊「ナイスツッコミ」

最近は積極的分離という言葉が少し知られるようになってきているが、独特な解釈ばかりで驚いています。

↓番宣

例えば・・・特徴としては

「綺麗な言葉遣いに無機質な文字列」

feat.AI

「失敗しない子育てガイドライン✨️」

できるママはこれを読んでいます!

色んなバージョンが乱発しています。

こんなに分かりやすく4年前から説明してきたのにな、まあ、予想内だけど、
君たちの出現もね🐻

朗報!

本熊の記事を継続的ではなくても、
一本でも最後まで唾を吐かずに読み終えることができれば、恐らくあなたはまだ夢落ちしていないでしょう。

そして悲報?

かつて読んだ記事を読み返しても、
当時の気持ちが「思い出せなければ」
当時の気持ちを「否定したければ」
眠気は強いでしょう。

もちろんその変化を自身の成長だと思いたいだろうが、それってつまり、これまでの自分は単なる社会性が足りず未熟なだけを意味する。

「違う!」

そう、違うと言い続けてほしい。

チワワを無理矢理に連れて旅している理由の一つは、本熊が変わっていないことを証明してくれるから。

このアカウント自体が照魔鏡であり、
便利なセルフチェックツールでもある。

夢落ちすると、
批判していた制度にも馴染むようになり、
苦手な人々とも話が合うようになり、
孤独が和らげるだろう。

それが夢落ちの魅力だから。

皆さんが99%の幻影にならないように、
後世の人々に勇気を与えましょう。


最後までご覧いただき、
ありがとうございました。

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熱帯雨林の熊 お気持ちだけで十分です。 お金は自分より立場の弱い人に使ってくださいね🐻