知るメモ|【ジェローム・パウエル】|世界で最も市場を動かす男!~一言で数兆円が消える仕事とは?
世界で最も権力を持つ人物は誰でしょう?
覇権国家として君臨する国のトップ「アメリカ合衆国大統領」と答える方が多いとは思います。
確かに、大統領は世界最強の軍隊を指揮し、巨大な国家予算の方向性を決めることができます。
しかし、そんなアメリカ大統領ですら、絶対にできないことがあります。
それは「金利を決めること」です。
より正確に言えば、「直接命令することができない」。
金融政策、すなわちお金の借りやすさ・高さを決める権限は、大統領の管轄外にある。
その決定権を握るのが、「FRB(連邦準備制度理事会)」。
ホワイトハウスの執務室から数ブロック離れた場所、重厚な大理石の建物の中にアメリカの中央銀行であり、世界の金融システムの心臓部が存在する。
そのFRBのトップに君臨していたのが、
「ジェローム・パウエル(Jerome Powell)」。
2018年から2026年まで第16代FRB議長を務めた男です。
彼が記者会見で口にする「インフレ」「利上げ」「データ次第」といった単語のニュアンスが少し変わるだけで、世界の株式市場から数兆円規模の富が瞬時に消え去り、あるいは生み出される。
大統領の演説よりも、彼のたった一言のほうが、世界のマネーを激しく動かすのです。
今回は、世界経済の命運を握る世界で最も市場を動かす男「ジェローム・パウエル」を主人公に、彼がいかにしてその椅子に座り、いかにして重圧と戦っているのかを紐解いていきます。
第1章|パウエルとは何者か
ワシントンD.C.生まれの「異色の議長」
ジェローム・ハイデン・"ジェイ"・パウエルは、1953年2月4日、アメリカの首都ワシントンD.C.で生まれた。
政治の中枢地で生まれたことは、のちの人生の布石となる。
1975年にプリンストン大学で政治学の学士号を取得し、1979年にはジョージタウン大学で法学博士号を取得。
在学中は、大学内で学生が編集し発行される「ジョージタウン・ロー・ジャーナル」の編集長を務めた。
ここで注目すべきは、専攻が「経済学」ではないという点です。
パウエル氏は約40年ぶりに経済学博士号を持たないFRB議長として注目されました。
ボルカー、グリーンスパン、バーナンキといった歴代議長の多くが「経済学者」という肩書を持つ中、彼は経済学者ではなく、法律家(弁護士)としてキャリアをスタートさせたのです。
投資銀行、そして政界へ
大学・ロースクール卒業後、パウエル氏はまずニューヨークで弁護士・投資銀行家として働きます。
1984年から1990年までは投資銀行「ディロン・リード&カンパニー」の上席役員を務めた。
その後、政界へ進出します。
ジョージ・H・W・ブッシュ政権(父ブッシュ政権)では、財務次官補(国内金融担当)および財務次官として、金融機関政策や国債市場を担当。
政権離脱後は一時民間に戻り、1997年から2005年まではプライベートエクイティ大手「カーライル・グループ」の共同経営者を務めた。
カーライルグループはワシントンに拠点を置き、政治と金融の交差点で動く組織。
ここで彼は、企業買収や投資の実務を通じて、マクロ経済の理論ではなく、「実際の企業経営者がどう考え、市場の投資家がどう動くか」という血の通った資本主義のダイナミズムを徹底的に肌で学びました。
学者たちが数式やモデルで経済を語るのに対し、パウエルは「企業の資金繰り」や「投資家の心理」といった実体経済のメカニズムを誰よりも知る人物なのです。
巨万の富を築いた彼は、ワシントンのシンクタンクでの無給のフェローを経て、再び公職への道を歩み始めます。
第2章|なぜFRB議長になったのか
「共和党員」がオバマ政権に指名された理由
経済学の博士号を持たない実務家が、なぜ世界最高峰の経済学者の集まりである「FRB」のトップに上り詰めることができたのか?
