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知るメモ|【熱海】|人口減少と老朽化したホテルが残る古の温泉地!~なぜ今、若者が集まり、海外VIPがヘリで飛んでまで来るのか?

「熱海」
元々は「阿多美(あたみ)」と書かれていた地名。
古くから海底温泉が湧き出し、海岸近くの海が温かくなるほどだったことから、「熱い海の町」として知られていました。
こうした土地の特徴を表すように、後世になって現在の「熱海」という漢字が当てられたと考えられています。

かつて「廃墟の街」とまで呼ばれ、静まり返っていた温泉地・熱海。
バブル崩壊とともに巨大ホテルが次々と倒産し、街のメインストリートはシャッターを下ろした店が連なる寂しい風景となっていました。
人口減少に歯止めがかからず、このままでは日本の数ある「終わった観光地」の一つに・・・
誰もがそう思っていた時代が確かにありました。

しかし、今の熱海にその面影はありません。
週末になれば駅前の商店街は若者であふれかえり、SNS映えするスイーツを求めて長蛇の列ができます。
それだけではありません。わざわざヘリコプターで空から海外のVIPや富裕層までが、熱海を目指してやって来るのです。

2025年度の熱海市の宿泊者数は過去最高水準の約319万人を突破。
なぜ、古びた温泉地はこれほどの「V字回復」を遂げることができたのでしょうか?


熱海の歴史は古く、平安時代にはすでに温泉地として知られていたようです。
昔は海底から出る温泉の熱で魚が寄り付かず、里の人々を困らせていたという伝承も残されています。
その名の通り「海から熱い湯が湧き出る」ことに由来するこの地を、日本のトップブランドへと押し上げたのは、歴史上の偉大な権力者たちでした。


天下人・徳川家康が愛した名湯

熱海温泉をこよなく愛した代表格が、徳川家康です。
関ヶ原の合戦を控えた家康は、熱海の伊豆山神社で武運を祈願し、温泉に入って英気を養ったと伝えられています。
見事天下統一を果たした後も、家康はお忍びで熱海を訪れ、息子たちを連れて1週間の湯治をしたという記録も残っています。

家康の「熱海推し」は凄まじく、歴代の徳川将軍にも受け継がれました。
4代将軍・家綱の時代には、熱海の源泉(大湯)をヒノキの樽に詰め、なんと江戸城まで飛脚に運ばせる「御汲湯(おくみゆ)」という壮大なプロジェクトまで行われていました。
現代で言えば、山奥で沸くミネラルウォーターを産地からトップの元へ毎日直送するようなものです。


明治の文豪と「お宮の松」

明治から大正にかけては、皇室の御用邸が置かれたり、多くの政財界人や文豪が別荘を構えたりする日本有数の保養地となりました。
尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の舞台として熱海の海岸が登場したことで、全国的な知名度は不動のものに。
熱海は、「憧れの高級リゾート」としての地位を確立していったのです。


狂乱のバブル時代と「囲い込み型」巨大ホテルの誕生

戦後、高度経済成長期を迎えると、熱海の様相は一変します。
東海道新幹線の開通によりアクセスが飛躍的に向上すると、熱海は「社員旅行」や「慰安旅行」といった団体客の聖地となりました。

押し寄せる団体客をさばくため、資本力のある企業は海岸沿いや山肌に数百人を収容できる巨大ホテルを次々と建設します。
当時のビジネスモデルは、徹底した「囲い込み」です。
ホテルの中に巨大な宴会場、温泉大浴場、ゲームセンター、スナック、カラオケ、お土産屋のすべてを詰め込みました。
旅行者はチェックインからチェックアウトまで、ホテルから一歩も出ることなく観光を完結させることができたのです。


街にお金が落ちないジレンマ

この巨大ホテル群の繁栄は、熱海の宿泊客数を押し上げましたが、同時に「街から人が消える」という現象を生み出しました。
団体客はホテルの送迎バスでやってきて、ホテル内で飲み食いし、そのまま帰っていく。
熱海銀座などの地元商店街にはお金が落ちにくくなり、街全体の連帯感は徐々に薄れていきます。
それでも、バブル経済の絶頂期には年間数百万人もの観光客が押し寄せ、誰もがこの好景気が永遠に続くと信じて疑いませんでした。


バブル崩壊と「廃墟の街」への転落

1990年代初頭、バブル経済が崩壊。熱海を襲ったのは、これまで経験したことのない未曾有の危機でした。

企業の業績悪化により、社員旅行や慰安旅行といった団体需要が完全に蒸発します。
さらに、全国には数百か所にあったと言われる企業の保養所も次々と閉鎖・売却されていきました。
時代は「団体」から、家族や友人単位の「個人旅行」へとシフトしていましたが、熱海の巨大ホテルはこの変化に対応できませんでした。
維持費ばかりがかさむ巨大な建物は負債を生み出し、老舗旅館や有名ホテルが次々と倒産・廃業に追い込まれたのです。


