[小説]かきならせ、空! 第三話
空楽は瑠海と出会ったあまりに濃密な一日のあと、土曜日までの数日をかつてないほど長く感じた。瑠海たちと合流してベーシストがいるという練習の場を訪問するのは午後からという話になったので、空楽はいつものように朝から琴那の家に行き、午前中は練習をして、琴那とお昼を食べてから出かけることにした。
二人がヘッドホンをして練習をしていると、琴那のお父さんが大きなビニル袋を両手に提げて上がってきた。
「おう。頑張っているね。はい、お昼」
琴那のお父さんは部屋の座卓に袋を置きながら言った。
「あ、ありがとうございます」
空楽は慌ててヘッドホンを外しながら会釈した。
「父さんありがとね」
琴那はヘッドホンをしたままドラムセットの中からスティックを持った手を振った。琴那のお父さんは手を振りながら階下へ降りていった。お父さんが買ってきてくれたのは中高生御用達の定番ファストフードだった。
「どっか外で食べても良かったのに、なんか気遣ってもらっちゃった」
空楽は戸惑いがちに言った。
「いや、言うてこの辺なんもないんだよ、食べるとこ。車ないとどうしようもない。それだって父さんけっこう遠くまで買いに行ってくれたわけよ。ほんとこの町車ないとなんもできん」
琴那はヘッドホンとスティックを置いてドラムセットから出てくると「さ、食べよう」と言って座卓のところに座った。空楽もギターをケースに入れて琴那の向かい側に腰を下ろした。
「いよいよだなあ、楽しみだなあ」
琴那は袋から食べ物を出して小さな円形の座卓に並べた。
「しかしほんと、雫はめちゃくちゃ面白いね。雫からいろんな人につながる」
中身を出し終えた袋を畳みながら琴那が言った。
「そうなんだよ。あの見かけであんなに友達多いんだもんなあ」
「でも実際、雫は話しやすいよね。あんなこだわりの塊みたいなファッションなのに変なこだわりがなんもなくてさ。誰にでもフラットだよね」
「うん。雫と話してると、自分にいろんな先入観があったことに気付かされる」
「それわかる」
琴那はフライドポテトを頬張りながら同意した。
「これ、サイドメニューもいろいろ買ってくれてて、けっこうたくさんあるね」
空楽もポテトをつまんだ。
「うちのお父さん、食べ物が足りないの嫌がるんだよね。残ったらあとで食べればいいって発想で多めに買って来がち。でもうちの見立てでは、このぐらいは空楽とうちで全部食べちゃうと思う」
それを聞いて空楽は笑った。
「なんか高校入ってさ、食欲が止まらないことない? ごはん食べて30分後におなかすいてるみたいな」
琴那がポテトで空楽を指しながら言った。
「ある。あるわ。これ全部二人で食べたら食べすぎな気がするけど、フツーに食べれちゃう気がしてきた」
空楽も同意した。
「もうすぐ瑠海に会えるのかあ。会うのが楽しみすぎるよ。やっぱうまかった?」
琴那がハンバーガーをかじった。
「うん。想像以上かも。テクニックがどうとか以前にさ、同じギター弾いたのに、コード一発ジャーンって弾いただけで出た音がわたしとはまるで違った。ああいうのがうまいってことなのかって思ったよ」
「それでうちらと同い年なんしょ。こんな小さい町なのに世界は広いなあ」
「しかも、その瑠海が紹介しようとするベースだよ。大人の人たちとジャズやってるんだって。ぜったいうまいよね」
空楽もハンバーガーをむさぼりながら喋った。
「でもさ。瑠海もだけど、ほんとはどういう音楽が好きなのかな。なんでもできそうじゃん。たぶんそのジャズやってるベースの人もさ。瑠海が呼んでくるんだからきっとうちらがやろうとしてるような音楽もできると思うんだよね。でもできるのと、それが好きなのは違うじゃん。好きなんかな、瑠海たちはこういうの」
「そうだね。あのギターからするともっと激しいやつが好きっぽいよね」
空楽の言葉に、琴那ははみ出したソースを指で拭いながら頷いた。
「でもそれを言うとさ、こういう感じのがやりたいって言ったのはわたしでさ。琴那だって特にこういうのがやりたいみたいなことは言ってなかったと思うよ」
琴那は飲み物のストローに口をつけながら何度か頷いた。