その起点はここからです。
2012年、パウエルはFRBの理事に就任します。
理事就任を推薦したのは、当時のオバマ大統領だった。
当時の議会はねじれ状態にあり、オバマ大統領は野党である共和党からも承認されやすい中道派の人物を探していました。
パウエル氏は共和党員だが、オバマは超党派の人物として彼を評価したのです。
FRB理事としてのパウエル氏は、自らの経済理論を振りかざすようなことはしませんでした。
膨大なデータを読み込み、スタッフの意見に耳を傾け、徹底的に議論を重ねる。
法律家として培われた「合意形成(コンセンサス・ビルディング)」の能力が、巨大な組織のなかで高く評価されていきました。
トランプによる抜擢
そして2017年、トランプ大統領は、2018年2月に任期切れを迎えるジャネット・イエレン氏の後任として、パウエルを第16代FRB議長に指名したのです。
トランプはイエレン氏の金融政策そのものには不満を持っていませんでしたが、「自分自身が任命した人物」をトップに据えたいという強い欲求がありました。
また、実業家出身であるトランプにとって、学者のイエレンよりも投資銀行やファンドで実績を積んだ実務家であるパウエルのほうが話が通じると映ったのです。
大幅な規制緩和に賛成していたこと、そして「利下げに協力的な人物」と見込んでいたのでしょう。
しかしこの判断は、のちに大きな誤算を生むことになります。
FRB議長になる為のプロセス
FRB議長は大統領が指名しますが、上院の承認が必要です。
FRBの理事の任期は14年ですが、議長任期は4年で、再任も可能とされています。
2022年5月、バイデン大統領のもとで再指名されたパウエルは、上院で80票賛成・19票反対という圧倒的な賛成多数で承認され、2期目(任期2026年5月まで)に入ります。
この承認プロセスは、いったん就任してしまえば大統領ですら簡単には干渉できないものです。
第3章|選挙で選ばれない権力者
中央銀行の独立性とは何か
FRBはアメリカの中央銀行ですが、政府機関ではありません。
金融政策の決定において、ホワイトハウスや議会の指示を受けない。
なぜそのような設計になっているのか?
金利政策は選挙に大きく影響する為、ある意味相性が非常に悪い。
政権は選挙前に実績として語るために景気を良くしたいと思います。
そのためには金利を下げ、お金を借りやすくして消費と投資を促したい。
しかし、それを際限なくやればインフレが起きる。
政治家の短期的な欲求と、経済の長期的な安定はしばしば対立するものなのです。
だから中央銀行は「政治から切り離す」という設計思想が生まれたのです。
物価の安定と雇用の最大化という長期目標を掲げ、政治圧力から隔離された組織が判断を下す。
FRBの理事の任期が14年という長さも、この哲学から来ています。
民主主義との緊張関係
民主主義とは「国民が選んだ代表者が政治を行う」仕組みです。
だが、経済に最も直接的な影響を与える金融政策を決める人物であるはずのFRB議長は国民が投票によって選ばれたわけではない。
上院の承認を経てはいるが、それは間接的なプロセスに過ぎない。
にもかかわらず、彼の決定はアメリカだけでなく世界の経済に巨大な影響を及ぼす。
住宅ローンの金利、企業の借入コスト、新興国の通貨価値まで、FRBの利上げ・利下げは地球規模の連鎖反応を引き起こすものです。
これは民主主義の例外なのか、それとも合理的な設計なのか。この問いは、今も答えが出ていない。
第4章|トランプとの壮絶な対立
「首を切れ」と言われた議長
大統領から「辞めさせる」と脅される。
そんな奇妙な関係が、パウエルとトランプの間に発生します。
事の発端は利下げをめぐる圧力です。
2018年、アメリカ経済は好調でしたが、パウエル率いるFRBは将来のインフレリスクを見据えて、粛々と「利上げ(金融引き締め)」を行っていました。
これに激怒したのがトランプです。
トランプ大統領はFRBが借入コストを高く保つことで経済成長を抑制していると非難し、「インフレを恐れすぎて成長を潰している」と語った。
トランプは景気拡大と株高を最大の政治的実績と位置づけており、それを抑制されることの一因である金利が高止まりすることへの苛立ちを公然と示したのです。
トランプ大統領は「私に反対する者は決してFRB議長にはならない!」とSNSで明言する事態へと発展していきます。
それにパウエル議長の側はどう応じたか?