残されたのは巨大なコンクリートの残骸

倒産したホテルの多くは、解体費用すら捻出できず、そのまま放置されました。
海岸沿いの一等地にそびえ立つホテルは、窓ガラスが割れ、外壁が剥がれ落ち廃墟化。
街の目抜き通りであった熱海銀座もシャッター街となり、2000年代半ばには宿泊客数が最盛期の半数近くまで激減。
口コミサイトには「寂れている」「接客が古い」「活気がない」といったネガティブなコメントが並び、熱海は「終わった観光地」の代名詞としてメディアで語られるようになってしまったのです。
人口も減少し続け、街全体に諦めと閉塞感が漂っていきました。

「このままでは地元が消滅してしまう」
熱海に強烈な危機感を抱いたのは、他でもない地元の若者たちでした。
ここから熱海の歴史に残る「奇跡のV字回復」が始まります。


奇跡のV字回復を生んだ「民間発のまちづくり」

再生のキーパーソンとなったのは、東京のコンサルティング会社で働いていた市来広一郎氏をはじめとする熱海出身の民間の人々でした。
彼らはUターンし、街の再生を目的とした株式会社「machimori」を設立します。
彼らが目指したのは、かつてのような「大資本による大規模開発」ではありません。
掲げた理念は、

「100万人が1回来るより、1万人が100回来てくれる街づくり」

つまり、一過性の団体ではなく、熱海の日常的な魅力を愛し、何度も通ってくれるファンを増やすことでした。

まずは、シャッターが下りたままの空き店舗や、廃業した宿泊施設などを自分たちの手でリノベーションしていきました。
例えば、熱海銀座にあるゲストハウス「MARUYA」は、かつてのパチンコ店を改装したもの。
あえて食事を提供せず、「干物は近所の干物屋さんで買って、商店街で焼いて食べてください」「夕食は街の小さな居酒屋を開拓してください」と案内することで、宿泊客を意図的に街へ足を運ぶ仕組みを作る。
これにより、観光客と地元の人々との間にコミュニケーションが生まれ、街全体がひとつの大きなリゾートホテルとして機能し始めたのです。

時を同じくして、熱海の「古さ」が若者たちの間で感情を揺さぶられるエモさとして再評価され始めます。
昭和の香りが色濃く残る純喫茶、レトロなフォントの看板、海辺の風景。
これらがInstagramやTikTokと抜群の相性を見せました。
さらに、地元特産のフルーツや温泉をモチーフにした「熱海プリン」などのカラフルなスイーツ専門店が次々とオープン。
古いけど新しいという独自のブランドを確立した熱海は、若者たちにとって週末にふらっと行ける最もトレンディな観光地へと生まれ変わったのです。


ヘリで乗り付ける海外VIPと「二極化」する熱海リゾート

若者たちの間でブームが再燃する一方で、熱海にはもう一つの全く異なる顔が生まれています。
それが、国内外の超富裕層(VIP)をターゲットにした「ハイエンド・リゾート」としての顔です。

通常、海外VIPがプライベートジェットやビジネスジェットで来日する際、羽田空港や成田空港を希望します。
しかし、首都圏の主要空港は民間定期便で常に過密状態でプライベートジェットの着陸許可が非常に取りにくく、数日間の駐機場の確保や、希望時間でのフレキシブルな離着陸が制限されるという大きなハードルがあります。
そこで白羽の矢が立っているのが、熱海と同じ静岡県内にある富士山静岡空港です。
羽田に比べて離着陸の許可が下りやすく、プライベートジェットの駐機にも柔軟に対応でき、自由にスケジュールを組みたいVIPにとって、非常に使い勝手の良い空港として機能しています。

VIPは静岡空港にプライベートジェットを駐機させ、待ち構えていたチャーターヘリコプターにそのまま乗り換え、富士山や駿河湾の絶景を眼下に見下ろしながら、アカオヘリポートなどへ到着。
アカオヘリポートは海沿いのリゾートエリアに直結しており、ヘリを降りてから宿泊先やプライベートビーチ、絶景カフェ(コエダハウスなどがあるACAO FOREST)への動線が極めてシームレスです。

このように、現在の熱海は「若者が日帰りや安価なゲストハウスでレトロな食べ歩きを楽しむカジュアルな観光」と、「富裕層がヘリで訪れ、1泊数十万円を落としていくプライベート空間での滞在」という、見事な二極化を形成することに成功しています。
これが、特定の層に依存しない強い観光地としての盤石な基盤となっているのです。


「特別な日常」を提供する海辺の街

さらに熱海は、都心から新幹線で最短29分という圧倒的なアクセスを活かし、「特別な旅行」ではなく、リモートワークやワーケーション、さらには二拠点生活の舞台として、「日々の延長線上にある特別な日常」を提供する街を目指しています。
熱海観光局として、地域の農水産物や地酒を観光客に提供し、地域内の経済循環率(宿泊・飲食業の域内調達率)を2030年までに50%超に引き上げるという具体的な目標も掲げています。


◆まとめ

徳川家康が癒やしを求めた名湯は、時を超えてZ世代の心を満たし、世界中の富裕層を魅了しています。
古き良き日本のノスタルジーと、最新のラグジュアリーが見事に混じり合う街、熱海。

今週末、あなたもこの「変化しつづける奇跡の街」へ、ふらっと足を運んでみてはいかがでしょうか。
そこには、何度訪れても新しい発見があるはずです!


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それでは次回をお楽しみに・・・

日々の出来事から日記代わりにいろいろ書いています。
前回の記事も時間がありましたら読んでみてください。


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