「たしかに。わたしはさ。ドラムがかっこよければなんでも好きなんだよ。ジャンルはなんでもいい。聴いてる音楽はドラムがかっこいいやつ。フュージョンからプログレまでなんでも好きだよ。タイコ多めでテクニカルなやつが好きだけど、それでいながらなんか男は黙って三点セット、みたいなのにも憧れる」
「三点セットって?」
「ドラムの三点って言葉は実は二種類あってさ。一つはバスドラとスネアとハイハット、っていう三つ。ビートの基本を作る三点って意味で使うのね。今うちが言った三点セットはそれじゃなくて、バスドラの上にタムが一個しかなくて、もう一個のタムの場所にライドシンバルがあるようなやつのこと。こっちの三点セットはフィルインとかも含めてちゃんとドラムとしての演奏ができる最小限のセットみたいな意味だと思う」
「へえ。琴那のドラムはタム二個だね」
空楽は琴那の電子ドラムを見上げながら言った。
「うん。これは割と標準的なドラムの構成だね。スネアとハイハットがあって、バスドラにタムが二個、フロアタムが一個。よくツータムワンフロアって言われるやつだね。そんでクラッシュシンバルが二個とライドシンバル、あとチャイナシンバル、グワーンって音が鳴るやつ。それとエフェクトシンバル。これは電子ドラムだからこのエフェクトシンバルの音をどんなのにするかはいろいろ変えられるんだよね。スプラッシュシンバルって小さめのシャンって鳴るやつにしてることが多いけど、これをカウベルにすることもある」
「カウベル?」
「うん。見たことない? 黒いなんか箱みたいなやつでさ、スティックで叩くとコンコンって音がするやつ」
琴那は立ち上がってドラムの音源をいじった。
「ヘッドホンしてみ」
空楽がヘッドホンをかぶるのを見届けて、琴那は真ん中にセットされたシンバル型の部分を叩いた。
「おお。この音か。聞き覚えはあるよ」
「これカウベル。本物のドラムセットだとスプラッシュとカウベルは全然違う楽器だから両方ともセットしとかないと叩けないんだけどさ。これは電子ドラムだから、これ叩いた時にどんな音を出すか設定できちゃうのよね。こういうとこは超便利」
「へえ。てか瑠海がすごいって話で忘れがちになるけど、琴那もこのすごい電子ドラム使いこなしてるし、全然揺れないドラム叩くし、すごいよね」
空楽はヘッドホンを外した。
「まあね。たしかにドラマーでこういう機械に強いのは珍しいかもしれない」
「いや意外とそんなに叩ける子もいないと思うよ。琴那のドラム生きてるもん」
「ありがと」
琴那は食べ終えた包み紙をたたむと、アップルパイを手に取ってかじった。
「実はさ。余裕こいて見せてるけど、うちは今ドッキドキなんだよ。今日会うベースの子は大人の人たちとジャズやってるわけでしょ。ジャズやってる人はうまい人多いからさ。きっとすごいベテランのうまいドラマーと普段一緒にやってるわけよね。そんなベーシストがうちのドラムをどう思うのかとか考えたらさ。ぜったい小細工は通用しないよ。甘いところも全部バレると思う」
「そうだよなあ。瑠海はさあ。このバンドに入れてもらえるか見てもらうってさ、オーディション受けるみたいなことを言うわけよ。でも実力から言えばどう見ても瑠海たちの方が上なんだよな」
「もし、そういううまい人たちとバンド組めたら、うちらもどんどんうまくなるよ。どこがまずいか指摘してくれるメンバーがいれば上達も早い」
「なんか、ワクワクするね」
昼食を食べ終えてひとしきり無駄話をした後、二人は琴那の家を後にしてバスで午後の目的地へ向かった。瑠海に送ってもらったGPSの座標を地図アプリに表示して、二人ともなじみのないエリアに向かって幾分緊張しながら近づいていた。緊張がそうさせるのか、はたまた琴那の家でしゃべり尽くしてしまったせいなのか、二人はバスの中で普段からは考えられないぐらい口数も少なく並んで立っていた。空楽は窓の外の景色と地図上の現在位置を見比べ、バスの中からもうすぐ着くことを瑠海にテキストメッセージで送った。
バス停を降りて地図アプリを見ながら目的地を目指していくと、住宅街の路地に立っていた瑠海が二人に気づいて手を振った。二人も手を振り返しながら近づいた。
「おはよ、瑠海。これが琴那。かっこ休日モード」
