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アニメの「いい人」が、喉につっかえた。どん底の私を動かした小さな違和感【後編】

こんにちは、ARAINSEのRYOです。

前編では、絵を描く喜びがいつの間にか「正解探し」に変わっていき、
気づいたときには自分を壊してしまっていた話を書きました。
いきなり重い話でしたね。


今日はその続き——どん底から、どうやって動き出したかという話です。

劇的な何かがあったわけではありません。
きっかけは、アニメでした。



「他人のために必死な人」が信じられない。私を止めた喉の奥の違和感

私はアニメが大好きで、ずっとたくさん観てきました。
手広く。
満遍なく。

でも、停滞していた時期に、ある奇妙な違和感を感じるようになっていました。

登場人物が他人のために必死に動いていたり、
全力で誰かを応援していたりするシーンで——

「そんな人間いるわけない」

という感覚が、喉にぐっとつっかえてくるようになったんです。
フィクションだからと普段は割り切っているはずなのに、
この点に関してだけはどうしてもそうできなかった。

最初は「すごくひねくれてるな、自分」と思っていたんです。

でも、この「喉の引っかかり」こそが重要だったと、後から気づきました。


偶然は必然だった?点と点が繋がった恩師の言葉

私には尊敬する恩師がいます。
その方からずっと言われてきたことがあります。

「自分にとって乗り越えるべきこと、改めるべきことは、出会う人や友人、
街の広告、読んでいる本、何気ない落書きを通して語りかけてくる」

その言葉を、すっかり忘れてしまっていました。
アンテナを張ることを、やめてしまっていたんです。

面白いことに、複数アニメを観ている中で、
同じ時期に、共通のキーワードやテーマが重なることがよくあります。

全く違う作品なのに、まるで打ち合わせたかのように同じメッセージが届いてくる。

その頃も、複数ベクトルから、同じことを繰り返し受け取っていました。


「正解」は自分の中ではなく、目の前の「誰か」の中にあっ

そのメッセージを整理すると、こういうことでした。

表現者として、正解探しを自分の内側でするのではなく、
目の前やその奥に待ってくれている人のためにできることをすること。

人のために全力で、喜んで応援し、助けていくこと。

さらには、目の前の人の夢や、その人の内側に宿っている輝きを見つけて、
一緒に磨いていくこと。

そして、何事も喜び楽しんでいくこと。

当たり前のことに聞こえるかもしれません。
でも当時の私には、この「当たり前」がすっぽり抜け落ちていました。

成果を出すために目線を上げすぎていて、
ずっと支えてくれていた人たちを、蔑ろにしていたんです。

それに気づいたとき、何かが、すっと溶けていく感覚がありました。


感謝しない、応援しない。私が無意識に続けていた「しない選択」

よくよく振り返ると、私がしていたのは「しない選択の連続」でした。

感謝しないこと。
応援しないこと。
届けようとしないこと。

自分でも気づかないうちに、それを選び続けていたんです。

だから逆のことをすればいい、と思いました。

今まで自分がしてもらったことや、してほしかったことを、
自分から行動していくこと。

その小さな積み重ねが、今の自分には必要だった。


未完成でもいい。不器用な私が「続けること」を選んだ

今のこの記事も、その一歩です。

完璧な文章じゃないかもしれない。
支離滅裂かもしれない。
また失敗してしまうかもしれない——正直、今もそう感じながら書いています。

もし失敗したってやめればいい。
反省して、新しく始めればいい。

未完成でもいいから、できる限りで続けていこうと思っています。

もし少しでも「わかる」と感じてくれた方がいれば、
ぜひスキやフォローをしていただけると、とても励みになります。

今回影響を受けた作品については、後々書くかもしれないし、書かないかもしれません。
需要が分からないので笑
知りたい方はコメントください!

あなたの「わかる」が、私の一歩を後押ししてくれます。

それでは、また!


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