市場は「パウエルは大統領の圧力に屈して利下げをするのではないか」と固唾を飲んで見守りました。
しかし、パウエルは屈しませんでした。
大統領からの解任の脅しに対しても、記者会見で「法律上、大統領に私を解任する権限はない」と冷静に撥ね退けます。
彼は沈黙とデータをもって反撃し、FRBの独立性を死守したのです。
この時期、パウエルは常に「我々は政治的な要因を考慮しない。ただアメリカ国民の長期的な利益のために、データに基づいて判断するだけだ」と繰り返し述べました。
この鋼の意思が、市場からの強固な信頼を築き上げることになります。
刑事捜査という前例なき攻撃
対立は、さらに異常な事態へと発展します。
2026年1月、FRB本部の改修工事をめぐって議会で虚偽の証言をしたとして、パウエル氏自身が刑事捜査の対象になったとの声明を公表します。
これを「政権による脅しと圧力の一環だ」と反発し、パウエル氏は職務を続ける意向を示した。
その後同年3月、ワシントンの連邦地裁判事は、司法省によるパウエルへの捜査に関する召喚状を「不当」と判断し、無効とする決定をしました。
「議長に金利引き下げか、辞任をするよう圧力をかける目的だったと示唆される」と指摘して捜査を疑問視したのです。
その後5月に司法省は、パウエル氏に対する刑事捜査を打ち切ると発表しました。
FRB議長を政治的な目的で刑事捜査の対象にしようとしたこの騒動は、アメリカの中央銀行の独立性をめぐる、歴史的な闘いとして記録されることになるでしょう。
退任、そして慣例破りの留任
パウエル氏のFRB議長としての任期は2026年5月15日をもって終了し、トランプが指名した「ケビン・ウォーシュ」が後継者として第17代議長となっています。
しかし、ここでもパウエル氏は歴史的な慣例に従わなかった。
歴代の議長は議長職の任期満了時に理事職も辞するのが通例だったが、パウエルは議長退任後も理事として無期限に留任し続けることを表明した。
これは過去75年間の歴史的慣例を打ち破るものです。
第5章|市場はなぜパウエルの言葉を読むのか
タカ派とハト派という言葉
金融市場では、「タカ派(Hawkish)」と「ハト派(Dovish)」という言葉があります。
タカ派
インフレを最大の敵とみなし、金利を引き上げることを優先する姿勢のこと。
タカは獲物に向かって鋭く急降下する。
インフレという「敵」に対して容赦なく政策金利という刃を振り下ろすイメージです。
ハト派
反対に、雇用や景気を最優先に考え、金利を低く保とうとする姿勢を指す。
ハトは平和の象徴であり、経済に余裕を与えるイメージ。
FRB議長の発言が「タカ派寄り」と解釈されれば、市場は「金利が上がる」と判断し、株価が下落したり、債券利回りが上昇する。
「ハト派寄り」と受け取られれば、逆の動きが起きる。
実際、パウエルが「今の金融政策は引き締めすぎではない」というタカ派寄りの発言を行っただけで、米10年国債利回りが一気に5%目前まで上昇し、S&P500指数も下落幅が拡大するという事態が起きた。
記者会見という「言葉の戦場」
FRBは年に8回、FOMC(連邦公開市場委員会)を開催し、政策金利を決定する。
そのたびにパウエル氏は記者会見で発言します。
パウエル氏の発言は、原稿が用意された声明文だけでなく、その後の記者からの質疑応答(Q&A)での「アドリブ」にこそ真のメッセージが宿るとされています。
伝説の「ジャクソンホール・ショック」
パウエル氏の言葉の恐ろしさを世界が思い知ったのが、2022年8月の「ジャクソンホール会議」での講演です。
当時、アメリカは40年ぶりの歴史的なインフレに襲われており、市場は「FRBはそろそろ利上げを緩めるだろう」と楽観視していました。
しかし、パウエルのスピーチはわずか8分間という異例の短さしたが、その内容は冷酷なものでした。
彼はインフレ退治のために「やり遂げるまで」利上げを続けると宣言し、企業や家計に「ある程度の痛み」をもたらすことになると断言したのです。
この「痛み」というたった一言で、市場の楽観論は粉砕されました。
講演が行われたその日だけで、ダウ平均株価は1000ドル以上も暴落し、世界の株式市場から文字通り数十兆円という巨額の富が吹き飛びました。
これが「世界で最も市場を動かす男」の威力です。
なぜここまで影響力があるのか。
それは、FRBの一言が単なる「意見」ではなく、政策への「予告」として機能するからです。
金融市場の参加者は「パウエルがこう言ったなら、次の会合ではこう動くはずだ」と読み、先回りして行動する。
その読みが株や為替を動かし、その動きが実体経済に波及していくのです。
第6章|歴代議長との比較
FRBはパウエル氏で16代目です。
その中でも特に語り継がれる3人の議長と比較することで、彼の立ち位置がより鮮明になるでしょう。
ポール・ボルカー(第12代、1979〜1987年)|インフレ退治の鬼
ボルカー氏はFRB議長就任直後から「新金融調節方式」と呼ばれる強力な金融引き締めを断行しました。
1979年に平均11.2%だったフェデラル・ファンド金利を引き上げ、1981年には20%にまで達した。
20%という政策金利は、現代の感覚では信じがたい水準です。
住宅ローン金利も跳ね上がり、企業は資金調達できず、景気は大きく後退し、失業率も11%まで上昇した。