空楽は瑠海に琴那を紹介した。
「なんだよその休日モードってのは。ドラムの琴那です。家城琴那。よろしくね」
琴那は空楽の紹介につっこみを入れてから瑠海に挨拶をし、右手を差し出した。
「わたしは雪野瑠海。よろしく。二人のバンドに入れてもらいたいと思って」
瑠海はそう言うと琴那の手を握った。
「もちろん。それもこれもよろしく」
琴那は握り返した手を上下に振った。
「場所、すぐわかった?」
「うん。すぐそこまでバスで来られたから」
空楽が答えた。
「雫は? もう来てる?」
「うん。あたしと一緒に来た」
路地を入ると道路の舗装状態が少し悪くなり、並んでいる家と家の間隔が幾分広くなった。少し先を歩く瑠海についていくと、目的の家は路地の突き当りにあった。広い敷地の割に家はそれほど大きいわけではなく、琴那の家とそう変わらない印象だった。その家と並んで、かまぼこみたいな形の大きな倉庫があった。北海道ではよく見かけるタイプの丸屋根倉庫だ。三人が近づいて行くとその倉庫から演奏の音が漏れ聞こえてきた。空楽は周りを見渡してみたけれど、倉庫の周りには結構なスペースがあり、このぐらいの音漏れなら近所の家にはほとんど聞こえないだろうと思った。
「なるほど。ここなら音出しても大丈夫そうだね」
「うん。防音とかまったくされてないけど外にはこのぐらいしか聞こえないし、周りの家が遠いからね」
「いいね、こういう練習場所」
空楽が丸屋根を見上げて言うと、瑠海は立ち止まって振り返った。空楽は瑠海が何か言うのだろうと思ってその言葉を待ったけれど、瑠海は何も言わず、「行こ」とだけ言って倉庫の扉を開けた。
中に入ると外に漏れている音から想像したよりもはるかに大きな音が鳴っていた。丸屋根倉庫は体育館みたいな音響で、建物の内側で跳ね返った音がそこらじゅうを飛び回っていた。瑠海に続いて入っていくと次第に音がまとまって聞こえるようになり、演奏している人たちが見えた。ドラムはバスドラムの上にタムが一つ、フロアタムが一つという、琴那が三点セットと言っていたタイプのシンプルなセットだった。叩いているのは髪が塩多めのごま塩状態になっているおじさんで、空楽のお父さんよりもだいぶ年上に見えた。黒い四弦のベースを弾いているのは眼鏡をかけた男子で、瑠海が紹介すると言っていたのが彼だろう。他にキーボードを二段積んでいるキーボーディスト、セミアコースティックタイプのギターを弾いているギタリスト、そしてサックスの人がいた。キーボードとサックスの人は空楽のお父さんぐらい、ギターの人はそれより少し上という感じに見えた。
演奏している人たちを正面から見られる、ちょうど客席のような位置に、庭に置くような丸テーブルとそれを囲むような四脚の椅子のセットが二組置いてあり、その一つに座っていた雫が空楽たちに気づいて手を上げた。瑠海がその隣に座ったので、空楽と琴那も残りの椅子に腰を下ろして演奏している人たちを眺めた。
今奏でられているのはファンクっぽいビートのフュージョンで、ベースは低音を支えつつ打撃音でリズムを出す、スラップという奏法を駆使した演奏をしていた。ほんの少し聞いただけで、このベーシストの上手さが空楽にもよくわかった。時折入るキメのフレーズではサックスやキーボードと同じフレーズを一緒に演奏するユニゾンになっていて、そこからベースラインに戻ったり、ときどき高い音にいってフィルインフレーズを弾いたり、多彩な演奏をしているのにリズムがまったくブレなかった。空楽が琴那の横顔を見ると、琴那は少し口を開けたまま演奏に見入っていた。途中、ベースの見せ場があり、彼は淡々とスラップのベースソロをきめた。
曲が終わり、空楽はほとんど無意識に手を叩いた。琴那も瑠海も雫も、みんな拍手していた。
「おーおー、なんだい今日は、瑠海ちゃん御一行様ご来場ですか?」
ギターを弾いていたおじさんが言うとほかのメンバーたちもわいわいとにぎやかになった。
「大変だよ。こんな華やかなギャラリーが来たもんだからむっちゃんのソロもノリまくりだよな」
ドラムのおじさんが豪快な声で言い、おじさんたちがガハガハと大声で笑った。むっちゃんと呼ばれたのがベーシストのようで、「そんなことないですよ」と照れていた。
