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いつになったらできるかな、楽しみだな。

保育園で働き初めてもうすぐ1年。

自分なりに、これまでの人生を振り返ったり、どんな大人になりたいか、どういう風に生きていきたいか、未来の自分の姿を思い描いたり。

後ろも前も見てきたように思います。

そんな私が、今日、いまここに書き残したい言葉。


それは、矛盾していていいんだよ。
ということ。


子どもたちと毎日接していると、日々できるようになることが増え、遊びの世界を広げようと、前に進もうとするエネルギーを感じて、そのキラキラしたみずみずしさに胸が熱くなるのと同時に、

強くなる、速くなる、といった今の状態よりもより大きく成長することへの純粋な憧れだけではない、不安や恐れのようなものも感じます。

何かができるようになることは、ひとつの成長でとても素晴らしいことです。

けれども、何かができるようにならないといけないの?わたしはわたしのままで居て、やるかやらないかはわたしが決めて、わたしのペースで成長する。

そんなあり方もあっていい。
そうありたい子の背中もそっと押したい。


「成長もよし、停滞もよし。どっちでもいいから自分のペースで子ども自身が選んで決める。」

こういう保育を私はやりたい。


自分のことを自分でやる。
できないことは人に助けを求める。

大きくなった時に、大人の社会で生きていくために、大切なことでもあるけど、子ども時代の賢さが大人になった時の生きやすさに直結するかと言うと、必ずしもそうとは限らないと私は思うのです。


大人の顔色を伺って、素直な子ほど、期待に応えよう、助けようと思って、言うことを聞こうとする。

大人からしたら手がかからず、これなら厳しい世の中にも送り出していける、と安心する部分もあるけれど、

保育園は子どもたちの遊びと生活の場だからこそ、まだまだ「止まってもいい。ゆっくりでいい。」「一人一人ペースは違うから」そういうゼロポイントを確保してもいいんじゃないかなと思います。


道が1つしかない。という状態がずっと続くのは大人も子どももしんどいから、発達段階とか成長の目安とか色々あるけれど、それも全て、保育者がとって変わるものではなくて、

大人はただ「どっちでもいいんだよ。できるようになったら嬉しいけど、あなたのペースで決めてね。」「いつになったらできるかな、楽しみだな」そんな心持ちで見守る。
そのまなざしが子どもを自由にさせるのかな、なんて。


成長と停滞。
正反対のように見える2つをどっちも肯定する。

矛盾しているんだけど、それでいい。
だって、人間みんなそうでしょ。


成長しかない。
成長しなければ生きていられない。

かたいっぽに捉われるから、生きづらくなる。


自分の生きづらさから子どもたちの生きやすさを言葉にしてみました。


今日はこの辺で。

またお会いしましょう🌈




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