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LUNA SEA 真矢さんの献花式に行った

報せが入ったのは引っ越しの日の朝だった。中学からのSLAVE仲間のLINEグループに通知が2件入っていた。メンバーの出演ラジオや参加したイベントの感想などを共有している4人のイツメングループだったので、明け方早くに目を覚ました私は時間を確認するのと一緒にグループラインを開いた。
2件のコメントは深夜のタイムスタンプで、両方短かった。
『うぅ』
『あぁ…』
少し夜更かし気味の二人が、うめき声だけを送ってきていた。見た瞬間、同じように、『ああ…』と思った。その時が来てしまったのだ、とそれだけで分かった。

そのあとニュースを調べに行って、事実を確認した私は、やはり『ああ…』とコメントすることしかできなかった。真矢さんが亡くなった。中学からずっと追いかけていたLUNA SEAが、一度もメンバーチェンジを行わずに走り続けてきたLUNA SEAが、メンバーを一人失った。

バンドマンの死についてはちょうど1か月ほど前にとりとめのない日記を書いた。

この時は、当然真矢さんのことは意識していなかった。彼は絶対に回復する、私たちはまた絶対にステージで彼を見る、と信じて疑わなかった。
けれどその気持ちは、逃げでしかなかったかもしれない。どこかで、その日が来てしまうことを恐れていた。私は彼の訃報に対して何かを考えることができなかった。彼がいたステージの風景を何度も思い出した。でもその時の私の心には、まだ寂しさすら湧くことができなかった。ただ、「LUNA SEAがオリジナルメンバーを失った」という、事実の容認しかできなかった。

私がLUNA SEAを聞くようになったのは、彼らが「終幕」を迎えることが決まった頃だった。つまりちょうど2000年あたり。中学生になったばかりで、ライブに行けるのは限られた回数だったし、中学生なりのファン活動をしていた。それは学校帰りに神保町やお茶の水の古本屋に行って、SHOXXやFOOL'S MATEのバックナンバーを買うこと。いつも今のライングループの友人と行動していた。
みんなよりも少し遅れてハマった私は、時間を見つけて当時住んでいた千葉県のあらゆるディスクユニオン中古館に足を運び、CDを集めた。みんなでそれぞれの一番好きなアルバムを上げて行って、それのどこがいいのかを語り合ったりした。
終幕後のソロ活動期は、私は友人の一人とSUGIZOの不思議なソロ活動に帯同した。柴咲コウと共演した二階健監督作品の『シンクロニシティ』を(絵柄違いのチケット半券収集のために)10回くらい見に行ったり、不思議な仲間と組んだバンドのライブに行き最後に演奏したバイオリンの曲が長すぎて終電を逃して親に怒られたり、いろんなことがあった。

そして2007年12月24日、胸を張り裂けそうなほど膨らませてLUNA SEAの復活GIGを見に行った。そこからまた、友人たちとのLUNA SEAの絆が強くなった。この時ばかりは、バンギャとバンドマンという壁を超えて、チケットが取れなかったバンドマンにチケットを譲ったり、ふつうにそういうことが行われていた。みんなLUNA SEAの復活のことしか考えていなかった。

LUNA SEAの5人は、みんな同じ方向を向いているから前に進める、みんなが同じ音楽を目指しているからいい曲が生まれる、という仲良しバンドではない。全員が別の方向を見ていて、強い己を持っていて、それを妥協することなくバンドにぶつける。LUNA SEAはぶつかり合うエネルギーで音楽を生み出すバンドだ。見えるのは火花だったり、嵐だったり、悲劇だったり、凪いだ潮風だったりした。こんなにも全員が尖っていて、衝突を恐れずにぶつかり合って、誰一人の妥協もなく一つの音楽を作れるバンドは、たぶん他にない。LUNA SEAが唯一無二だと思う最大の理由はここだ。

献花式では久々にLUNA SEAライングループの4人全員で集まることができた。ライフステージはみんなそれぞれ異なるが、LUNA SEAに対する思いはみんな変わらない。合流して、列に並びながらとりとめもない話をして、白いカーネーションを受け取って、会場に入る。BGMは、終幕に近いころにアルバム内の曲としてリリースされたINORAN作曲の『BREATHE』だった。INORANの優しいアルペジオとそよ風のようなSUGIZOのアコギの重なりが美しい名曲だ。

第一報から少し時間が経っていたこともあり、みんな冷静で、泣いてはいなかった。『BREATHE』はいい選曲だね、悲しくならないし、優しいもんね、とみんなで話しながら、真矢さんの写真を見上げていた。曲が終わると、今度はライブお決まりのドラムソロの音源が流れた。これは真矢さんがドラムと短いMCでファンに「真矢ー!」と呼ばせる恒例のやり取りが流れた。4人で横一列に並んで順番を待ちながら、それを黙って聞いていた。後ろに並んだ人がずっと泣いていて、そうだよな、本当は涙が出てもおかしくないよな、とぼんやり思っていた。たくさんの花の上で笑っている真矢さんの写真を見ても、なんだかまだ実感がわかなかった。
どうしよう、まだ何も整理がついてないのにもうすぐ順番が来てしまうな、と思っていると、ドラムソロのBGMが終わり、曲が変わった。そのイントロが流れた瞬間に、涙が溢れ出した。『Forever & Ever』だった。

この曲は名曲というだけではなく、思い出が詰まっている。しんどいときに、みんなが何度も救われた曲でもある。隣の友人も泣き始めた。見ると、あんなに静かだった友人4人全員が泣いていた。
『Forever & Ever』は5人のLUNA SEAが東京ドーム公演で一番最後に演奏した曲だ。真矢さんが一番最後に叩いたLUNA SEAの曲ということでもある。流れている音源は恐らくその東京ドーム公演のものだった。

『何処まで翔べるのか確かめたくて』

最後のサビに挟まれるこの高音パートのドラムが決意を昇華させるような力強さで、私はこの曲が大好きだった。みんなこの曲が大好きだった。

どうだろう、ここまで翔べたってことなのかな。あまりに十分遠く高い場所まで、彼らは、真矢さんは、私たちを連れてきてくれた。でも、本当はたぶんもっと遠くまで、高くまで翔べたと思う。真矢さんにも翔んでほしかった。でもLUNA SEAはまだこれからも、翔ぶと思う。一つ大事な翼をここに置いていくだけだ。

なにもかも、惜しみなく与えてくれた。全部もらった。真矢さんは、ぶつかり合って光を放つLUNA SEAの5人の中で、一番優しくて包容力のある、力強いエネルギーを放っていた。太陽のような明るさと、海のような広い心の人だった。
LUNA SEAは一番優しくて柔らかい翼を最初に休ませることになった。でも、彼が残したその翼の温度は、LUNA SEAのメンバーも、私たちSLAVEも、ずっと忘れないと思う。今日こうやって『Forever & Ever』を聞くだけで思い出せる。涙は出るけれど、でも真矢さんが残したものは全部優しい。

一番強くて柔らかい翼。ここまで連れてきてくれてありがとう。私たちに全部をくれてありがとう。
本当に、ありがとう。


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