「ちょうど区切りもいいし、休憩にしますか」
サックスのおじさんが言って、演奏していた面々はそれぞれに楽器を置き、空楽たちの周りに集まってきた。
「瑠海ちゃん今日はむっちゃんに会いに来たの?」
ドラムのおじさんが言った。
「はい。実はバンドやろうと思ってて、誘いに」
「おお。いいね。じゃこのお嬢さんがたはそのメンバーなわけか」
瑠海は仲間を見まわし、雫に目を留めてからおじさんの方へ向き直った。
「はい。だいたい、そうです」
瑠海の言葉を聞いて雫は笑いを噛んでいた。
「じゃちょっとおっさんたちは外で一服してくっから。あとは若いもんたちでゆっくりやって。って言うとお見合いみたいだな。はっはっは。音出すんなら機材適当に使っていいから」
おじさんはテーブルの周りに置かれたギターケースを見てそう言うと、連れ立って倉庫から出て行った。
おじさんたちが出て行くのを見送ってから、ベーシストが空楽たちのところへ戻って来た。
「瑠海からなんとなく聞いてる。こんなとこまで来てくれてありがとう。おれは戸寺 六弦。六弦って書いてむげんって読むんだ。六弦だからおじさんたちにはむっちゃんって呼ばれてるけど、呼び名は別に何でもいい。瑠海はおれのことを六弦って呼び捨てにしてる」
「はじめまして、六弦。瑠海がそう呼んでるならわたしもそうする。わたしは御奏空楽。ギターボーカル。こっちが琴那。家城琴那。琴那はドラム。で、雫もはじめてかな。この子は水無川雫。雫はバンドのメンバーじゃないけど、テクノやってる」
「えっと、歌うそらに、タイコのことなに、テクノしずく」
六弦は一人ずつ指差し確認した。
「おっけ。覚えた。と、思う」
「ベース、むちゃくちゃうまいね。いつからやってるの?」
琴那が訊いた。
「ベースは小学校三年ぐらいからやってるかな」
「小三でベース? 早くない?」
「うちの父さんがさ。ギターやるんだよね。若いころけっこうガチでやってたらしい。そんでおれが生まれたときに、ギター弾きになるようにって六弦って名前を付けたんだって。小さいころからおれにギター触らせて、洋楽とかいっぱい聴かせてさ。ある意味英才教育。でもおれが小三のときに、父さんがいっぱい聴かせた洋楽の中でベースがかっこいいやつにハマってさ。ギターの低音弦で一生懸命ベースラインばっか弾くもんだから、父さんがおまえそれはベースだって。それでベース買ってくれたというわけ」
「エピソードがそもそも天才系だな」
雫が言った。
「六弦はあたしが知ってる中で断トツうまいベーシストなんだよ。だから空楽たちとバンドやるんなら六弦を誘ってみようと思ったんだよね」
「ね、わたしたちとバンドやってくれる?」
空楽が尋ねた。
「どんなのをやるの?」
「それを今からちょっと、やってみようと思うわけよ」
瑠海はそう言ってギターケースからギターを取り出した。
「え?」
空楽は驚いた。
「だからギターとスティック持ってきてって言ったっしょ」
瑠海はそう言いながらギターを手にギターアンプのところへ歩いていった。
「おじさんたちも音出していいって言ってたよ」
六弦もそう言ってベースのところへ戻った。
空楽が戸惑っていると、琴那はスティックを出して手首のウォーミングアップを始めながらドラムのところへ向かった。
「どういう勢いなんだよいったい」
空楽は急いでギターケースからギターを取り出してチューニングを始めた。
「空楽、こっち来て」
チューニングができたところを見計らって瑠海がギターアンプのところから呼んだ。
「こっちのアンプは音が歪まないから、あたしがエフェクターを使ってこっちのアンプを使う。空楽はこっちの、アンプだけで音が歪むやつを使って」
空楽は言われるままに、大きい方のギターアンプに自分のギターを繋いだ。アンプとギターの音量を調整して弾いてみると、ヘッドホンで聴いているのとはまったく違う迫力のある音が鳴った。
「うっひょー。すげえ」
興奮する空楽を見て瑠海がほほ笑んだ。
「あとこれ」
瑠海はサックスの人が使っていたマイクスタンドを伸ばし、空楽の顔の高さに調整した。
「声出してみて」
瑠海はそう言うとギターアンプの近くにあった機材の前に行った。