大不況を引き起こし、農民がトラクターでFRBを包囲するほどの国民的な怒りを買いながらも、断固としてインフレを鎮圧しました。
ボルカーの引き締め策はホワイトハウスからの強い反発を受けたが、徹底したインフレ退治の功績が認められたことで、中央銀行の独立性の重要さを印象づけることになったのです。
ボルカーが示したのは「正しいと信じることならば、たとえ大統領が怒っても、国民が苦しんでも、やり遂げる」という孤高の意志でした。
アラン・グリーンスパン(第13代、1987〜2006年)|「マエストロ」の光と影
グリーンスパンは歴史的に最も長い在任期間を持つFRB議長で、市場の信頼を得て世界的な経済安定に寄与しました。
議長就任2ヶ月後の1987年10月、香港を発端に起こった世界的株価大暴落「ブラックマンデー」が起こります。
翌朝にグリーンスパン議長が「FRBは流動性を提供する準備ができている」と発表すると、前日20%も下落していたNYダウが反発。
これによってグリーンスパンは市場に強く評価されました。
90年代後半のアジア通貨危機も乗り切った。
その後「マエストロ(名指揮者)」と称されるほどの名声を得たグリーンスパンだが、晩年の評価は複雑です。
グリーンスパンの時代に米国経済は「大いなる安定」を経験したが、インターネット・バブルと不動産バブルも発生させました。
後者はのちのリーマン・ショックへとつながります。
彼は非常に難解で曖昧な言葉を使い、市場を煙に巻く天才でもありました。
「もし私の説明があなたにとってあまりにも分かりやすすぎるように思えるなら、あなたは私の言ったことを誤解しているに違いない」」という名言が出るほどに、グリーンスパン節とも言われるどちらにもとれるような曖昧な表現を意図的に使うことで知られました。
ベン・バーナンキ(第14代、2006〜2014年)|危機と戦った学者
バーナンキ氏はFRBによる通貨供給不足が1930年代の世界恐慌の原因だとするミルトン・フリードマン教授の学説の信奉者で、「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」と発言し、「ヘリコプター・ベン」の異名を持っています。
そのバーナンキ氏が就任直後に直面したのが、まさに歴史的な金融危機、2008年のリーマン・ショックです。
バーナンキ氏はFRBを率いて量的緩和政策を実施し、自身の金融危機管理に関する研究の専門性を発揮して米国経済および世界経済の回復に重要な貢献を果たしました。
世界恐慌を研究してきた学者が、まさにその「現代版」の危機に立ち向かった。
バーナンキ氏は、アメリカの学者であるダグラス・ダイヤモンド氏およびフィリップ・ディヴィク氏とともに、銀行システムの安定性と破綻回避の重要性を明らかにし、その功績は後に評価されノーベル経済学賞(2022年)の受賞で認められたのです。
パウエルは歴史の中でどこに立つか
ボルカー氏は「痛みを厭わぬ決断力」、グリーンスパン氏は「長期の繁栄と市場との対話」、バーナンキ氏は「危機での果断な行動」で評される。
パウエル氏が残した業績は何でしょう?。
まずコロナ禍(2020年)での緊急対応があります。
FRB議長在任中、2020年4月にはパンデミックの到来により米国の失業率が14.8%まで上昇し、近代的な失業率が初めて公表された1948年以降で最高水準に達しました。
これに対してFRBは迅速に政策金利をほぼゼロに引き下げ、無制限に近い量的緩和を実施しました。
その後のインフレへの対応も評価の分かれる局面です。
2022年には急速にインフレが進む中、FRBとパウエル氏は利上げを継続します。
そしてトランプ大統領との対立の中で、FRBの独立性を最後まで守り続けたこと。
刑事捜査という前例のない攻撃にも屈せず、議長職を全うしたことは、歴史的に評価されることでしょう。
終章|世界で最も影響力のある「官僚」かもしれない
FRB議長は「大統領に次ぐ権力者」と言われ、FOMC後の記者会見や連邦議会での証言、講演会での発言は、世界の市場関係者から常に注目されています。
しかしパウエル氏の場合、その影響力は単なる「金融政策」にとどまらなかった。
民主主義の外側に立つ権力者として、選挙で選ばれた最高権力者と真正面から対峙し、独立性という原則を守り抜いた。
FRBの独立性は「制度」だが、それを守るのは「人」です。
法律があっても、そこに書かれた精神を実行する意志がなければ、制度は空洞化する。
パウエル氏が示したのは、中央銀行の独立性とは最終的に「議長個人の覚悟」によって支えられるという現実だったのかもしれません。
世界の金融の頂点に立ち、史上最大のパンデミックと、史上最大の政治的圧力に同時に晒された男「ジェローム・パウエル」。
彼は間違いなく、現代において「世界で最も影響力のある官僚」であったでしょう!
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次回は「FOMC」について少し書いていますので、お時間あれば読んでみてください。
日々の出来事から日記代わりにいろいろ書いています。
前回の記事も時間がありましたら読んでみてください。
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