「あ、あ、あ」
空楽が声を出すとキーボードの音を出していたスピーカーから声が出た。
「おー。マイクも使えるんだね」
「空楽、もう少し歌うときみたいな感じで声出してみて」
「おーけー。らーらーらー」
空楽はマイクに向かってハミングした。その声を聴いてベースのチューニングをしていた六弦が振り返った。瑠海は空楽の声を聴きながらミキサーの音量を調節した。
琴那はドラムセットに座るとそれぞれのパーツの位置を確認し、椅子の高さを調節しながら軽めにシンバルやタムにスティックを触れた。ひとしきり各パーツの位置関係を確認した後、おもむろにビートを叩き出した。さっきおじさんが叩いていたのと同じ楽器とは思えないほど大きな音が鳴った。
琴那が8小節分ほど叩いて手を止めると、六弦が口を開いた。
「すごい鳴るね。ドラム習ってたりしたの? その鳴り方は素人じゃないよね」
「中学三年間吹部でパーカスだったよ。ちなみに今も吹部でパーカスやってる」
「どうりで。それは基礎練習ちゃんとやってる人の音だよね」
琴那は六弦と目を合わせたままハイハットの細かいフレーズを叩き、そのまま16ビートの凝ったフレーズを叩き始めた。六弦はそれを聴いて即座にアドリブのベースラインを弾き始めた。琴那の踏むバスドラムが六弦の叩き出すベース音と溶け合い、まるで一つの楽器のように鳴った。するとそこに、瑠海がベースラインに合わせたコードのカッティングを乗せた。さっき聴いたおじさんたちのファンクフュージョンは緩やかで大人っぽかったけれど、この三人の演奏は音の一つ一つがはっきりしていて、全体的にシャープな印象だった。どの一つも埋もれることなく鳴っていた。
ひとしきり演奏した後、三人は目で合図をしながらタイミングを合わせ、見事に演奏を終えた。響いた余韻がなくなるのを見届けたら空楽は感想を言おうと思っていたのだけれど、余韻が引ききらないうちに瑠海が例の、楽器店でセッションしたあの曲のイントロを弾き始めた。すぐに琴那が反応してドラムを入れると、六弦も続いた。空楽はなにを弾いたものか迷ったけれど、いつも通りのコード弾きでギターを鳴らした。イントロの終わりが見えてきたところでマイクの前に近づく。
はじめて聴く琴那の生ドラムと、そのドラムと完全に融合しているような六弦のベース。その上で鳴る空楽のギター。この濃密な音の塊の中を自在に駆け巡る瑠海のギター。全身を震わせるような音の前に、アンプで増幅された空楽自身の声があった。空楽は自分の全身が、細胞の一つ一つまで全部鳴っているような気がした。どこにも力を入れなくても、声がどこまでも届くようだった。曲がサビに差し掛かり、空楽は音に身を任せて歌った。ギターのことはもう頭になかったけれど、おかしな音は聞こえなかったので間違えずに弾けているようだった。歌はどこまでも気持ちよく伸び、かつてないほどの声が出ている気がした。
サビが終わると空楽の歌からバトンを受け取るように瑠海のギターが駆け上っていった。原曲のギターソロをなぞりながらオリジナルのフレーズに変化していくようなソロで、空楽は今はじめて瑠海のこのギターソロを聴いたのに、そのフレーズを全部歌えるほど知っているような気がした。瑠海のギターは、空楽がここに来て欲しいと思うところに常にいた。
空楽が歌い、歌のメロディが途切れるところに六弦のベースが上がってくる。高音部で遊んだベースは次のメロディへとバトンを渡して低音側へ戻っていく。降りていったベースを迎え入れてドラムが迫力のビートを鳴らし、空楽は導かれるようにギターのコードを鳴らす。なにも考える必要がなかった。アレンジを理解しつくしたそれぞれの音たちが空楽を運んでくれた。
ワンコーラスではなく、しっかりフルコーラスの演奏を終えると、いつの間にか倉庫内に帰ってきていたおじさんたちと雫が一斉に拍手をした。
「なになになに? ほんとに今はじめて会ったの君ら?」
「すげえな。むっちゃんの周りはとんでもねえ若者がいっぱいだな」
「むっちゃんもだいぶすげえと思ってたけど、みんなすげえな」
「すげえすげえ」
おじさんたちが口々に褒めた。
*
空楽たちは興奮したおじさんたちにひとしきり褒めちぎられたあと、倉庫を出た。
「おっさんたち興奮しすぎだわ」
「六弦どうかな。一緒にバンドやってくれる?」
「やってくれるとかじゃないよ。やるよ。おれは手伝いじゃいやだよ。このメンバーでオリジナル曲作ってさ。ちゃんとやろう。上を目指してくバンドとして」
「うん。やろう、一緒に」
「雫はなにをしてんのよいったい」
瑠海の言葉に空楽も雫の方を見た。雫は携帯端末でみんなを撮影していた。
「だってほら。このものすごく重要な歴史的瞬間をさ。記録しとかないとでしょ。さっきの演奏もばっちり撮影しといたよ」
「いやいや、あれ人の曲だからさ」
「人の曲でもなんでも、はじめて4人が揃って音を出した曲だよ。それはやっぱ記録しとかないと」
「ね、雫はバンドをやりたいとは思わないの?」
空楽が訊いた。
「思わない。だって僕がやってる音楽はバンドでやるようなのじゃないもの。でもバンドを見るのは好きだし、空楽たちと一緒にいるのは最高だね」
雫は撮影を止めて手を下ろした。
「そっか。なんかさ、こんだけ雫も一緒に行動してるのに、雫だけメンバーじゃないのちょっと寂しいなと思って。雫とも一緒に音楽やりたいな」
「一緒にやることになるよ。間接的にだけど」
「え?」
空楽は怪訝な顔をした。
「今の音も、録音させてもらったからさ。それを使って、僕は僕の音楽を作るわけ。そうするとほら。間接的に共演してる」
「よくわかんないよ」
「そのうち実演してみせるよ」
雫は両手の人差し指で空中を叩くようなしぐさをした。
「多分またこのまま忘れて解散になりそうだから言うけど」
瑠海が手を上げながら言った。
「連絡先。交換タイム」
それを聞いて全員笑った。笑いながら携帯端末を持ち寄ってそれぞれに連絡先を交換した。
「さしあたりこれからどうしよう」
空楽が言った。
「まずは曲作りたいよね。空楽は詞書けたりする?」
瑠海が訊いた。
「どうかな。やったことない」
「書いてみて。ちょっとやってみるか、ってノリであんな歌歌える人だからさ、空楽は」
「おだてると調子に乗るよ」
「バンドマン調子に乗ってナンボ」
琴那が言った。
「琴那それキメ台詞みたいになってるよ」
「練習はどこでやる? 行きやすいのは島沼のスタジオだけど、あそこ部屋一個しかないんだよな」
「スタジオ毎回借りるとお金が大変だよね。かといってうちで全員で練習するのは難しいしな」
琴那が顎をさすりながら言った。
「あのさ」
瑠海はそう切り出すと今出てきた倉庫を振り返った。
「うちにもあるんだよね。これのもう少し小さいやつが」
「ほんとに?」
六弦が乗り出し気味に言う。
「うん。いや、あるんだけど。あるだけなんだよ。ただの倉庫としてあるだけ。あれをここみたいに練習場にできたらって、ちょっと思ってる。できる保証がないから言おうか迷ったんだけど」
瑠海は言ってしまった後でもまだ迷っているような顔をしていた。
「練習場みたいにするとなればけっこう大変だよね。機材も用意しなきゃいけないし」
「あたし、お父さんに相談してみようと思う」
「おれも父さんに言ってみるよ。父さんの知り合い関係でなんかいらない機材とか持ってる人がいたら借りれないか聞いてみてもらうよ」
「それ返すあてのないやつでは?」
雫がいつものように茶化した。
「借りパク確信犯」
六弦も同じ感じで返した。
「じゃあさ、なんか心当たりある人は動いてみて。で来週はあたしんちに来てもらって、うちの倉庫を見てもらうのはどう?」
瑠海の提案に皆賛同した。
「雫も来る?」
「来るなと言われないかぎり僕は行くよ」
「いいね。雫のそういうとこ、いいね」
琴那が喜んだ。
「夏以降いろいろイベントとかあるからさ。その前に練習できる環境はなんとかしたいよね」
「うん。わたしはあんまできることがないから、曲とか詞とか書いてみるよ」
空楽は瑠海に向けて言いながら自分の意思を確認した。
「よーし。天才になるぞー」
空楽は拳を振り上げながら言った。仲間たちの笑い声が心地よく響いた。
《つづく》
#創作大賞2024 #お仕事小説部門
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